本編その1 毒
愛人の女を利用することにした。
いや、彼女以外にいないのが現実であった。
だが、彼女を利用することはできるのだ。
多田上重造は小さくほくそ笑んだ。
携帯を手にその女・佐伯葵に電話を入れた。
佐伯葵は一回で応答に出ると
「何?」
と短い言葉を返した。
愛人と言ってももう二人とも冷めている状態であった。
多田上重造は「この女とももう頃合いだな」と思いながら
「手伝ってほしいことがあるんだが」
と告げた。
「もちろん、報酬は払う」
佐伯葵は長い間の後に
「何をするの?」
と返した。
多田上重造は断れるかと思ったが聞く耳を持っている返事に安堵の息を吐きだすと
「今回限りだ」
と言い
「やってもらうことも簡単だ」
と告げた。
佐伯葵は少し間をおいて
「……そう、分かったわ」
と返した。
多田上重造は笑みを浮かべて
「やってもらうことは今から俺の言葉を録音して寿司でもピザでもいいから18時に配達させた時にそれを流して俺がいるように装ってくれればいい。その代わりそれが終わったら録音は消してくれ」
と言い
「良いな」
と念を押すように告げた。
アリバイを作ってくれればいいのだ。
手を貸したとなればそうそう裏切ることはないだろう。
まして、第三者の証言者も作るのだ。
大丈夫。
上手くいく。
多田上重造は彼女に録音させて電話を切ると息を吸い込んで吐き出した。
「あの男もいい案をくれたもんだ」
そして、多田上重造は自分だとばれないように鬘をして帽子を被り、いつも違うこの日のために買った上着を羽織って誰も通っていないことを確認して小瓶をポケットに入れると家を出た。
18時に浜下修という男と東京つつじが丘ホテルで会うことになっている。
都心から少し離れた人気の少ない場所のホテルである。
妻を寝取り、自分と離婚させて妻の両親からの財産を手に入れようとしている男だ。
妻は出掛けている。
友達と遊びに行っているのだ。
帰宅は19時だといっていた。
全て終わった後だ。
多田上重造は目を細めると
「妻の財産を横取りされてたまるか。あれは俺のモノだ。アリバイは作っているんだ。問題ない」
と笑みを浮かべ足を進めた。
空では太陽が緩やかに渡り、白い雲が流れていた。
翌日、一人の男が東京つつじが丘ホテルで死んでいるのが見つかった。
参内満男は先に入って遺留物の採取をしている鑑識を横目に倒れている男を見た。
頭を戸口に向けて仰向けで倒れていた。
そこに青年と男性が姿を見せた。
白羽根圭一と米倉隆二である。
米倉隆二は参内満男を見ると
「早かったな」
と告げた。
参内満男は困ったように
「米倉警部……またその迷探偵とつるんでいるんですか?」
とため息を零した。
「邪魔になるので入れないでくださいよ」
それに白羽根圭一はアハハと笑うと
「いやだなぁ、参内刑事。名探偵なんて」
と照れたように告げた。
参内満男はそれに
「褒めてない」
とビシッと告げた。
米倉隆二は手袋をしながら男の服や髪を触った。
白羽根圭一は横から見ながら
「髪の薄さを気にするほど薄くないのにな。それに衣服が乱れてるね」
と呟いた。
参内満男はそれを見て
「まあ、確かに、な」
と腕を組んだ。
そして、男の服のポケットから財布を出すと免許証を手に
「多田上重造か……54歳。住所は赤坂か」
と言い、見て回っていた他の刑事に渡して
「ガイシャを調べていくしかないな」
と告げた。
白羽根圭一はもう興味をなくしたように周囲を見回しテレビやエアコンのリモコンを手に触っていた。
参内満男はそれに顔を向けると
「こら! 勝手に触るな!!」
と怒った。
白羽根圭一は慌てて手にしていたテーブルの花瓶を置くと枯れた花の一片が落ちて
「俺、共犯の一人が分かった」
と告げた。
参内満男はうんざりとした様子で
「あー、もういい。捜査を引っ掻き回さないでくれ! それに現場を荒らすな!」
