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5³㎤の転移無双  作者: 清白
第1章 少年期

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番外編2 ミリア

 




  ~ミリア~


 人族は嫌いだ。

少なくともこの国の獣人のほとんどはそう思っているはずだ。

なのに今はお店のオーナーの人族に従って人族の男に体を売って生きている。

プライドはズタズタだがそうしないと生きていけない、私だけじゃない、母と妹もだ。


 元々私は大人になるまではここから離れた小さな村に住んでいた。

村の中で獣人は2割ほど、獣人差別がないことはなかったがこの町のように酷くはなかった。

何より強くて狩りの上手い父は人族の村人にもそれなりの評価を受けていた。

狩ってきた獲物を村人たちで分けるのだから人族にとっても嬉しいだろうしその娘である私をわざわざ責めてくる人族はいなかった。


 母は持病があり生きていくには薬が必要だったが父の狩りの腕のおかげで薬も買え、困るほどではなかった。

その母の作った木製のお皿やお椀などの食器はそこそこ評判もよく少しの収入も得ていた。

妹のリーリアはひとつ下の12歳。

元気いっぱいでかわいらしく、自分で言うのも何だが私になつき、姉妹の仲は良かった。

そんな幸せな生活が終わったのは私がもうすぐ14歳になり大人になるというころだった。



 父の強さが評判になって国の軍隊からスカウトが来た。

私とリーリアは単純に父の強さが認められて凄い、と思っていたのだが父は断った。

だがその後も何度もスカウトが来て結局は応じることになったようだ。

行く日まで私とリーリアのことを気にかけており、本当は行きたくなかったようだ。

私は遠くで働いて活躍して戻ってくると思い込んでおり、お土産までねだっていた。


 その父の訃報が来たのは2カ月後だった。

訃報を届けに来た役人は、父のことをすぐに死んで役に立たなかったと言った。

なのでいなかった日々の分の給料を払うだけでもありがたいと思ってほしい、と微々たるお金を置いてすぐに去って行った。


 母は泣き崩れ、私とリーリアは訳がわからなかった。

後になってわかったのは隣の国と戦争をしておりそのために人を集めていたということ。

獣人を集めた部隊を作って敵に突っ込ませたということ。

身体能力の高い獣人部隊で混乱させた上に敵ごと矢を放って相手をやっつけたこと。

その獣人部隊はほとんど全滅したが味方の矢で死んだものも多かったこと。

それらを命からがら逃げてきた獣人部隊の生き残りの人に聞いた。

その獣人はあまりにひどい扱いを受けたことを他の部隊の家族にも伝えたいと言ってすぐに去って行った。


 あまりのことに怒りがこみ上げてきたが私は本当に無力だった。

怒りをぶつける相手も場所もなく、何もできず母とリーリアと共に絶望するだけだった。

私が怒ったところで何も変わらないのだ。

周りの人に父のことを伝えた。

一緒に怒ってほしかったのだが周りの反応は違った。

軍隊の悪口を言って自分にも害が及ぶのを避けたかったのだろう、私たち家族は次第に避けられるようになった。


 父の狩りの腕を褒め称え狩った獲物を分けていた隣人に、少しの食料を分けてほしいと言ったら「何で獣人に分けてやらないといけないのだ?」と言われた。

