第9話 ドラゴン
王都で冒険者になってミリアを養うぐらいの生活の基盤を作る、そんな1人前の男になる。
そんな目標を胸に王都に向かう。
だが実際のところ目標と言っても、魔物を今まで通り倒して素材と魔石を売れば2人で生活していけるぐらいの金額どころかかなり余裕のある生活が送れるはずだ。
思ったより魔物を倒すことは難しいと世間には考えられているように思う。
それでもあえて目標にしたのは、寮で今までの生活と同じだとミリアの被保護者にしか見られないし年を重ねてもミリアのヒモとしか見られないだろう。
自分で家賃を払い、生活し、周りの誰から見ても1人前に見えるようになりたい。
さらに言えば魔物を倒して一気にお金を稼いだりしたら軍隊にスカウトされることもあるというのでできるだけ穏やかに暮らしたい、そんな理由があってのことだ。
志は低いかもしれないがこの国の獣人差別に納得していない以上国のために働くつもりはない。
そしてその獣人差別のおかげでこのささやかな目標を達成するのが困難になるのだ。
コネもない俺がまっとうにお金を稼ごうと思ったら強さを見せて軍隊に入るか冒険者になるしかない。
商才があるわけでもないし、商売をするのにも最初にお金がかかる。
パン屋、肉屋、花屋、などの個人店はどれを取っても代々受け継いでいるような商売で入り込むのは難しい。
新しく入っていくならミー姉のように食堂などの美味しさで勝負するとかなのだろうが俺にできるとは思えない。
なので軍隊に入るつもりのない俺は冒険者なるぐらいしか手段はないのだ。
そのつもりで寮を出たのが一週間前。
なのに今はまだ森の中にいる。
寮のあるメダグリアから王都までは道がつながっているというのにだ。
寮を出るとき俺はベイルとリンにこの先も魔物の肉を届けるつもりなので冷凍庫の在庫を見に行った。
今のところ大蜘蛛から手に入れた家、(自分では『別荘』と呼んでいる)、寮の裏の食糧倉庫にしている洞穴の前、魔の森を一番奥に進んだ先の進むたびに移動させる場所、の3カ所に『転移』の魔石を置いている。
町中などに転移して見つからないように、目立たないところに設置した。
食材の在庫はまだあり、寮のみんなで食べても1か月はもつだろう。
魔力で凍らせていると魔物の肉は腐りにくいので助かる。
1週間に1度ぐらい補充しに戻って来ようと思っている。
それを確認した後は一番奥まで進んでいる魔石の場所に転移した。
ここが森のどのあたりなのかは全くわからない。
大蜘蛛の場所から毎日数時間ずつ進んできたのでかなり森の奥に入り込んでいるはずだ。
王都で暮らすと当分ここに来ることはない、もしかするともう来ないかもしれないのだ。
だが、もしかして森の奥に用事があるようなことがあるかもしれない。
そうそうここまではこれないので一応魔石をきっちりと隠しておこうと思ったのだ。
今までもそう簡単に魔物に持って行かれたら困るので隠してはいたが、明日来るときと数ヶ月、数年後に来るときの隠し方では隠し方も気分的に違う。
どこに隠そうか、簡単には見つからない場所。
そんなことを考えながらブラブラと歩いていたら木が生えていない30m四方ほどの広場があり、そこの真ん中辺りに10m四方ほどの岩を見つけた。
『別荘』にしている大蜘蛛の岩よりは小さいがなかなかの大きさ、辺りに木が生えていないのはこの岩が地中ではめちゃくちゃ大きいからかもしれないな、そんなことを想像しながら岩に上がり平らな場所で寝転ぶ。
雲は出ているが晴天で気持ちがいい、そんな空の中に最初は小さな点だったのだが徐々に大きくなってくるそれを見つけた。
ドラゴン。
ファンタジーの世界の生物だ。
この魔の森もドラゴンの森と言われることもあるぐらいなので存在することは知っていたがもちろん実際に見たのは初めてだった。
魔の森の8割はドラゴンの生息域で中心に行き魔素が濃くなるほどドラゴンと出会いやすいと聞くので森もかなりの深さまで来ているのかもしれない。
細長い竜という感じではなく財宝を守っているようなドラゴンだ。
大きな体に大きな翼、緑がくすんだような色をしている。
大きさは20m以上、尻尾を入れたら30mぐらいあるだろうか。
翼をゆっくりと動かして上空を旋回している。
かなり上空を飛んでいるが存在感が半端ない。
前世でのこういう知識はほとんどが漫画オンリーの俺だが、まさか本物をこの目で見られるとは。
嬉しくなって岩の上に寝転びながらドラゴンが旋回するのを眺めていた。
感動しながら5分ほど眺めているとドラゴンはその場に停止した。
翼だけはゆっくりと羽ばたかせているがあの動きであの重量が飛べるはずがない、やはり魔力で飛んでいるのだろう。
もしくは飛行などの魔法があるのかもしれないな。
そんな考察をしているとドラゴンはこっちに向かって来た。
スピードを上げて近付いてくる。
広場の中の石の上に寝転んでいる、考えたら空からも目立つことこの上ない。
(もしかして餌認定?)