と花弁を指して告げた。
白羽根圭一はそれに
「この人、本人だよ」
と告げた。
……。
……。
参内満男は立ち上がると白羽根圭一の腕を掴むと
「はい、はい、はい、自殺ってことだな」
と言うと米倉隆二の方に押して
「米倉警部……ちょっと邪魔なので他へ連れて行ってください」
と告げた。
米倉隆二は立ち上がると白羽根圭一を受け取り
「……わかった」
と答えると
「ここは任せていこうか」
と白羽根圭一を連れて現場のホテルを出るとポツリポツリと駐車場に向かって
「お前は……お前の父親にそっくりだな」
と告げた。
白羽根圭一はそれに
「この事件……お父さんが考えたと思うよ」
と告げた。
米倉隆二は足を止めると白羽根圭一を見た。
彼は足を進めながら
「わかるんだ。だって異父兄さんが迎えに来るまであの人に育てられていたんだよ?」
と表情を消し
「あの人ね。敵も味方もないんだ。ターゲットを絞るとね」
と告げた。
「多田上重造を調べに行こう。先入観は捨てるんだよ」
米倉隆二は車に乗ると助手席に白羽根圭一を乗せてアクセルを踏むとハンドルを切った。
多田上重造の家は赤坂の住宅街にあり大きな家であった。
そして妻の美佐江がいた。
米倉隆二は警察手帳を見せると
「実は先ほどご主人のご遺体が見つかりました」
と告げた。
美佐江は驚いて
「まさか!」
と声を零すと視線を下げて
「そんな……まさか……」
と両手で顔を覆った。
米倉隆二は手帳を内ポケットに直すと
「それで大変失礼ですが昨日の行動を教えていただけますでしょうか?」
と告げた。
美佐江は「え?」と顔を上げて涙を拭いながら
「昨日……なんですね」
と言い
「昨日は昼から友人と出掛けて……19時に渋谷のグランドホテルで泊まりましたの」
と告げた。
米倉隆二はメモを取りながら
「お一人で?」
と聞いた。
美佐江は戸惑いながら「それは」と呟いて、両手を組み合わせながら
「その、不倫相手の……浜下修と言う男性と一緒に……レストランで食事をして……その後にバーで一晩ずっと……」
と呟いた。
「ひどい女だと思われますでしょう? でも主人とは家同士の関係でしたし主人も女を作っておりましたから」
米倉隆二は目を細めて
「その女性の名前ともし知っているなら住所をお聞きしても? あと浜下修と言う男性についても」
と聞いた。
美佐江は顔をしかめながら
「佐伯、葵という女ですわ」
と告げ、浜下修を含めた二人の住所を告げた。
そして
「きっとあの女が殺したんですわ」
と告げた。
それに隣で聞いていた白羽根圭一はう~むと考えながら
「おばさんって平気で浮気していたことを言うんだね。普通はもっとギリギリまで隠さない?」
と告げた。
美佐江は目を見開くと
「そ、それは……警察に協力しただけよ。失礼だわ!」
と言うと
「私は昨日ずっと友達や19時からは浜下さんと一緒でしたわ。ええ、本当に。警察なんて本当に……」
と睨みつけた。
米倉隆二は心で溜息を零して白羽根圭一の腕を掴むと美佐江の方を見て
「そうでしたか、申し訳ございません。ではまた聞きに来るかもしれませんが」
と背を向けて門の前から立ち去りかけた。
そこへ車が止まると参内満男が姿を見せた。
「米倉警部……聞き込みに?」
それに白羽根圭一はにっこり笑うと
「奥さんは犯人に気付いたんだんだと思うよ。犯人は浜下さんだ。会ったことないけどね。間違いない!」
と告げた。
……。
……。
参内満男は息を吐きだすと
「先は被害者を犯人だというし今度は被害者の妻の不倫相手を犯人だというし……思いつきも甚だしいだろ! ちょっとは考えてから言葉にしろ!」
とビシッと告げた。
白羽根圭一は慌てて
「いや、被害者は共犯」
と言いかけたが、参内満男は無視して米倉隆二を見ると
「あー、米倉警部! 内容を聞いても?」
と告げた。
米倉隆二は肩を竦めながら頷くと
