プロローグ
クソみたいな人生だった。
それでも5歳までは人並みに暮らしていた。
「自分で考えてみよう」と考えることが大切だとよく言う父に「自分に恥ずかしいことはしたら駄目」とずるいことをしたときだけ叱る母、かわいい3つ下の妹のなつき、そして俺の4人で楽しく毎日を過ごしていたのだ。
俺の5歳になる誕生日、近所のレストランで祝ってもらった帰り道だった。
家に帰ると誕生日プレゼントがある、そう聞いていてもたってもいられずに4人で歩いて帰っているのを我慢できずに1人で走り出した。
少しでも早くプレゼントが見たい。
欲しかったのはそのころ流行っていた、子供向けアニメに出てくるマジックマンというヒーローが作品内で使っている伸び縮みしてなんでも切れる魔法の剣だった。
腰には長さ5cmほどの鞘、なのにそこに納められた剣を抜くとどんな大きさにもなるビームサーベルのような剣が出てくる。
「魔法の剣で切れないものはない!」の決め言葉とともに悪を斬るのがかっこよかった。
そのオモチャをねだったのだ。
実物は5㎝の鞘から折りたたみ式の剣が出てきて中にライトを仕込んでいるだけのオモチャなのだがそのときはそんなことはわからない。
魔法の剣をこの手に早く握りたい、その一心だった。
「早く~!!」
1人で先に帰っても家の鍵も持っていないのだ、後ろを振り向いて眠っている妹を抱く父と並んで歩く母にむかって大きな声で叫びながら足を進めた。
何しろ5歳だ、足もそんなに早いわけではないし両親も見えないところまでは行かないように気を付けてくれていたと思う。
それでも家が見えてくるとさらに足を速めて玄関の前にたどりついた、後から考えると豪邸とまではいかないがそこそこ大きな一軒家だ。
後ろを振りかえると思ったよりも遠くに両親たちが見えた。
直線で広い道路。
3人ははまだかなり先の大きな道路の信号を渡っているところで母親が玄関についた俺を見て手を上げて振る。
もう一度「早く」と叫ぼうと息を吸う。
その時大きな音が鳴り響いた。
キキィィィィーーーー!!!
甲高い音を上げ、大きなトラックが父と母と妹の横から突っ込んできて跳ね飛ばした。
その時から俺の人生は変わった。
その時跳ね飛ばされた家族の姿は脳裏に焼き付いている。
何が起こったのかどうしていいのかもわからず呆然としていたのだろう、それからの記憶があまりない。
はねられた瞬間の映像がずっと繰り返し頭の中で流れながらお葬式に出た。
そのときの親戚だというおばさんたちが言っていた「あと50mで家だったのにね」という言葉だけがなぜか頭から離れなかった。
その後は父の弟の奥さんの兄夫婦?確かそんな関係だったはずだがほとんど会ったこともない人の家で暮らすようになった。
家族を亡くしたショックから立ち直れずにいた俺も悪かったのかもしれない。
聞かれたことに返事もせず、ただ泣くばかりの俺を持て余してもいたのだろう。
気が付くと俺はその家族の中でいらない存在になっていた。
その家族にも俺と同じ年の子供が1人いたが両親を取られるとでも思ったのか最初から俺を敵対視していた。
殴られたので殴り返しても怒られるのはこっちだった。
その子が俺に盗まれたと言ったオモチャは俺が1日食事を抜かされた次の日にその子の布団の下から出てきたが俺が隠していたことになった。
「さっさと出ていけ」「死んだらいいのに」その子に何度もそう言われたが自分ではどうすることもできなかった。
新しい物が俺に与えられることはなく話しかけられることすら次第になくなっていた。
2年ほどたつと「私たちの手には負えない、実の息子の教育に支障が出る」そういう理由で俺は施設に預けられた。
これは後で聞いたことだがその時には元の家はその親戚のものになってたし、残してくれていたはずの遺産や保険金も俺の手元には残っていなかった。