一秒ごとに大きく見えてくる姿の前に慌ててしまう。
これはまずい、猫型ロボットならポケットからいらないものばかりを取り出してしまう場面だ。
そのままこっちに向かってくれば餌になっていただろう。
しかしドラゴンは少しだけ角度を変えて大岩の横に突っ込んでいった。
何かの力か体重移動が上手いのかあまり衝撃もなくすぐ横に大きなドラゴンが着地した。
地面を掘っているようなのでその間に逃げようかと思うがそんな暇はなく頭を上げた。
そのドラゴンがこちらを見る。
俺を完全に視界に入れた、どうやらロックオンされたようだ。
腕を振りかぶって俺を攻撃してきた。
慌てて転げ落ちるように岩から降りる。
ドラゴンの前足が俺が座っていた岩を削り取り再び空に上がる。
爪の後がしっかりと残った岩を見ると人間の体なんて簡単に引き裂けるだろう。
その反動でドラゴンの手から何かが逃げ出した。
体長50㎝ほどもある大きくて真っ赤なアリだ。
アリはドラゴンが先ほど掘っていた穴に逃げ込んで行ったが俺はそれどころではない。
アリを取り逃がし俺を捕まえ損ねたのがわかったのか機嫌が悪そうに空で振り向き再びこっちを向いて空中で羽ばたいている。
先ほど旋回していた時よりは近いがそれでもこの一瞬で100mほどは離れているようだ。
ドラゴンに完全に狙いを定められているようだ。
岩の横からドラゴンを見上げる。
目か、鼻か、耳か、魔力か、ドラゴンが何で餌を関知しているのかすらわからない。
隠れるにしてもここから森の木々の間に逃げ込むまでに追いつかれる。
それにできるのかどうかもわからないがブレスなどを吐かれたら逃げようがない。
対策を考えるまもなくドラゴンが再びこっちに向かってきた。
追い詰めるつもりかさっきよりもゆっくりと近付いてくる。
いきなりスピードが上がることに注意しながらドラゴンを見る。
遠くからブレスを吐かれたら威力や速度によってはまずいかもしれない。
が、じわじわと追い詰めるつもりなのか50mほどのところまでゆっくりと近寄ってきた。
ドラゴンの首が落ちた。
と同時に体も落下する。
『消去』で首を切断したのだ。
魔法を覚えてから鍛錬したこともあり自分から50mの範囲はかなり正確にわかるようになっている。
『転移』の範囲内かどうかで俺にとって状況が全く変わるからだ。
ずずずずずぅぅぅん・・・
大きな音を立ててドラゴンが地面に落ちた。
もし『消去』が効かなかったりはじかれたりしたら即座に『転移』で『別荘』にでも逃げ込むつもりだったがなんとかなったようだ。
真正面から戦うなんて無理、この場で剣を使う必要もない。
ドラゴンが落下したところに駆け寄るとさすがに絶命しているようだ。
全部はマジックバッグに入らないのでこの場で解体するしかない。
角、牙、瞳、爪、何にどれだけの価値があるのかわからないがドラゴンの素材と言えば高級なのが常なのでこの世界ではどうだか知らないがなるべく持ち帰りたい。
首を切ったのと同じく薄く引き延ばした『消去』で解体していく。
頭、腕、足、尻尾、などを切り離す。
切り離すごとに『転移』で『別荘』に持って行く。
やたらと大きな亀の魔物を倒した時に得た魔石が10㎝ほどあった、それを『転移』に使うと直径10m程の大きさの『転移』を使えるようになっている。
転移先として同じぐらいの魔石がいったのだがそっちは大きなワニの魔物から得た。
そして何よりドラゴンの魔石、今までに見た中でも1番の大きさで30㎝以上あるだろうか。
さすがドラゴンと言うところだろう。
部位を分けて『別荘』の2階、大蜘蛛が襲いかかるのに使っていた広い部屋に転移させた。
冷凍の魔石を冷凍室として使っていた部屋から2階に上げ凍らせる。
全ての素材を運び終え、一息つく。
部位に分けるときに切り出しておいた太ももの一部分を試食する。
と言っても1人前のステーキほどはある。
これを焼いてみるとめちゃくちゃ美味しかった。