「ああ、情報交換と行こうか」
と告げた。
参内満男は車に乗り込み二人も後部座席に乗り込んだ。
車は少し走って路肩に停まった。
参内満男は手帳を見ながら
「多田上重造の死亡推定時間は午後8時から午後10時くらいのようです」
と言い
「男が午後6時少し前くらいに部屋にチェックインをしています。防犯カメラの映像では多田上重造ではないようです。ただ10分ほどで部屋を出てホテルを去っています」
と告げた。
白羽根圭一は指を立てると
「ああ! きっと、その人が浜下修で犯人!」
と告げた。
米倉隆二は苦笑すると
「誰も彼も犯人だな」
と呟いた。
参内満男は息を吐きだすと
「死亡推定時刻とずれてるだろ! その当てずっぽうはもういい! 黙れ!」
と白羽根圭一の口を手でふさいだ。
白羽根圭一は口を尖らせると
「むー」
とブーイングを示して口を閉ざした。
米倉隆二は手帳を開き先ほどの話を伝えた。
「まあ、浮気相手の佐伯葵と浜下修は調べないとな。あと昨日のガイシャの足取りだな」
三内満男は頷き
「では俺は佐伯葵の方とガイシャの足取りを」
と告げた。
米倉隆二は頷いて
「じゃあ、俺は浜下修の方を調べることにする」
と言い、佐伯葵の住所を紙に書いて渡した。
米倉隆二は車から降りると白羽根圭一と共に駐車場に止めている車へと戻った。
白羽根圭一は助手席に座ると
「多田上重造の死亡時間は午後6時」
と告げた。
「そしてその時間に姿を見せた男……たぶん浜下修が殺したんだ。恐らく奥さんと19時から一緒にいたのはアリバイ作り、だから奥さんには分かったんだ」
米倉隆二はエンジンをかけて
「だが死亡推定時刻は午後8時から10時だぞ」
と告げた。
白羽根圭一はそれに
「きっとエアコンを暖房にして遺体を温めて死亡推定時刻を狂わせたんだ」
と告げた。
米倉隆二はアクセルを踏んで運転しながら
「なるほど、それは調べる必要があるな」
と言い、白羽根圭一を見た。
白羽根圭一は彼の携帯で参内満男へと電話を入れた。
応答は直ぐにあった。
「米倉警部、何かありましたか?」
米倉隆二はそれに
「あー、ホテルの部屋のエアコンが暖房になっていた時の死亡推定時刻のずれを調べておいてくれ」
と告げた。
参内満男は運転しながら
「え? わかりました、佐伯葵のマンションについたら鑑識に指示を出しておきます」
と答え
「でもエアコンのリモコンは送風になってましたよ?」
と返した。
米倉隆二は標識を見てウィンカーを出しながら
「そうか、だがとりあえず頼む」
と答えると白羽根圭一に向いて
「リモコンは送風になっていたそうだ」
と告げた。
白羽根圭一は携帯を切ると携帯を置いて息を吐きだし
「何か、きっとトリックがあるんだ」
と小さく呟いた。
浜下修の住んでいるマンションは独身用のワンルームマンションであった。
米倉隆二は白羽根圭一と共に彼の部屋の前に行きインターフォンを押した。
応答は早かった。
「どちら様でしょうか?」
米倉隆二は手帳を見せると
「多田上重造さんのことでお聞きしたいことがあります」
と告げた。
扉が開き少し背の高い男性が姿を見せた。
「……あの、何か?」
米倉隆二は手帳を開くと
「実は多田上重造氏の遺体が今朝東京つつじが丘ホテルで発見され奥さんにお話をお聞きしたところ昨日の19時から貴方と一緒にいたという話で確認を……」
と告げた。
「それと同時に昨日の行動を教えていただけますでしょうか? 関係者の方には全員聞いておりますので」
浜下修は腕を組むと考えながら
「え、ええ……17時まで仕事をして……その……18時に東京つつじが丘ホテルに行きました。でも俺はやっていません。18時に行ったんですけど10分ほど待って直ぐにホテルを出てその後は美佐江さんといました」
と告げた。
白羽根圭一はじっと見つめ