その年齢で自分で管理できるはずもないが管理者であるその親戚は「お前を育てるのに使い切った。大人になっても遺産があるなどと思うな」施設に行く日に俺にそう言った。
結果、俺の手元に残されたのはあの日の誕生日プレゼントである魔法の剣だけだった。
親戚の子供に何度も取り上げられそうになったがこれだけは守り通した。
魔法の剣を抱えてうずくまる俺を「渡せ」と蹴り続けるその子にその母親は「そんな汚いの欲しがらなくても新しいの買ってあげるわよ」とその子に言ったので何とか守られたのだ。
次の日、新しい剣を見せびらかして切り付けてくるのだがもちろんうらやましくはなかった。
すでに電池は切れて光らなくなったその剣と両親からの教えられた言葉だけを持ち、新しい生活が始まった。
少しはマシな生活になるのかとの期待は初日に崩れた。
この施設ではほぼ顔を見せることはない施設長と、俺たちの世話係の数人の職員がいたが世話係が俺たち子どもを見る目はみんなが同じ、物を見る目だった。
初日は名前を覚えてもらうどころか「あれ」と呼ばれた。
「あれは203の部屋にするから」
「あれ、私の担当?めんどくさいなぁ」
「さっさと言うこと聞くようにしつけなさいよ」
そんな言葉を聞きながら新しい部屋に向かったのだ。
施設の生活に期待もできず、何とかやり過ごす日々を送った。
こちらから意見を言うだけで怒られる、立たされる、食事を抜かれる。すべての命令に「はい」以外の答えはなかった。
みんなが職員の顔色をうかがうような生活。
その裏ではこっそり隠れてのいじめなども行われ、それに加担しない俺はその対象になることも多かった。
年齢が上がるにつれ年下も増え、いじめの対象から孤立へとは変化していったが。
「自分で考える」その教えを受けたからにはいじめに加担することはできなかったし「自分に恥ずかしいことはしない」と思うとその後自分が助けた相手の代わりにいじめの対象になったとしても助けないという選択肢はなかった。
学校に入学してもうまく溶け込むことはできずに孤立していたが、これは周りのせいではなく俺のせいだろう。
周りに心を開くことができなくなっていたのだと思う。
どうやって友達を作るのかわからなくなっていたし、施設出身なことは周りにばれており「あの子と遊んだら駄目って言われた」と俺を見て話をしているのを聞いたこともある。
気を遣って話しかけてくれる子もいたがその子も同じようにいじめられるのを見てなるべく話しかけられるのは避けるようになった。
毎日机に座ったままの日々を過ごしていた。
18になるまでは施設で生活できる。
中学でも友達もいなく娯楽などもない生活ですることといえば勉強しかなかったので成績は悪くなかった。
高校はそれなりの公立の進学校に進んだが友達ができないのは同じことだった。
スマホも持ってない、アルバイトですぐ帰るので部活もしない、娯楽関係の話題もない、施設出身、最初は話しかけてくれたクラスメイトも一月たつ頃には何の話題にもついていけない俺に話しかける人はいなくなった。
勉強は嫌いではなかったが施設ではお金を稼げるアルバイトが優先だった。
アルバイトの給料はすべて施設に入れていたが学費のことなどもあるのでそれはいい。
2年生になったあるときアルバイトの給料を職員に渡したのに渡してないと言われた。
給料を渡した職員は俺が渡したと嘘をついていると言ってニヤついている。
それを信用した他の職員に「嘘ついて金をネコババするなんて恥ずかしくないのか」と罵られて殴られて壁まで吹っ飛んだ時に施設を出ていく覚悟ができた。
「自分が恥ずかしいことはしない」と思って生きてきた俺には許容できるのもではなかった。
次の1か月分の給料をもらってその足で施設を出た。