今まで食べた肉のどれよりもと言っていいほど肉自体の味が濃厚で噛まなくてもいいんじゃないかと思うほど柔らかかった。
これも寮の冷凍庫に入れておいてあげようと決めた。
さらに20㎏ほど切り出し、寮の冷凍庫にしている洞穴の前に転移した。
魔物の肉を冷凍の属性のついた魔法で凍らせると味がほぼ落ちないと言われている。
だけどせっかくなので凍らす前に食べてもらおうと思ったのだ。
ちょうどベイルとリンが食料を取りに来たところだった。
先にこの肉を食べるようにメモでも置いておこうかと思ったのだがいるならちょうどいい、口頭で伝えることにする。
「ベイル!リン!めちゃくちゃ美味しい肉が手に入ったんだ、こっち先に食べてよ」
2人は喜んではくれたのだが少し微妙な反応だった。
「あれ?どうかした?」
そう聞くとベイルが答える。
「う~ん、あのな、ティル、ほんの少し前にあんなに送別会をして寂しさをこらえて出て行くのを見送ったのになぁ、と思ってな」
「次会うのは・・・1人前になったときって」
リンにも突っ込まれる。
確かに送別会でそんなことを言った・・・でも食料は置きに来るって言ってたし・・・
「会うのがいやなわけじゃないんだぜ、心配してくれるのはわかってるしな。だけど俺もティルと特訓してウサギの魔物ぐらいなら倒せるしイノシシの魔物でも一方的に負けることはないと思ってる。それにこれだけティルが食料を置いていてくれてるんだ、心配しなくてもいいぞ」
「お肉・・・いっぱいある」
「ミリアも、『寂しいけど大丈夫、次にティルに会うまでに私も成長しないと』って言ってたのにまさかこんなに早く再会って・・・何だかな」
「ミリア・・・頑張るって」
「でも・・・俺は心配して・・・」
「ティルが俺たちを心配してくれてるのはわかるぜ、でもこの先ずっとこんな感じでいるのか?それで1人前になったって言えるか?」
「ティル・・・いなくても大丈夫」
リンがそこはかとなくひどい気もするがこういう話し方なので仕方がない。
「う~ん、わかった・・・俺も自分のこと頑張るよ」
ここに来たら安心するのだ、逆にここに来ないと安心できないようでは成長したなんて言えないだろう。
「でも何かあったら呼んでくれよ、転移の魔石渡しておくから」
小さめの魔石に『転移』の属性をつけておく。
ベイルが強く握ったら発動するように。
獣人は魔力がないと言われているが全然ないわけではない、起動のスイッチぐらいにはなる。
起動したら俺が持っている対になる魔石が反応する。
それで俺がそこに転移するわけだ。
それなら何かあったときにもすぐに駆けつけられる。
「いらない、もっと信用しろって」
「私も・・・いらない」
これも受け取ってもらえないのか。
でも信用しろといわれたら何も言えない。
これ以上言うと本当に信用してないように思われる。
「わかった・・・信用する、渡さないでおく」
そう言うしかなかった。
「それよりもティル、お前冒険者になったらその強さだとモテモテらしいじゃないか?ミリアを迎えに来る気はあるのか?ミリアは私なんかより他にいい女の人が絶対にいるから私にこだわってほしくないって言ってるけど・・・心の底では待ってると思うぞ」
「ティル・・・待ってる」
「当たり前だろ?そのために出て行くんだしミリア以外にそんな感情持たねぇよ」
「だけどティルは強いだろ?出世して貴族とかに目をつけられて結婚相手決められて、とかもあるんだろ?」
「ミリア・・・言ってた」
驚きの展開だ。
「まてまて、強いって王都の軍隊の人たちがどれほどか知らないがそこまで考えるほどじゃないだろ?」
イノシシの魔物を一人で倒して1人前、ならば多分俺は強い方だと思う。
だけども魔法もあるし相性もあるしで強い人はいくらでもいるだろう。
『転移』は隠すつもりだしそもそも目立つつもりがない。
「まぁな、俺もそう思うけどティルは人族だからな。国の中で出世して獣人と結婚したら目をつけられたりするそうだからなあ」
少し聞いたことはある。
