戦場のクリスマス
自作サイトにのっけていた小説です
かなりの初期作品なので文章があわわなことになってます
少しファンタジー設定が入ってます
ワルサーPPKS7.65。それは人の命をいとも容易く奪ってしまう物だ。
銃は無機質な感触で俺の手に収まっている。
無意識に汗ばむ指が引金を引こうとしている先には、敵兵の姿だ。
躊躇いをふりきるように俺は鼻歌を口ずさむ。俺はおもむろにトリガーを指をかける。
俺は思い出す。死ぬな、と言ったあいつの顔を。クリスマスソングを。
そして、
『生きろよ』
トリガーをひいた。
* * *
今日が世に言うクリスマスだということに気づいたのは皮肉にも、子供達から戦場にいる兵士達へ贈られる励ましの手紙に、クリスマスメッセージが沿えられていたからだ。
「なにそれ?」
「ガキ共からの手紙。頑張って敵兵を討って下さいだってさ」
「………そっか」
「皮肉なもんだな」
俺達の国は、戦争をしていた。
それが一体いつからのもので、一体なんの意義をもち、何処と戦っているのか、それすらも分からない漠然とした戦争だ。
けれど俺達の国は戦争をしていた。
成人男性は有無を言わさずに戦場に駆り立てられる。兵役を免れるのは例えば貴族だとか、ある一定の税金を収められるやつだとか。金持ちばかりが徳をするクソみたいな世情だった。
「敵をうって下さいの意味。わかってんのかね?この金持ちのバカガキ共は」
「そう言うなって。しょうがないじゃん。ガキはまだ知らないんだから」
言って目の前の奴は残念そうに微笑する。美しい笑みだ。男にしとくのは勿体ないほどの。
彼の名前はアイダといった。亜細亜では珍しい碧眼。変異種独特の顔立ちは更に彼の美しさに磨きをかけていた。
だが、男だけのこの戦場という場所においてそれがどれだけ危険を孕んでいるか俺は知っている。
彼と仲良くなったきっかけも、アイダが男に犯されそうな所を助けたからだ。
それ以来の付き合い。俺と彼は親友だった。
「…まあ、いいけど。だけどせっかくのクリスマスなんだし、少しくらい休みたいぜ」
「アリマ」
「?」
ランプに照らされたアイダの面輪は深刻だ。どこか重い調子の声音に俺は訝しがらずにはいられなかった。
「どうした?アイダ。調子でも悪いのか?」
煙草を燻らせながら、俺は問う。アイダは元々華奢で、体の線が女のように細かった。だが何故か更にそれに輪をかけたような彼の儚さに、俺は不安を覚えずにはいられなかった。
「おい…?」
「アリマ、頼みがあるんだ」
彼は意を決するかのように口を切る。なにかと思う暇もない。気付いたら、アイダは俺の眼前に迫っていた。
間近にあるアイダの面輪はやはり、同性の俺から見ても美しい。そのおもむろに開かれた彼の真っ赤な唇が、わなないた。
「抱いてほしい」
「………は」
「抱いて、くれないか?」
冗談かと思った。
からかわれているのだと思い、一瞬掴みかかってやろうかと危うげな思考が脳裏をかすめたが、彼の表情は真剣そのものだった。吐かれた台詞の意味に、俺は彼の正気を疑った。
「なに言ってやがる」
煙草の紫煙を吐き出す。間近にあるアイダの顔に煙を吹きかけ、睨みつけた。だが彼は微動だにしない。俺のすごみすら、アイダの前では無意味だった。
「本気だよ、俺」
「気でもふれたか?」
「嘘でこんなこと言わない」
「犯されかけて、泣いてたじゃねえか」
アイダが犯されかけていた時、あれは壮絶だった。
死に物狂いで抵抗した後がうかがえるほど、アイダの有様は痛々しかった。せっかくの白磁器のような肌には無数もの痣があり、みみず腫れのようなものが体中を這っていた。だがとりわけ目をひいたのはアイダの口元から、流れ出る毒々しい赤色であった。
舌を噛み切ったのかと心配したが、その血はアイダのものではなく相手の急所を噛み切った
ものによるものであった。