「貴方が殺したんですよね? 遅れて入ってきた多田上重造さんを入ってくるなり問答無用で」
と告げた。
浜下修は目を見開くと
「な! 俺はやってません。彼は来なかったので俺は直ぐにホテルを出てその後は美佐江さんと一緒でした」
と答えた。
「ホテルのレストランとバーの従業員に確認してください」
米倉隆二は彼を見ると
「そうとう自信があるんだな」
と心で呟いた。
「わかりました、確認を取るようにいたします。また何か聞きに来るかもしれませんがよろしくお願いします」
そう言って白羽根圭一を連れて立ち去った。
同じころ、参内満男は佐伯葵から
「ええ、多田上は4時ごろに急にやってきて7時までここにいたわ」
と告げられていたのである。
彼女は腕を組みながら
「疑うならそこのアンバサビザに確認を取ったら? 6時に配達してもらったから」
と告げた。
「もうね、うるさかったのよ。そうそう、それで7時くらいまでピザを食べて……帰っていったわ」
そう笑って
「私は8時くらいまで家にいたんだけど、まあちょっと食べて直ぐに帰った多田上に腹が立ってたからそこのさくらって飲み屋で飲んでたわよ? 聞いてもらってもいいわ。11時くらいまでいたかしら」
と付け加えた。
参内満男はメモを取り
「わかりました。また何かお聞きするかもしれませんが」
と言うと立ち去った。
アンバサピザとさくらと言う飲み屋に行くとアリバイを確認した。
アンバサピザの方は配達員が
「ああ、あのおっさんな! 煩かったなぁ。ちゃんと指定された6時に持って行ったのに早くしろって」
と告げた。
さくらの方も女将が
「ええ、来られてましたよ。11時ごろに日を超えるとねーとか言って帰って行かれたので覚えてます」
と告げた。
参内満男はそれぞれの話を聞き終えると腕を組んだ。
「午後6時まで愛人の佐伯葵のところにいて19時ごろに出かけたとすれば……やはり死亡推定時刻はおかしくないということになるな」
そう呟き車に乗り込むと携帯を手に米倉隆二に電話を入れた。
「佐伯葵のところに7時まで多田上はいたみたいです。アンバサピザの配達員に確認したらいたという話です。6時に配達指定があって持っていったら文句を言われたそうです」
米倉隆二はそれを聞き
「わかった」
と短く答え
「こちらも浜下修に話を聞いた。6時から10分間問題の東京つつじが丘ホテルにいたが多田上は来なかったといっている」
と告げた。
「その後のアリバイは多田上美佐江と同じだ。二人のホテルの方のアリバイは頼む」
参内満男は頷くと
「わかりました。ただそうなると……他の方面での事情も考えて多田上重造の周辺の人間も調べないといけませんね」
と告げた。
米倉隆二はちらりと白羽根圭一を一瞥したが
「そうしてくれ」
と答えた。
「だが先に頼んだエアコンを利用した時の死亡推定時間の割り出しはしておいてくれ」
参内満男は頷いた。
「わかりました」
米倉隆二は駐車場に止めたままの車の中で息を吐きだすと
「多田上重造は佐伯葵のところに7時までいたそうだ。彼女だけでなく6時にピザ屋が確認をしているそうだ」
と告げた。
「完璧だな」
白羽根圭一は暫く目を閉じると沈黙を守り、不意に目を開けると
「アンバサピザへ行ってくれる? 詳しく聞きたい」
と告げた。
「6時に指定って出来すぎだろ?」
米倉隆二はじっと白羽根圭一を見つめ
「考えを変えるつもりはなさそうだな」
と告げた。
白羽根圭一は笑むと
「あらゆる状況が出来すぎだろ?」
と言い
「アリバイを崩す。多田上重造が佐伯葵のところに7時までいたこと、そして死亡推定時間ずらし」
と呟いた。
「人間の描いた犯罪設計図に完璧はない」
米倉隆二は苦笑すると
「だがな、多田上重造が佐伯葵のところに万が一いなかったとしても被害者の多田上重造が犯人のためにアリバイを作ったことになるぞ? 普通はするか?」
と告げた。
白羽根圭一は不敵に笑むと