力仕事のたびに父を呼んでいた村の長の家に行ってもドアを開けることさえしてくれなかった。

仲のよかった人族の子供たちは私たちから距離を置いた。

何が何かわからないうちに今日食べるものすらなくなった。


 母が食器を作っても少ししか生活の足しにはならずに薬代にもならない。

同じ村の数少ない獣人から分け与えられたほんの少しの食料だけで過ごす日々だった。

その分け与えることにも人族は国に目をつけられるんじゃないかと疑い獣人を疎むようになった。

父の訃報から2カ月も経つと村は人族と獣人で対立するようになり元々少ない獣人は狩りのできる父がいなくなったこともあり困窮していった。


 もうどうしようもない、そんなときに話を持ってきたのが今の店のオーナーだ。

今から10年働けばその間は母に薬を買うお金も母と妹が生活するお金も払ってくれると言うのだ。


 男の人とお酒を飲み身体を売る。

噂には聞いたことがあるどころかお金がないとその仕事にもありつけるだけでましだと言うことも聞く。

今年やっと14になるという私には嫌悪感しかなかった。

だが他に選択肢もなかった。


 嫌だと言えば家族が餓死するしかない状況だ。

私が契約すれば母も妹も10年はなんとかなる。

その間の私の住居に食料もなんとかしてくれるというのだ。

もっともお給料はほぼ母と妹の薬と生活費に消えることになりほとんど残らないと言われているが仕方がないだろう。

お小遣いほどは貰えるというのでそれだけでもよしとしよう。

久しぶりにお腹いっぱいになるほどのご飯を食べさせてもらった。

私が頑張れば母も妹もお腹いっぱい食べられるのだ。


 こうして私はオーナーと契約を結んだ。

字は読めないので何を書いているのか詳しくはわからなかったがオーナーの説明を聞いて契約の魔石に誓った。

そのとき一瞬気を失ってしまったようでテーブルに突っ伏してしまったが魔力に慣れていない獣人が契約の魔石を使うとそうなることが多いようだ。

意識が途切れたところをオーナーが「大丈夫か?」と肩を揺らして起こしてくれたので気がついた。

失敗して怒られるかと思ったがそのことで獣人の悪口を言わずに起こしてくれたのだから実際にいい人なのかもしれない。

後で聞くとオーナーは貴族のようで自ら獣人に触れる貴族がいるのかとさらに驚いた。

もっともこのオーナーはその後顔を見ることもないのでただの気まぐれだったのかもしれない。


 「奴隷契約じゃなくて雇用契約だから頑張って働くんだよ」


 そう言われたがそれはどっちでもよかった。

私に選択肢はなかったし奴隷契約だと言われても受け入れるしかなかっただろう。

そう思っていたのだが噂で犯罪奴隷の扱いの話などを聞くと普通に契約してもらえて良かったと思う。


 その日、家に帰り母には仕事が見つかったから家を出る、と話した。

 仕事内容は言わなかったが察知したのだろう、「ゴメンね」と涙を流しながら言われた。

リーリアには言わなかった、言えなかった。

お金に困って子供を売る。

私の場合は自ら売られたのだが周りにはそう言われるかもしれない。

私もまさか自分の身に起こることだとは思っていなかったし家族にとっては一大事だ。

だが世の中の獣人たちにとってはありふれた出来事だ。


 (そう、たいしたことはない、よくあること)