カバンの中には最低限の着替えと魔法の剣、両親からの言葉、5歳の頃とほとんど変わらない、それだけが自分の持ち物だった。
1か月分の給料と言ってももちろん大した額じゃない。
そのお金が無くなるまでに稼ぐ手段を見つけなければいけない。
何とか肉体労働の日雇いの仕事を見つけ、ネットカフェに泊まる毎日が続いた。
ネットカフェでの生活は天国かと思えた。
いわゆるネットカフェ難民と呼ばれるものだが、ここには返事の声が生意気だというだけで殴る職員もおらず、食事に砂を入れて反応を見て楽しむというような施設の子もいなかった。
何より周りに娯楽があった。
ネットは使えるし漫画が壁の棚いっぱいに並んでいる。
物語の主人公に自分を重ね合わせて俺は冒険をし、スポーツをし、格闘技をし、恋愛をした。
すべてが今までの自分の生活の中にはないことだった。
そんな生活が2年ほど続いたが5歳のあの日以降ではやっと自由になった日々だった。
毎日仕事をして戻ってきたら漫画を読む生活。
楽しかった。
ネットカフェの漫画をすべて読んだんじゃないかと思うほどはまっていたのだがもちろんお金は余裕がなかった。
ある日熱が出て働けなくなった。
手持ちのお金が尽きるまでに何とか治ったら、とも思ったがこればかりはどうしようもない。
日頃の栄養状態も悪かったのだろう、1週間ほど寝込んでいると手持ちのお金も無くなりネットカフェを追い出された。
着替えなどが増えて鞄は二つになったが2年前とそう変わっていない。
季節は冬で雪も降っていたが公園で一晩過ごした。
もちろん熱が下がるはずもないし体調も悪くなる。
小さな鞘に収まった魔法の剣を握りしめる。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫)
その言葉を何度も繰り返す。
何でも斬れる魔法の剣だ、病気も斬ってくれたらいいのに。
そんな馬鹿なことも頭に浮かぶ。
どうにかしないといけない、熱があるまま日雇いの仕事を入れた。
今にも崩れ落ちそうになりながらなんとか1日働く。
日払いの給料をもらった、これで暖かいところで眠れる。
疲労と寒さで意識が朦朧としながらもいつものネットカフェに向かう。
もうすぐ着く、そう思ったとき膝が崩れ、知らないうちに倒れていた。
何とか立ち上がろうとしたが足が動かない。
仕方がないので這うようにして近くにあったベンチに体を横たえた。
ここでも地面に倒れてたのなら誰かが通報してくれていたのかもしれないが、ベンチで寝ているのでそのままにされていたのだろう。
横になって1度意識を取り戻したときにネットカフェの看板が目に入る。
(50m・・・あの時と同じ距離だな・・・)
人生最悪の記憶が戻ってきた。
その50mを埋めるように手を伸ばすが届かない。
カバンの中の鞘に収まった魔法の剣を握る。
鞘を腰のベルトに挟んで力が入らなくなってきた手で剣を抜く。
(魔法の剣ならこれぐらいの距離届くのにな・・・)
剣が届いたところでどうしようもないのだがそんなことを考えた。
(自分で考えてきたつもりだったけど・・・どこで間違ったんだろう・・・?)
(間違ってないよ、大丈夫)
そんな声が聞こえた気がしたがそれが現実の言葉なのかもわからない上にそれに対する返事をする力もなかった。
腰の鞘が暖かくなった気がしたのも一瞬のこと。
剣を握りしめたまま手がベンチから落ちる。
もう手を戻す力もなかった。
意識が遠ざかる。
(俺は死ぬのかな?とうさん、かあさん、なつき・・・ごめん)
(今度はもっと上手にやっていくから・・・)
そうは思うが頭の中には今までにされた理不尽な嫌がらせが蘇る。
(クソみたいな人生だったな・・・)
剣を握ったその手が動くことはもうなかった。




