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迷探偵  作者: 如月いさみ
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本編 宝石

 夏は笑むと

「あ、うん」

 きっとニュースを見てだと思う

「話してくるわ」

 と言い繕うと靴を履いて、男性の元に進んだ。


 男性は静かに笑むと

「じゃあ、そこの公園まで」

 と母親に会釈すると夏を誘うように歩き出した。


 ドックン。

 ドックン。

 ドックンと心音が一歩ごとに高鳴っていく。


 もちろん、全く知らない人だ。

 だが、どういう事情できたのかを自分は分かっている。


 加納夏はそう心で呟き、人気のない公園に着くと足を止めた。

「どちら様でしょうか?」


 彼女の問いかけに男性は胸元から警察手帳を出した。

『警視庁刑事部捜査一課第一係 参内満男』と書かれている。


 彼女は心の中で「やはり」と呟いた。


 バレない、と確信があった。

 でも、何処かで、バレる、とも思っていた。


 参内満男は硬化した彼女の表情を見て

「どうして来たかお分かりですね?」

 と告げた。


 夏はどこかで「やはりわかるものなんだなぁ」と納得していた。

 完全犯罪などある訳がない。

 ただ。

 ただ。

 そうしてあげたくなったのだ。


 彼女は小さく頷いた。

 参内満男は息を吐きだして

「話を聞いてもいいですか?」

 と告げた。


 彼女は冷静に

「親友の誘いであのロッジに行ったら彼女たちが死んでいたので腰を抜かして……逃げました」

 と告げた。


 参内満男は内心溜息を零した。

「口が堅そうだ」

 そう呟き

「それだけですか?」

 と聞いた。


 彼女は頷いて

「はい」

 と答えた。


 参内満男は少しして

「では単刀直入に聞きます」

 ご友人が残した手紙を見せてください

 と告げた。


 夏は目を見開くと息を止めて彼を見つめた。

 彼が何故。

 そう、彼が何故知っているのだろうか。


 そっとポケットの中の手紙の上に手を乗せた。


 参内満男は静かに笑むと

「福山美鈴さんは自分で腹部を刺して貴女に包丁の処理を頼む手紙を置いていた」

不自然にあったテーブル恐らくそこに置かれていたんじゃないかと

「貴女が来た痕跡を出来るだけ残さなくて済むようにしていたと思っています」

 と告げた。

「そして、貴女が包丁を川口亜美さんのところに置いたんですよね?」


 夏は彼をジッと見つめた。

 手紙の最期に書かれていた『知らぬふりをして欲しい』という一文の意味に迷っていたからである。


 言えば今は川口亜美の犯行となっているのが親友の犯行になってしまう。

 そういう意味で書かれているのかもしれないと思ったからである。


 参内満男は夏を見つめ彼女の返答を待った。


 彼女が犯人でないことは分かっている。

 3人の死亡時刻は彼女がロッジに着いた午後2時ではなく午前中だったからである。

 

彼女の足取りは既に調べている。

 いや、正確には彼女が福山美鈴に電話をした携帯の位置情報を調べたのだ。


 彼女は確かにロッジに行っている。

 雨がシトシトと降り積もる中で夏と参内満男は見つめ合っていた。


 米倉隆二から忠告は受けていた。

「殺していないが凶器を移動させたから自分が共犯だと思われたくないと思っていたら口が堅いぞ」

 もちろん彼女が親友のためにしたのなら猶更親友の罪が明らかになるのもあるからな


 参内満男は口を真一文字に噤んだままの加納夏を見つめ息を吐きだした。

 雨が……シトシトと降り積もる。


 彼は苦く笑むと

「貴女のように彼女のことを心から心配する親友がいたのに……こんなことをする前に俺は貴女に相談してくれていればと思います」

 貴女ならきっと違う形を共に見つけていたと思います

 と告げた。


 夏は目を見開くと泣きそうに瞳を潤ませた。

 唇を開きかけたが、唇を閉じた。


 親友を……世間の口さがない批判の的にしたくはなかった。


 どんな事情があろうと殺人は許されないことだ。

 それはよくわかっている。


 だが。

 だが。


 無理やりヤク漬けにして……そこまで追い詰めることを帳消しにさせたくはなかった。

 