 そう自分に言い聞かせ、元々少ない自分の荷物をまとめた。

持って出たのは少しの着替えと母に作ってもらった木製のお皿やお椀などの食器類が少しだけ。

後は父に貰った魔物の角で母が作ってくれたリーリアとお揃いのアンクレットを身につけて家を出た。


 こうしてオーナーについて行けと言われた人と共に馬車に揺られメダグリアという名前の大きな町に着いた。

途中で寄り道もしたし村の近辺しか知らなかった私にとってはもうどこにいるのかもわからなくなった。

何でも魔の森の近くで元々砦だったところが強い魔物が出なくなって町に発展していったところだという。

それでも魔物が出ないわけではないので砦の中は安全だが森に近くなるほど治安が悪くなる。

私の住むところは森の横と言っていいところだが魔物の被害は最近ではほとんどないと聞いた。

スラム街というお金のない人たちが集まるあたりだとも聞いたがお金のない私には当然のところだろう。


 仕事は夕方からお店に来たお客様とお酒を飲む時に横で一緒に飲む。

お酒は初めて飲んだが美味しいとは思えなかった。

少し気分が悪くなったがそんなことは言えない。

お客様に指名されて2階に行く。

酔っ払って気分の悪いまま私の初体験は終わった。

その後お客様と2人でお酒を飲むか、お客様が帰るのならまた下のお店に出ることになる。

その日はお客様とお酒を飲むことになったが泣きながら寝てしまったそうだ。

そうだ、というのは途中から記憶がなく数日後にまた来たお客様に教えられたからだ。


 そういうことの経験のなかった私だが、経験のない方がいいと言う男の人もそれなりの数がいるらしく問題にはならなかった。

もちろんそういう行為は苦痛だったが今さら嫌だとも言えるわけもない。

同じ状況にあるお店の他の女の子たちの助けもあり、仕事だと割り切り、お酒を飲むことと共に慣れていった。


 お店の女の子は今は私を含めて9人。

みんな同じような契約になっているそうで同じ寮に住み助け合って生活していた。

子供がいる女の人もおり、その子たちが寮の雑用をしてくれているという。

子供は3人、子供の中で最年長のウサギの獣人のミーティアちゃんの母モネさんがリーダーのような感じで色々と気を遣って貰い特にお世話になっている。

私の来る少し前に2人が契約を終了して出て行ったらしい。

同じオーナーの王都でのお店で働くことになったという、1人は急遽欠員の出た王都のお店に行ったということだが、そういうこともあるんだなという程度だった。

オーナーは他にも色々なお店を経営しておりここを出た後も希望するなら仕事を斡旋してくれるということだ。

ありがたい話だが私にとっては10年後、まだまだ先の話だ。

「年上の2人が抜けてまとめ役みたいになったところだから至らないところもあるけどよろしくね」

そういったモネさんは言葉とは裏腹に頼りがいがありそうだった。


 私の来る少し前にここに来たというライラと私が入った後に来たガーベラとはすぐに仲良くなった。

2人とも同じ年でまだ不安が大きいが仕事が辛くても3人で愚痴を言ったり慰め合ったりしているうちに仲間意識が出てきたのかもしれない。


 私たちの値段は正直高くない。

獣人というのが1番の理由だ。

お客様の割合は人族と獣人が半々ぐらい、スラム街は人族3割獣人7割ぐらいなので人族の方がお客様になっていることになる。

これは女性を買うほどの暮らしじゃない獣人が多いという理由もある。

あんなに嫌っている獣人をなぜお金を払ってまで?と言った疑問もあるがそんなことも言ってられない。


 お金はあまり払いたくないけどそういうことはしたい、という人族も多いのだろう。

そういう人たちは元々こっちを下に見ているので乱暴だったりする。

実際に死んだ女性もいたそうだ。

そうなるとお店に弁償しなければならないのでめったにはないらしいが。


 かと言って同じ獣人のお客様だと優しいかと言えばそうでもない。

人族に虐げられた鬱憤をぶつけてきたり、人族なんかに媚を売ってる女、と八つ当たりしてくる獣人もいる。

もっとも獣人のお客様が私たちを死なせたりしてお金がないと自分が奴隷になってでも弁償させられるのでこっちも最悪なことにまでなることはめったにない。

もしそうなっても弁償のお金は家族の元に送られると言われているのが少しの救いだろうか。


 私たちは奴隷契約ではないと聞かされていた。

奴隷になると借金奴隷で首輪をするか、犯罪奴隷だと首に首輪のような模様ができ、所有者には逆らうことができなくなり、言いなりになってしまう。

私たちは奴隷ではないので自分からこの仕事をしたことになっている。

なので奴隷の娼婦よりも高いそうだ。

奴隷だと面白くないというお客様がそれなりにいるのだという。

そのことは一応私たちの中で小さなプライドを保つための理由になっている。

私たちは奴隷ではない、体を売っているが心までは売っていない。

女の子同士でそう言い合って辛さをまぎらわせているのだ。


 私が入ってすぐに1度暴力沙汰が起こった。

女の子のうちの1人が酔った軍の偉いさんに殴られた。