「アリバイの下地を作ったのは多田上重造かもしれないけど、利用して本当にアリバイを作っているのは佐伯葵だよ。彼女にはアリバイを作る理由があったんじゃないのか」
と答え
「これは父さんが作った計画なんだ。敵も味方もないんだ。被害者を嵌めることだってするよ」
と告げた。
米倉隆二は目を見開くと口の端を上げて
「なるほど、わかった」
というとアクセルを踏むとハンドルを切った。
太陽は南天を超えて西へと傾き始めていた。
参内満男の元に米倉隆二が姿を見せたのは赤い空がやみ色に変わり始めた夜の手前であった。
参内満男は腕を組みながら佐伯葵の住むマンションの前に立っていた。
そこへ駐車場に車を止めた米倉隆二が姿を見せたのである。
「待たせたな。どうだった? 彼女の動きは」
参内満男は首を振ると
「ないですね」
と言い
「一応、彼女の銀行での金の動きも調べさせてます。他の周辺の人間についても……多田上美佐江と浜下修の19時からのアリバイは確認しましたから良いですけど」
何故、突然ここに?? と告げた。
米倉隆二は彼の横に立つと一枚の紙を見せた。
「東京つつじが丘ホテルの客室別消費電力量だ。今日まで一週間の日別だ」
参内満男はそれを受け取ると目を見開いた。
「こ、これは……昨日だけがずば抜けて高い。しかも今日の明け方に更に上がって急に落ちてる。これって」
米倉隆二は頷いて
「恐らく、浜下修は多田上重造を殺して暖房を入れて部屋を出た。但し、この急に電力が上がった時間に送風が入るようにセットしてだ。その後に30分から1時間後に切りタイマーを入れたんだろう。花瓶の花も枯れていたから最初は暖房だ」
と言い
「暖房が5時間入っていたとしての推定時刻のずれは?」
と聞いた。
参内満男は驚愕しつつ息を吐きだして
「2時間から3時間だといってました。6時が入ってきますね」
と告げた。
米倉隆二は笑むと
「あとアンバサピザの店員に確認すると姿は見ていないそうだ。声だけで怒鳴られたといっていた。それに彼女が応答していたから居ると思っていたそうだ」
と告げた。
参内満男は目を見開くと
「なるほど、よくある証言だ」
と「かー」と頭を抑えながらぼやいた。
「だが、だとしても被害者の多田上重造が自ら彼らのアリバイ作りに手を貸すというのは」
米倉隆二は視線を伏せ
「覚えているだろ? 多田上重造は変装していた。鬘をしてな」
と参内満男を一瞥して苦く笑い
「だから多田上重造が妻の浮気相手の浜下修を殺すつもりだったと考えればどうだ?」
と告げた。
「そして愛人だった彼女にアリバイを頼んだ。ただ妻の美佐江も彼女を知っていたし浜下修が共有していたとしても不思議じゃない。多田上重造が彼女を愛人として利用する前にどちらかが金で彼女を買収していたとしたら?」
……彼女はどちらに転んでも得をする……
「そして脅すための材料はきっと残しているだろう。彼女の金の成る木だ。今回は多田上重造が殺されたから妻の美佐江か浜下修に協力することにしたんだろう」
参内満男は「米倉警部、貴方はその金の成る木を引きずり出すと言っているんですね」と告げた。
米倉隆二は佐伯葵が部屋を出るのに合わせて足を踏み出すと
「そういうことだ」
と告げた。
2人は佐伯葵の前に行くと手帳を見せた。
彼女は驚いて視線を彷徨わせた。
参内満男は彼女に
「アンバサピザの配達員に確認を取りましたら声は聞いたが姿は見ていないという話でした」
と告げた。
彼女はハッとすると慌てて
「ちょっと、私……急いでいるので」
と足を踏み出しかけた。
それに参内満男は笑むと
「わかりました、お付き合いさせていただきますよ」
と告げた。
「そして用事が終わったら話の続きをお聞きください」
佐伯葵はぎょっとして顔をしかめると足を止めた。
参内満男は冷静に