 親友の美鈴は苦しんだのだ。

 どれほど苦しんだか。

 どれほど悩んだか。


 参内満男は暫く立ち尽くして

「仕方がない……言いたくない言葉だが……米倉警部の奥の手を借りるか」

 と心で呟き、唇を開いた。

「貴女が本当に福山美鈴さんの犯行を隠したかったのなら……林に捨てるべきだった」

 存在しない第三者のせいにできた

「でも貴女は川口亜美の手に握らせた」

 そのことで警察の一部の人間が福山美鈴に疑念を抱いた


 それに夏は目を見開くと始めて声を出した。

「どうして? 何故?」


 親友である福山美鈴が川口亜美と塩沼由子の2人に無理やり薬漬けにされて今回の犯行に及んだことを知り、親友だけが殺人犯と言う汚名を被るのが許せなかったのだ。


 だから。

 だから。

『林に捨てて』と書いていたが『川口亜美』のところに置いたのだ。


 彼女が犯人であるかのように見せかけるために。


 参内満男は息を吐きだすと

「川口亜美の指紋が内ノブから全く出ていない……いや、ロッジの中から全く出ていないんです」

 内ノブからは福山美鈴の指紋のみだったんです

「本来なら血の付いた指紋が内ノブから出ていなければならない」

 いやそれかノブの両側の指紋をすべて消し去るか

 と言い

「もっとも、あそこで自殺するなら指紋を消すような細工はしないと思います」

 どちらにしてもチグハグな状況になるんです

 と付け加えた。


「……そうだったんだ……ごめんね、美鈴……私のせいで全部バレちゃった」

 夏はそう呟くとポケットから血の付いた手紙を出した。


 参内満男は手紙を受け取り、視線を落とすと暫く沈黙を守った。

 加納夏は親友の『林に捨ててほしい』と言う願いを『親友を苦しめた人間の元に』したのだ。


 手紙に書かれた親友の苦悩の声を無視できなかったのだ。

 だから。

 親友を苦しめてそこまで追い詰めた人間の元に捨てたのだ。


 もちろん罪を誰かに擦り付けるなど許されることではない。

 だが。


 参内満男は手紙を畳むと夏へと差し出し

「ありがとうございます」

 と告げた。


 夏は俯いたまま受け取った。


 自分のしたことは罪になるのだろうか。

 なるのかもしれない。


 夏は静かにジッと立ち尽くした。

 

 雨がシトシトと降り注ぐ。

 深い静寂の後に雨に濡れた土を踏む音が薄暗い闇の中で響いた。


 断罪の言葉が降ると思っていた。

 だが。

 言葉はなかった。


 夏は顔を上げると立ち去っていく参内満男の背中を見つめて恐らく自分を見逃したのだと理解すると深く頭を下げた。


 親友の起こした事件が翌日以降のニュースを賑わすことはなかった。

 代わりに福山美鈴が勤めていた会社で多くの社員が薬物で逮捕されたニュースが流れていた。


 そのニュースを自室のテレビで見ながら白羽根圭一は

「だから、完全犯罪なんてないんだ」

 と窓辺に立ち外を見つめた。


 この前、南十字星の雫が見つかったことを村岡翔一に言いに行ったのだ。

 彼はそれを聞いても驚くことはなかった。

静かに笑みを浮かべたのだ。


 やはり茶番劇の後に本当に彼が盗み、それをあのロッジで桑田聖子を間に挟んで海外ブローカーと通じている塩沼由子へと渡したのだ。


 村岡翔一は白羽根圭一の話を聞くと

「白羽根の言う通りになったんだな」

 まさかブローカーのあの人がこんな事件に巻き込まれるとは思っていなかった

 とアハハと笑って

「完全犯罪を阻止する『偶然』が蜘蛛の糸なら……随分と不公平な糸だ」

 なあ、その糸がどれだけの完全犯罪を阻止するか試すのも悪くないよな

「付き合ってくれるだろ? 白羽根」

 俺は糸を切る方で

「お前は糸を落とす方な」

 と告げた。


 白羽根圭一は村岡翔一を見つめ

「犯罪は……村岡を不幸にする」

 やめた方がいい

「今なら引き返せるからこんなこと止めた方が良い」

 と告げた。


 村岡翔一は暗い笑みを浮かべると

「白羽根、それを父親に言ったことある?」

まあ、あの男が白羽根の言葉でやめることはしないとは思うけどね

 と呟き

「これは復讐だから……付き合ってくれるだろ?」

俺は白羽根が大好きだから俺の手を取ってくれるといいんだけどね

「白羽根はしなさそう」

じゃあ、明日また大学で

 と扉を閉めた。


 引き返す意志はないということだ。


 白羽根圭一は思い出しながらカーテンを閉めると息を吐きだした。

「俺は父の手も村岡の手も取らないよ」

 異父兄がいるから……絶対に


 外で降る夜の雨がまだ止む気配はなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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