獣人は元々ある程度は頑丈なのだが殴られたときに机の角で頭を打ち、打ち所が悪かったのかそのまま動かなくなった。

頑丈と言っても鍛えていない私たちが鍛えた人族の男の人に力でかなうレベルでは全然ない。

その軍人は金払いは良かったが指名した女の子に殴る蹴るなどの行為をするので評判が悪かった。

はした金で好き放題痛めつけられる女たち、私たちをそう呼んでいたことも知っている。


 動かなくなった女の子はそのまま亡くなった。

オーナーに雇われている店長がやってきて別室で話をし、弁償代としてお金を払った、そのお金は亡くなった女の子の家族に送る、そう知らされた。

出てきた軍人は違う女の子を指名して上に上がっていった。

そのときに寝かせられている亡くなった女の子を蹴り上げて行った。


 「こいつのせいで無駄金だ!」


 みんながその軍人を見る。

さすがにやり過ぎだろう、そう思った。


 「お前ら何か文句でもあるのか?弁償して金を払ったんだ、この死体の代金だ、俺が何してもいいに決まってるだろ!」


 そう、慰謝料ではなく弁償、私たちはモノなのだ。

店長が抗議して出禁にしてくれないかとも思ったのだが口から出た言葉は全く違うものだった。


 「はい、この件は終わり、皆さん頑張って働きましょう」


 店長にとっても軍の人ともめたくないだろう。

仕方がないのもわかっている。

人が死んだのに、これで終わり、その一言で本当に終わったのだ。


 私たちはその程度の価値なのだ。

入ってすぐでそこまで仲良くなっていたわけでもないが家に帰って思い出すと涙が流れた。

泣いても現実が変わるわけではない、少し前に入ったライラと話をしているときに言われたようにお店での私は別の私、そう自分に言い聞かせて普段の生活に戻った。


 亡くなった女の子の代わりに入ってきたのがガーベラだった。

怖さと惨めさを押し殺し、せめて普段ぐらいは笑って過ごそう、そう3人で話し合い、実際に笑って過ごした。


 だけど夜、1人で布団に入るとどうしようもなく寂しくなる。

周りの女の子たちも同じような気持ちなのだろう、寂しさをまぎらわせるためにペットを飼う女の子も多かった。

オーナーや店長は寮に来ることはほとんどないしここでの生活に口出しすることもない。

自分でできる範囲では何をしてもいいことになっている。

お小遣い程度しかお金がないのでペットに与える餌代も馬鹿にならない。

だけどもそばに誰かにいて欲しい、そんな気持ちがみんなわかるのかペットに自分たちの食事を分けていても文句を言うような人たちはいなかった。

子供がいる女の子はペットを飼っていない、子供のために、と頑張れるのもあるだろう、お金により余裕がない、という理由も大きいが。


 ここに来てすぐにガーベラはハムスター、ライラはトカゲのような生き物を飼いだした。

私も何か飼いたいな、そう思い始めるのは当然のことだったのかもしれない。

慣れることはないと思っていた仕事にも慣れ始めてしまって日々の行動には少し余裕も出てきた頃だった。


 その日も仕事を終え、終わる時間が同じになった3人で寮に帰っている最中だった。

道の真ん中に倒れている男の子を見つけた。


 この町では行き倒れの人なんてよく見る。

大概は放置されそのまま死ぬのだが、なぜか連れて帰ってしまった。

まだ小さな子供だということ、男の子だというのに妹と重ね合わせて見てしまったこともある。

まあ酔っ払っていた、というのが1番の理由かもしれないが。


 人族の男の子。

小さな子供といえどもう獣人差別を持っている子もいる。

親にそう言われながら育てられたら疑いも持たずに獣人は下の存在だと思うようになるだろう。

もしこの子がそうならすぐに捨てるつもりだった。

どうやら子供を抱きしめて寝ていたらしく起きたときも抱きしめた感覚が残っていた。

酔いが冷めて改めて人柄を観察しなくてはならない。

そんな思いもあったのだがどうやらこの子の記憶が曖昧なようだ。


 一番気にした獣人への差別は全くと言っていいほどなく、獣人を見ることが珍しいような感じだった。

人族だけの村ででも暮らしていたのだろうか?

逆に嬉しそうに私の耳を飽きることなく撫でたりするので私の方が照れてしまったぐらいだ。


 名前も年もわからないので名前は私が名付けた。

ティルだ。

尊敬していた父の名前、デイルからもじったものだがペットを飼おうと思ったときにこの名前にしようと温めていた名前だ。

年齢は最初は自分のことを19歳だとか言っていたがライラがからかい半分でティルの下半身を見て判断し、5歳だということになった。

ここに住むミーティアの他の子ども、ベイルとリンが5歳なので同じ方がいいかなという思いと実年齢も見かけからそう離れていないだろういう判断もあったのかもしれない。

こんな仕事をしていても子供の裸などは見ていないので年齢などはわからないのだがライラはなぜがそれなりに自信がありそうなのも面白かった。

実際の年齢はわからなかったが、他の5歳の2人と比べると体はともかく考え方は大人っぽいところがあるとは思ったけど自分を19歳だとか言っているティルには言わなかった。