「いま正直に貴女が協力した内容を話していただければ……貴女の罪は軽くなると思いますが万が一にも相手から金銭を受け取ろうしたりしたら共謀罪に脅迫罪……になる可能性はありますよ」
と告げた。
「二人が捕まるのも時間の問題ですから」
佐伯葵は参内満男と米倉隆二を交互に見た。
彼女は諦めたようにため息を零すと
「……わかったわ」
と言うと携帯を出した。
「私が頼まれたのは多田上重造がアリバイを頼んで来たら手伝うようにってことよ。本当に多田上がアリバイ作りを手伝ってほしいといってたから手伝っただけよ? 彼が殺されて意味が分かったのよ。自分の男を使って愛人の私すら味方につけようとする強かなあの女の方がよほど私より怖いわ」
……ここにその時の音声が入っているわ……
参内満男は手袋をして彼女の携帯を手にして
「これはお借りします」
と告げた。
佐伯葵は二人を見ると
「多田上が死んだのに彼がアリバイ作りをするってことに疑問は持たなかったの?」
と聞いた。
米倉隆二は笑むと
「アリバイが多田上重造の死んだ時間と言うベストマッチなことに疑問を持った。それに多田上重造は変装をしていた。考えられることは多田上重造も誰かを襲うつもりだったということ」
と説明し
「それにアリバイを維持し続けているのは貴女だ」
と告げた。
彼女はあっけにとられたものの苦く笑って
「多田上は警察は思い込み捜査が激しいからバレないって言っていたけど……あの人の計画が上手くいっていたとしてもきっとバレてたわね」
と肩を竦めた。
「もっとも私たち冷めていたから彼が財産を手に入れても私にはおこぼれはなかっただろうけどね」
その後、佐伯葵が提出したスマホから多田上重造の音声ファイルと彼女と取引をする浜下修の声が見つかり、死亡推定時刻のトリックが崩れると同時に浜下修を緊急逮捕した。
ホテルの部屋の使用電力と花瓶に飾られた枯れた花により暖房を入れ、その後送風に切り替えただろうことを書類と写真で告げると浜下修は観念したように全てを自供した。
彼は多田上重造が妻の美佐江を殺して財産を乗っ取ろうとしていると感じて殺したと告げた。
「清掃業者の男性にそう言うトリックの事件があったと聞いて、思いついてしまったんです。これで彼女を救えると」
ただ、と小瓶を置いて
「これを奴は持っていました。奴もこれで俺を殺そうとしていたんだと思います。きっと彼女もそうだと……彼女を守れただけでも俺は……」
と言い、全て自分が勝手にしたことだと告げた。
恐らく浜下修は本気で彼女を守ろうと思っていたのだろう。
そして気付いた多田上美佐江は彼を守ろうとあっさり不倫をしていたことを告げたのだろう。
最後に浜下修は俯きながら苦く笑むと
「それに、あの男の傲慢は……俺の弟を思い出させたんです。あの時、俺は怖くて逃げだしてしまいました。でも今回は逃げてはならないと……自分の保身のためにあの人を見捨ててはならないと思ったんです」
と付け加えた。
彼の弟は両親の財産を手に入れるために兄である彼を暴力で追い出したということであった。
小瓶からは多田上重造の指紋と『テトロドトキシン』という毒が検出されたのである。
多田上重造の凶器をそのままにしてるとトリックがバレると思い持ち去ったということであった。
多田上美佐江にその話をすると
「私はあの男と結婚してから何一つ良いことはありませんでした。同居していた両親は事故に見せかけられて殺され……弟も自殺に見せかけられて……重造は私の両親の財産が欲しかったんです。その為に……私の家族を……そして、きっと私も殺すつもりだったと思います」
と告げ、暫く俯いて
「修さんは確かに罪を犯しました。けれど弟の死を自殺で終わらせて調べてくださらなかった貴方がた警察より修さんの方が私には救いの人でした。だって彼は最後まで私たちを守ってくれましたもの」
と顔を上げると微笑んでお腹をそっと撫でた。
「今度は私が待つ番ですわ。あの人をこの子と共に」
