エピソード3
中島皆実は眠る戸上雄三を見下ろし
「貴方が唆した爆破事件で死んだ兄の……そう、兄の恐怖と無念を味わえばいいのよ」
と泣きそうに顔を歪め
「この暗号はね。私の兄が作った暗号なの。それを見ながら恐怖を味わって……死んでしまえばいい」
と告げた。
もっとも。
その暗号が解けてもコレを止めることは出来ないけど。
そう付け加え、中島皆実は戸上雄三の少し前に置いたカバンのスタートボタンを押した。
タイマー式の爆弾が入っている。
それが戸上雄三の命を奪う。
兄と同じように死ぬのだ。
中島皆実は唇を噛み締めて踵を返すと部屋を出て、一人ラブホテルから道路へ出ると立ち並ぶビルを横目に駅に向かって足を進めた。
空はすっかり闇の色に染まり、星がぽつんと一つだけ見える。
彼女は涙が落ちないように空を見上げると
「都会でも星が見えるんだ。でも長いこと見てなかったな」
と懐かしげに呟き、ビルとビルの間を抜けて駅前の賑やかな通りに出てそのまま駅舎へ入って改札を潜り抜けた。
駅のホームは見慣れた極々普通の様子で歓談する人々が列車を待っていた。
中島皆実もそっと列車を待ち、ホームに滑り込んだそれに乗り込むと自宅がある鶯谷駅まで乗り降りを繰り返す乗客をぼんやりと見ながら椅子に腰を下ろしていた。
戸上雄三を殺すことが怖くないかと言えば本当はそうではない。
恐ろしいことだ。
怖いことだ。
人の命を奪うなんて……身体が震えて泣きそうになる。
だけど。
だけど。
兄の無念を思えば彼のしたことは許せることではなかった。
まして、なんの罪にも問われていないのだ。
それ以上に彼が兄を殺したことを……いや、他に巻き込まれた人々のことなどこれっぽっちも痛みとして感じていなかったのだ。
彼にとってあれはアホな奴が口車に乗ってやったこと……そういう位置づけなのだ。
他にも犠牲になった人がいて多くの人が悲しんだのに。
父も兄が死んでからがっくりと気落ちして去年あっという間に死んでしまった。
今は母親と二人で暮らしている。
母親は事件のことは忘れてしまいたいようで兄の命日にはパートの仕事を入れて墓参りは父の命日のみだった。
だけど、母親を責めることはできない。
一生懸命働いて。
一生懸命気丈に。
自分を育ててくれているのだ。
だから、兄の仇は自分が果たさないといけないと思ったのだ。
中島皆実はふぅと息を吐きだし
「私がしなかったら……誰が……あの男を……兄の無念を晴らしてくれるの?」
と呟いた。
それに「え?」と声が返った。
彼女は「ん?」と視線を上にあげて目を見開いた。
前でつり革を見って立っていた青年が自分を見下ろしていたのである。
青年は驚きながら
「え? 俺、何かしました??」
と彼女に聞いた。
うっかり呟いてしまったのだ。
中島皆実は慌てて
「え、いえ」
と答え
「独り言です。すみません」
とにっこり笑って俯いた。
それに青年の隣に立っていた男性が苦笑しながら
「白羽根、勘違いだ」
と告げた。
青年は顔を向けると
「そうなんだ。何言ったか聞こえなかったけど行き成り何か言われたからびっくりした。けど米倉、笑いすぎ」
とムーと怒ったように告げた。
中島皆実はそれを聞きながら
「確かに、だよね」
と心で呟き
「ごめんなさい」
と小さく謝った。
自分がしていることの怖さとそれでも行為を肯定しようとする気持ちで緊張していたのだ。
それが解れて中島皆実はほっと息を吐きだした。
列車はいつもと変わりない光景を繰り広げながら彼女を乗せて上野を超えて彼女の家がある鶯谷駅へと到着した。
中島皆実は立っていた白羽根という青年と米倉と言う男性を目に立ち上がって会釈した。
白羽根と言う青年は彼女に会釈を返し
「さようなら、中島さん」
と言い、目を見開いて見た彼女から視線を外すと米倉と言う男性に顔を向けた。
男性も驚いた顔をしてみている。
中島皆実は足を止めて唇を開きかけたが、外で待っていた人が乗り込んできたので慌てて列車を降りた。
外は既に夜。
闇が深々と降っていた。
中島皆実は駅舎を出ると胸を押さえて
「ドキドキしてる」
と呟いた。
怖い。
でも、後悔はしたくない。
彼女は息を一度深く吸い込んで吐き出すと駅から5分ほど歩いた住宅街のマンションの一室へと帰っていった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。