 人族の男の子だということで反対まではしないが様子をみたいという意見も女の子の中にはあった。

だけどティルが子供たちとすぐに仲良くなり、獣人だということも全く気にした様子がないのを見て、しだいにティルへの警戒を解き始めた。


 特に魔物を撃退した頃からは認めるどころかみんなが一目置くほどになったと思う。

何しろ少し前に迷い込んできた弱っていた魔物でさえ全員でやっととどめを刺せたというのだ。

再び死にかけの魔物だったと言われたがそれでもとどめを刺せたのだ。

さらに、どうやら子供同士の話を聞きかじると、ティルが他の3人を守ってだという。

それを聞いて人族だからまだ様子をみたいという女の子はいなかった。


 何より退治した魔物の肉が食卓にのぼるようになったのだ。

しかもすぐになくなるかと思ったら毎日のように出続ける。

疑問に思っていたのだがどうやら魔物を倒しに魔の森に入り込んでいるようだ。

驚いてやめさせようかとも思ったが、危険そうな風でもなく、特に子供に毎日お腹一杯食べさせることができるようになったと喜ぶニーサさんたちを思うとティルには悪いがやめさせることはできなかった。

もちろんケガでもしてきたらすぐにでもやめさせるつもりだったが全くそんな気配もなかった。


 そんな大量の魔物、売ったら私たちが全員買える値段になると思う。

だけど誰もそうして貰おうとは思わなかったし、金品を貰うつもりも一切なかった。

ここで働く約束もあるしお金でどうこうするつもりもない。

だけど食料はまた別だ。

ミーの料理の腕が急激に上がったのもどうやらティルのおかげらしい。

こうして私たち寮の全員がティルに心・・・いや胃袋を捕まれた。


 食料とは別に金品などはもらわないと決めていたのだが、唯一ティルがどうしても譲らなかったものに布団がある。

寝たことのないほどの高級で柔らかな布団。

自分のものだとティルが力説して部屋に置き、私も一緒に寝るのでその柔らかさと気持ちのいい睡眠を堪能していた。


 もっともそれを別にしても抱きしめて眠るのは安心できたしティルと色々話をするのも楽しかった。

ティルのいない生活は考えられないほどになっていた。

だけどティルは常識的なことは全く知らないくせに訳のわからない知識で美味しい料理や便利な道具などを作っている。

出自が気になるところだが、それ以上に私のことを信頼してくれていることがわかるし、一緒にいる心地よさを味わうのは家族と暮らしていた頃以来でそんなことはどうでもいいかなと考えるようになっていた。


 そんな日々を過ごしていたが周りのみんなと話をしているとティルはもっとすごいことができたりするんじゃないかとの話すようにになっていた。

この年齢で魔物を苦もなく倒しているようだし、かなりの強さで人族、軍にでも入ったら出世するんじゃないか、などと話していたがこれは私たちだけじゃなくティル自身も求めていないし興味もないようだ。