浜下修が言っていた清掃業者の男は会社を辞めて行方不明となっていた。
名前も偽名で住所の場所からも引っ越していたのである。
参内満男は事件が本当に一段落すると一人屋上で煙草を吸いながら
「やりきれない」
とぼやき、目を閉じた。
「きっと……もっと良い方法があったはずだ。あったと信じたい」
それに姿を見せた米倉隆二はコーヒー缶を渡しながら
「確かに犯罪ほど割に合わないものはないな。だが彼らが動かなければ多田上重造が彼らを殺していたかもしれない」
と告げた。
参内満男はコーヒーを受け取りながら
「本当に多田上重造が実行していたか……俺にはわかりません」
と息を吐き出し
「救いは多田上美佐江と浜下修が愛し合っていたことでしょうかね」
と呟いた。
「だからこそ、俺は他の方法を……と思うんです」
白羽根圭一はその話を米倉隆二から聞くと冷静に
「参内さんは甘いよ」
とすっぱり告げた
米倉隆二は顔を顰めつつ
「白羽根……それは参内の前ではいうなよ」
とぼやいた。
白羽根圭一は車がマンション前で止まると
「俺は多田上重造が財産を狙って彼女を殺す可能性はかなり高かったと思ってる。まして彼女が浜下修の子供を妊娠していると知ったら二人とも殺していただろうね」
と告げた。
「彼は被害者になったけどアリバイを作って『浮気相手を殺すために』あの現場をセッティングしたんだよ? それに提出された小瓶の毒は既に一度使われている。彼女の弟が死んだ時に使った毒と小瓶の毒はきっと同じだと思う。あの場合、普通は青酸カリだよ……そう言う意味では浜下修は彼女の家族の仇をとったともいえるかもしれないね」
だが、結局のところ誰も幸せにはならなかったのだ。
多田上重造は遺産を手に入れるどころか自分がやってきた報復を受けて死に、佐伯葵も殺人未遂ほう助は免れないだろう。
愛し合う二人もまた長い時間を離れて生きることになるのだ。
浜下修が自分の子供を抱きしめることができるのは恐らく何年も経った後になるだろう。
白羽根圭一はそう思うと
「犯罪はきっと理由があってもなくてもそういうモノなんだ。だけど、俺のせいでもある。あの違和感を覚えた時にごり押しでもはっきり言っておいた方が良かったんだ。そうすれば今回の二人の犯罪を防げたかも知れなかったのに」
と小さく呟いて、車から降りた。
「犯罪を見逃すのは……罪を犯すのと同じくらい重いモノなんだ」
米倉隆二は慌てて「白羽根、それはどういう意味……」と言いながら降り立ち、マンションの前で立っていた中年男性を目にすると見開いて強く睨んだ。
白羽根圭司……白羽根圭一の父親である。
白羽圭司は白羽根圭一に歩み寄ると
「圭一、今回は簡単だったようだな」
と言い
「暫く東京から離れる。また会おう」
と足を踏み出し、米倉隆二を見ると
「君は米倉によく似ているな。あいつは人は善なるものだと言っていたが……どうだ? どんなに『良い人』でもああやって簡単に罪を犯す。人の基本は悪だ」
と告げた。
米倉隆二は強く見つめ
「俺は違うと信じてる。二人は追い詰められていた。方法は間違っていたが……愛する人を守るために過ちを犯した。だからこそ必ず立ち直ってもう罪を犯したりはしないと俺は思っている」
と告げた。
白羽根圭司は背を向けたまま
「圭一、何時でも戻りたくなったら戻ってきなさい」
と笑むと手を振って立ち去った。
米倉隆二は強く白羽根圭一の手を握りしめた。
「俺はお前をあの男の足跡を踏ませない」
白羽根圭一は笑むと
「踏まないよ、異父兄さんがいるからね」
と告げ
「それに誰かを罪の深みに落として人が悪だと証明しても……誰も幸せにならないことを知ってしまったから」
と心で呟いた。
一か月後、多田上から旧姓に戻した唐栗美佐江は浜下修の元に訪れ、それから度々彼女の姿が彼の服している刑務所で見受けられるようになったのである。