昔、貴族が獣人と結婚しようとして他の貴族に反対され、結局貴族をやめさせられた、と。
そして貴族に目をつけられてうまくいくはずもなく、その夫婦とも無残な最期をとげたと。
それ以来貴族にとって人族と獣人の結婚はタブーになり、差別もよりひどくなった。
平民でも貴族よりはマシだが周りの目がうるさいらしい。
「目をつけられてもなあ。国とミリアならミリアを取るだろ」
何を言われようがそこは譲らない。
国に文句を言われようがそこは絶対に従わないし国を出て行ってもいい。
それに世間の目なんて知ったことじゃない。
「個人でそんなことをしたら大変なことになるから言ってるんだが・・・」
「ティル・・・バカ」
「お~い、リン、だんだん言葉がひどくなってない?」
リンはいつものすました顔のままだ。
「まあ、今はそう言う気持ちなのはわかったよ。ティルがそのつもりでもミリアに他に好きな人ができる可能性もあるわけだしな」
「ちょっ、それは・・・そうだよなあ、ミリア可愛いし。だから忘れられるのが心配で・・・ベイル、たまに俺のアピールとかしといてくれよ」
「はぁ~、バカか、冗談に決まってるだろ?ないだろそんなこと。ティルは大人ぶってるくせにそういうところは子供だよな」
「ティル・・・子供」
くっ・・・今は同じ年齢だがまさか10歳の2人にそんなことを言われるとは。
だけど今は好意を持ってくれててもずっとだとは限らない。
そこまで自惚れられないし、会わなければ不安も募る。
何より恋愛に関しては前世を含めても経験値がほぼ0なのだ。
でも2人と話してわかった。
俺はみんなの役に立っているということでみんなの中での俺の存在を確認したかったのだろう。
たしか共依存と言ったっけ?
正確には違うかもしれないが、自分がミリアをはじめここの寮のみんなに頼られたがっているのも自覚できる。
要するに親離れしろということだろう。
食料を出したりしていて役に立っているつもりで精神的にはこっちが頼っているのだ。
「わかった・・・ミリアが契約終了までの4年間、連絡取らない。1人前になる、精神的にも」
そう決めると急に寂しくなる。
肉の補充にかこつけてちょくちょく帰ってくるつもりだったからだ。
「おいおい、送別会でみんなその寂しさを味わったっていうのに今さらかよ。会いに来る気満々だったんじゃねぇか」
「うん、そうみたいだ、俺が1番甘かったみたいだ」
「ティル・・・甘えた」
4年後にまた会う約束をした。
ただ、1つだけ。
命に関わるようなことがあったときだけでも連絡してほしいということで連絡用の転移の魔石だけは受け取ってもらった。
よほどのことじゃない限り使わないと約束して。
この世界では連絡なんて簡単にとれるもんじゃないのが普通だが、前世の電話を知っているのだ、緊急なら必要だと思う。
連絡をするだけなので小さな魔石、起動したら対応する俺の持っている魔石から魔力が出る。
その魔石の周囲3㎝ほどのものが俺の持っているそれに対応した魔石の近辺に転移する。
起動したらはなれてもらわないと危ないのでそれだけは確認した。
小さめの巾着に入れて起動したら巾着が俺の元に転移する。
伝える余裕があるのならメッセージを書いた紙も一緒に巾着に入れておいてもらえたらより状況がわかるだろう。
その魔力に反応して振動するとか光るとかできないか実験してみよう。
バイブ機能だ。
その場で簡単にリンが巾着を作ってくれる。
こういうのが得意になったな、と感心する。
リンよりも何かあったときに動ける可能性が高いと言うことでベイルが巾着を持つことになった。
お揃いの巾着を俺も腰紐につける。
俺はマジックバッグの横に並ぶように。
リンにも、とも思ったがどうせほとんどベイルと一緒にいるだろう。
そこはあまり心配しなかった。
こうしていざという時の連絡だけ取れるようにして本当に寮を出て行くことにした。
次の第2章から2日に1回AM1時の更新になります。




