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迷探偵  作者: 如月いさみ
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本編 宝石

行きたかったかのか? と言われると、迷いどころ。

けれど、友人の「どうしても!」のお願いだったから向かっているけれど……少し後悔している。


加納夏は小さく息を吐きだしながら赤い愛車のタントを走らせた。


小学校から高校卒業までずっと同じクラスにいて家も近かった親友の福山美鈴。

彼女に突然『今週の土曜日に一泊二日で会社の先輩とグランピングするんだけど来て欲しいの』と誘われた。


大学は別々だったがそれでもよく遊んで二人で旅行などにも行っていた。

だから、普通は二つ返事で『行くわ』と言えるのだが、大学を卒業して会社に入った途端に彼女と疎遠になった。


いや、声をかけても彼女は全く来なくなったのだ。

それから2年。

全く音信不通の2年があったので夏としては今回の誘いに迷っていたのである。


しかも二人だけでなくその会社の先輩もいるというのだ。

車を走らせながらも少々気が重かった。


先まで6月の梅雨時期には珍しい青空が広がっていたが、雨雲が広がり始めた。

夏は国道のコンビニによっておやつを少し購入するとロッジに向かう山道へとハンドルを切った。

風も吹き始め、木々もザワザワと騒ぎ出している。


夏は小さく息を吐きだして

「はぁ~あ、私が2年前にさんざん誘った時は断ったくせに」

 どうしても! ってなんだかなぁ

 と思わずぼやいた。


 だが、今日来たのは前までは『わかった、ごめんね』と言って無理強いをしてこなかった彼女が『本当に来て欲しいの、夏だから来て欲しいの』といつになく強情に言ってきたからである。


 夏は唇を尖らせつつ

「今度は私が無理強いするからね」

 と言い、蛇行する舗装されていない道を進みながらぼやき、雲で陰って影絵のように鬱蒼と行く手を遮るような木々のトンネルの向こうに見えるロッジを目に

「あれね」

 と呟いた。


 周囲の木は伐採されロッジの前にはレンガ造りのバーベキューコンロもある。

 夏は時計を見ると

「確か、2時頃だったよね。バッチリバッチリ」

 と言い、車をロッジの前にある駐車場に停めると周囲を見回した。


 駐車場に車はなく声もない。


 ……。

……。

「まさか、来ていない? とかじゃないよね」と思わずつぶやいた。

 2年のブランクはあるが、親友の福山美鈴がそれほどルーズな性格でないことを夏は良く分かっていた。


 だが、人の気配はない。

 しかも、駐車場に車もない。


 夏はふぅと息を吐きだして少しロッジの戸の前で行き交い、携帯を出して福山美鈴の携帯に電話を入れた。

 瞬間に、中から着信音が響いたのである。


 気配がないだけで来ているようである。


 夏は疑ってしまったことで照れ隠しの笑みを浮かべロッジの戸を開いて

「初めましてー」

 と声をかけて、つまずきそうな場所にあるテーブルに目を向けた。


 そこに、手紙が置かれていた。

 上には鮮血に濡れた包丁が放置され、視線を恐る恐る部屋に向けるとエントランスの真ん中に血だまりの中に倒れる2つの死体があった。


 一つは全く知らない福与かな身体をした派手な女性であった。

 そして、もう一つは福山美鈴であった。


 夏は思わず後ろに体制を崩すとトスンと尻もちを付き、暫く呆然と座り込んだ。


 背中がぞわぞわと痺れ、雨の到来なのかひんやりとした風が彼女の背中からスーと室内へと流れ込んだ。


 夏は呼吸を何度か繰り返し突然聞こえてきた木々のざわめきに慌てて立ち上がって周囲を見回し、テーブルの上の手紙に視線を止めた。

 包丁の血に濡れた手紙の字は倒れている親友の文字であった。


『ごめんね、夏』


 その一行が目に飛び込んできた。

 彼女は呼吸を整えながらそっと手紙を伸ばしかけて手前で止めて見つめた。


 足は震え、どうしていいのか分からなかった。

 救急車と警察の番号すら思い出せないほどであった。


『ごめんね、夏』

『最期に頼れるのは夏だけだから、今回無理に誘いました。全部全部私がしたことなの』

『裏に回した車で私は会社で知り合った塩沼由子と川口亜美を殺しました』

『会社に入ってすぐの頃に2人がグランピングに誘ってくれて直ぐに夏を誘おうと思っていましたが、2人は輸入会社のルートを利用して麻薬を手に入れてそれ売るために会社の女の子を誘いヤク漬けにして裏でお金を稼いでいたのです』

『薬に手を出したことを脅しのネタに友達や知り合いを紹介するように迫って更に買い手を増やしていたのです』

『私も最初の夜に無理やり吸わされてしまってそれをバラされることが怖くて会社の同期の子を誘ってしまいましたがその子が先日自殺してしまったのです』

『全部全部私のせい』

『でも2人を許せなくて今日決行しました』

『ごめんね、ごめんね、夏』

『2年間連絡取れなかった夏を巻き込みたくなかった』

『でも最期のわがままを言えるのは夏だけだからこの包丁を林の中に捨ててください』

『そして何も知らないふりをしてください』

『ごめんね、夏』

『私の大切な大切な親友へ』


 2年間。

 2年間音信不通だったのは……こういう理由だったのだ。


 夏は込み上がる胸の痛みに嗚咽が零れた。

「美鈴ぅ、何で言ってくれなかったの」

 バカバカバカ

「言ってくれたら……何か力になれたかも知れなかったのに」


 2年間素っ気なく扱われて一人で不貞腐れていた。

 でも、その向こうで親友は自分を守ろうとしてくれたのだ。


 そのためにこんなことをしてしまったのだ。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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