アイダを犯そうとしていた男は地面で悶絶し、目もあてられないような状態だった。
助けた、というよりは仲裁に入ったという方が正しいかもしれない。そのアイダが自ら誘ってくることが俺には信じられなかったのだ。
俺の躊躇を悟ったのか、アイダは俺の胸板に頭を寄せる。
すがるように捕まれた肩は痛い。
アイダは、言った。
「…特攻隊に、任命されたよ」
「……、え」
一瞬。
俺は目を瞠る。瞠るしかなかった。アイダは顔をうつむけたままだ。抑揚のない声音が語を続ける。
「さっき隊長に呼び出されたんだ」
「…嘘だ」
「だから、」
語尾を切るアイダの声音が、震えた。アイダの息を呑む気配がする。
沈黙はどこまでも続く。その長い沈黙の間、俺はただ馬鹿みたいに目を瞬せるだけだ。
嘘だ、と。思いたかった。言ってほしかった。
特攻隊というそれが、何を意味しているかを俺は知っているからだ。
だが俺の意に反して、アイダはどこまでも残酷な台詞を、その残酷な現実を、自らの唇から紡いだ。
「嘘でこんなこと、言わないよ」
震えるアイダの指が、その真実を物語っている。
「出発は…いつだ」
「明日…」
「…そんなに、はやいのか」
俺達は、戦争をしていた。
命すらいつ失なってもおかしくはない先の戦争。
いつこういう事態があってもおかしくないのに。
「聞いてくれよ、アリマ」
「……」
「怖いんだ、俺。怖いんだよ…。死ぬことじゃなくて、もう二度とお前に会えないとか、考えると」
「…アイダ」
両面に涙をためるアイダ。アイダの訴えは痛いほどに俺の胸を穿った。
アイダは、俺の親友だった。戦友だった。
そして唯一の、愛しい人だった。
犯されかけた彼を助けたのが、出会いであり、きっかけ。
俺はアイダが俺を愛してくれているように、彼を愛していた。
俺はアイダを、愛していたのだ。
「なあアリマ…。俺お前のこと大好きだったよ。実は助けてもらった時から」
「言うな…」
「だからさ。もうこれが最後だから。最後ぐらいは好きな奴に抱かれたいんだ」
「最後だなんて…言うな」
耳元にかかるアイダの吐息。アイダの腕が俺の首にまわされる。哀しそうなそれでいて艷然とした彼の微笑がすぐ間近。
彼の唇が、囁いた。
「…抱いてよ」
生きて共に帰ろうと誓った、のに。
俺はアイダを強引に押し倒す。床だということも構わず俺達は倒れこんだ。木造の床が無機質に、軋む。バサリ、と何枚もの手紙が宙に舞う。
俺は構うことなくアイダの上に跨った。
組強いたアイダが俺を見上げる。かちあう視線。澄みきったターコイズブルーの瞳。
今日が聖なる夜だということも忘れ、俺はアイダの唇に口づける。
唇から首筋、そして鎖骨へ。むさぼる俺にはアイダは「動物みたいだ」と言って屈託なく笑った。
だが、俺は知っている。
アイダの華奢な肩は震えていることを。
俺を映すアイダの美しい澄んだ瞳が、悲壮な決意に潤んでいることを。
「人生の中で一番最高のクリスマスプレゼントだよ…」
「………そうか」
「…アリマ」
「…どうした?」
「生きろよ。俺の分まで、生きてくれよ」
俺に生きろと訴えるその口で、アイダは歌う。聖なる夜を祝うクリスマスソングを。
変異種ならではの独特なキー。
けれどそれは戦慄するほどに美しかった。
この聖なる夜には相応しかった。
冷涼とした空気。アイダの歌声は澄みきった空気に静かな余韻を残す。アイダの熱と吐息と、哀しい歌声に酔いしれながら、俺は明日の未来ない彼の行く末を願った。
「…メリークリスマス」
どうか神様。
いるのなら、聞いていて。
俺の願いを。彼の願いを。
生きたいという。
俺達の願いはたった、一つだけなのだから。
* * *
聖なる夜は、どこまでも残酷だ。叶わない願いすらも叶えてくれそうな錯覚に陥ってしまうから。
俺達はこの聖なる夜が終わらないことを祈るしかできなかった。
俺の愛しい人。
彼はもうすぐ、いなくなる。