父に続いてティルまで軍に行くとなったらどうしていいかわからない。


 そんな話をしていたこともありティルから冒険者になりたいと聞いたときは反対できなかった。

手放すのは嫌だが私と一緒にいても将来の見通しは暗い。

自分で生き抜く強さもあるし、軍に取られるよりはマシだと自分を納得させた。

むしろここに居続ける方がティルにとって獣人の仲間と思われて不利になるかもしれなかった。


 実際冒険者になるのならこの町でもなれるのだが私たち獣人の関係者だということはもうこの町ではバレている。

人族の子供ならここの冒険者ギルドで年をごまかして登録することは可能なのだが私が保護者ということで妨害されるかもしれない。

年をごまかせないと見習い冒険者になる。

それはこの町ではただの雑用みたいな扱いで一人で生活すらできないだろう。

元々は貴族の息子が冒険者になったという箔をつけるために知り合いの冒険者にお金を渡し護衛をかねて頼むような時の制度なのだ。

何も知らずに見習い冒険者などになれば報酬もなしに使い捨てられるのが常でそんなのはティルの本意ではないだろう。


 なのでここで冒険者になるには14歳になるまで待つしかない。

そしてティルはもう一つの方法である違う町で年をごまかして登録することを選んだ。

さすがに年をごまかすのにも限度がある。

5歳で14歳だと言っても冒険者ギルドも聞き入れてくれないだろう。

ギルドも冒険者をむやみに殺したいわけではないのだ。


 ということでここを出て行くのは10歳の誕生日に決まった。

誕生日と言っても勝手に決めた日なのだが。

ミーの誕生会を見てティルにも誕生会をしてやりたくなったのでここに来た日を誕生日に決めた。

 なのでミーの誕生日の10日後となる。

 ティルは誕生日会なんて恥ずかしいと言っていたが照れたように初めてで嬉しかったとお礼を言ってきたのでやってよかったと思う。


 そんなティルと暮らしてもうすぐ5年、ティルが出て行く日が近くなってきた。

ミーの誕生日会の10日後にはティルも出て行く予定だ。

ミーも母親と一緒に王都に行くので一気に寂しくなる。

誕生日会の後ティルと話をした。

ティルは私のことを好きだと言う。

正直に言うと私も惹かれているのは間違いない。

だけどティルはここでの生活しか知らないし王都に行って冒険者になったらいろんな出会いがあるだろう。

それこそ私なんかがとどめておいていいわけがない。

実際にはどれぐらいかわからないが狩りの上手い父がケガをしながら他の獣人とも協力して仕留めていた熊の魔物などが食事に出たりするのだ、かなり強いのは間違いない。

その強さなら冒険者になっても充分生きていけると思う。


 何度か言われたがティルにお金を払って貰って自由になることは心の底でどうしても自分が許されなかったので毎回断った。

どうしてここまでかたくななのかと自分でも思うがティルにお金を貰うこととそうやってここを出て行くことだけはダメだとわかっていた。


  寂しいがここで引き止めてはいけない、そう思いながらも話をしているうちにティルなら本当に4年後に迎えに来てくれるかもしれないな、と持ってはいけない希望を持ってしまう。


 9歳も年下の10歳の男の子からの愛情表現だ。

私はどっちかというと父のようなしっかりした年上が好みだったんだけどなあ。

そう思ってもティルを父と重ね合わせているところもある。

最初はただの子供だと思っていたのが今ではそれこそ父と同じような頼りがいを感じることもある。


 私も含め寮の女の子たちの考えは決まっていた。

私たちとの関係をできるだけ隠す。

もちろん私もだ、獣人との関わりはティルのこの先の人生を狭くする。

そう決めていた。

最初は転移魔法が使えるとか言い出し、それでここから王都の冒険者をするとか言い出したが駄目だと言った。

そんな転移魔法をもし使えたとしても普段の魔法を使うときに魔力がなくなってたら危ない。

『転移』みたいな貴重な魔法は魔力の消費が激しいことぐらいは私も知っている。

それは独立とは言えないんじゃない?

と少しきつく突き放すように言うと納得したようだ。


 その後も話をしていると、ダメだと思っても私の方が寂しくなる。

(迎えに来て)

(一緒に行く)

何度も言いたくなったが口からは出なかった。

あまりにも愛しくて、半分無意識に、だけど私の意思で、キスをしてしまった。


 ティルが戸惑っているのがわかった。

顔を真っ赤にしている。

私はそのまま布団に潜って寝たふりをしていた。

私だって恥ずかしくて顔を見られなかったのだ。


 「ファーストキス・・・」


 横で布団にうずくまってつぶやく声が聞こえた。


 (私だって好きな人とはファーストキスなんだからね)


 声には出さないが頭の中でそう答える。


 (待ってる)

キスの後、本当に口から今にも出てしまいそうな言葉だったが声には出てなかったはずだ。

自分では言っちゃったかと思ったのだが、声にならなかったと言うのが正解だろうか。

何にせよ言わなくてよかったと思う。

ティルの足を引っ張ることだけはしたくない。


 そんなことを考えながら布団の中にいたのだがどうやらそのまま寝てしまったようだ。


 10日後、ティルは出て行った。

ちゃんと笑顔で見送れたと思う。

ここを出て王都で活躍なんてしたらティルなら人族、いや他の女性にもモテモテだろう。

ここのことは忘れてくれてもいい、いや、忘れた方がいい。


 だけどもし4年後に迎えに来てくれるのなら・・・


 そんな妄想で日々の癒やしを求めるぐらいは許してくれるだろう。

私はもうペットを飼うつもりはない。




 




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