エピソード6
晃たちを乗せたタクシーは鬼怒川温泉駅のターミナルを出て両側にホテルなどが立ち並ぶ温泉街を暫く走り線路と沿うように流れている川を越えて山手の方へと向かった。
駅周辺は大きな建物が立ち並びその間の通りを観光客が行き交って騒がしい雰囲気が広がっているが、山に入ると風景は一変する。
緑が深い山道へと様相を変えるのだ。
時間で言えばまだ正午前。
昼間だ。
だが雲が広がり僅かに陽光が地上に届いている程度で緑の木々の間からも殆ど青い空は拝めなくなっていた。
それでも木漏れ日の光の絵が山道のアスファルトのあちらこちらにぽつりぽつりと描かれていた。
暫く走り、タクシーは一軒のロッジへと続く木の橋の手前で停まった。
周囲は緑に囲まれロッジの周辺だけ拓けており、バーベキューなどができるようにレンガ造りの火起こし台などもあった。
全員が降り立ち、タクシーが立ち去る頃になるとパタパタと雨が降り始め、慌ててロッジへと走った。
そして、桐生順一が持っていたカギで中に入ると一階がLDKになっており、中央のテーブルに封書が置かれていた。
最初に入った桐生順一はチラリと全員を顧みた。
封書をどうするか? と言外に聞いているのである。
村岡翔一が見返してきた桐生順一に
「お前が開けろよ。面倒くさいから」
と告げた。
戸田恵美子も桑田聖子も頷いた。
晃もそれについては誰でも良いと思っていたので沈黙を守った。
そして、注意深く斜め手前で並んで立っている白羽根圭一を見て、直ぐに隣の柳原葵に視線を向けた。
柳原葵もまた沈黙を守って見つめていた。
テーブルに置かれている封書。
別段、それが何かするわけではない。
だが、晃と白羽根圭一の2人以外が呼び出された経緯を考えると心音が高くなる。
もしかして不吉なことが書かれているかもしれない。
そう感じるからである。
桐生順一も同じ思いなのだろう緊張気味に封書を手に取り封を切ると中から手紙を取り出した。
晃は足を踏み出した。
柳原葵もまた後につくように進み、全員がワラワラと集まって彼を取り囲んだ。
桐生順一は手紙を見ると安堵の息を吐きだして
「部屋割りだな」
と告げた。
手紙には『201号室 桐生順一 202号室 桑田聖子 203号室 戸田恵美子 204号室 柳原葵 101号室 村岡翔一』と書かれていた。
桑田聖子は慌てて
「わ、私……202号室イヤ」
と告げた。
「何か、決められた部屋って気持ち悪いわ」
戸田恵美子も頷きながら
「そ、そうよね。呼び出した人も分からない上にその人が決めた部屋なんて私もいやだわ」
と呟いた。
晃は心の中で
「確かに……気持ちは分かる」
と呟いた。
自殺した九条美姫に関連した人間が呼び出されているのだ。
復讐で呼び出されたのなら……と晃は考え不意に
「いやいやいや、先ず俺だったら気持ち悪いから来ないけどな!」
と心で呟いた。
だが、恐らく全員がそれぞれを心配してきているのだろう。
親友の柳原葵もそう言っていたので、全員が無視できなかったということなのかもしれない。
顔を見合わせて柳原葵がチラリと晃を見た。
その意味が直ぐに分かった。
晃は頷いて
「俺は良いけど」
と答えた。
柳原葵は息を吐きだして
「じゃあ、どっちでもいいけど……部屋変わるぜ。どっちにするかはジャンケンしてくれ」
と告げた。
それに桐生順一も
「そうだね、不気味な招待者の言うままは良くないから俺も良いよ」
と言い
「そうしたら、戸田さんは俺の部屋で桑田さんは柳原の部屋にしたらどうだろ?」
と告げた。
「どっちも部屋変わったことになるだろ? それで白羽根さんは村岡と……」
と言いかけた。
が、それに白羽根圭一が周囲を見回して
「俺が一部屋使っていいなら102号室を使わせてもらうけど」
と告げた。
村岡翔一が晃を見ると
「柳原の連れの多田さんはどうする? 柳原と同じ部屋で良いか? それとももう一部屋あるか探すか?」
と聞いた。
晃は笑むと
「あ、俺は葵と二人で良いので」
と答えた。
いや、葵と二人でないと嫌だ! と心で突っ込んだ。
それに桐生順一は大きく息を吐きだして
「じゃあ、これで部屋割りはOKだね」
と告げた。
晃はピリピリとした空気に息を吸い込んで吐き出し柳原葵を見ると
「じゃあ、葵。部屋に移動しようか」
と告げた。
柳原葵は笑みを浮かべると頷いた。
「ああ、そうだな。部屋でゆっくりしたいな」
その一言で全員が荷物を持ってそれぞれの部屋へと向かった。
晃は柳原葵と共に階段を上がり、202号室の前に立った。
そして、扉を開き右側に2つのベッドを見た。
左側には机があり正面の窓からは緑の木々が見えた。
ちゃんと飲み水用のポットも用意されており、中々良い部屋であった。
晃はふぅと息を吐きだし
「入ろう」
と足を踏み込んだ瞬間にドンッと音がしたと思ったら柳原葵に服を掴まれた。
晃は振り向き
「どうしたんだ?」
と柳原葵を見て、蒼褪めて凝視している方に目を向けて目を見開いた。
201号室の扉が開きそこに戸田恵美子が仰向けで倒れていたのである。
胸を矢で貫かれた状態で目を見開いて虚を見つめていた。
廊下の端の窓には雨がバタバタと当たり、流れる雲が映っていた。
晃は暫く震えながらも身体を動かすことができなかった。
こんなことが。
こんな出来事が。
小説以外で起きるなんて……あり得ない。
頭の何処かで思い込んでいた。
それは柳原葵も同じだったようでそのまま腰を抜かすと座り込んだ。
晃は慌てて踵を返すと階段のところから
「だ、だ、誰か---! と、ださんが!!」
と叫んだ。
叫びに階段を挟んで向かいの部屋だった桐生順一が駆け寄り、一階からは白羽根圭一と村岡翔一が駆け上がってきた。
彼らは階段を超えて晃の隣に立ち息を飲み込んだ。
桑田聖子は扉を開けたまま204号室の前で座り込んでいた。
恐らくショックで動けなかったのだろう。
晃は震えながら柳原葵の腕を掴んだ。
「ど、どうしよう」
それに白羽根圭一がツカツカと足を進めて戸田恵美子の横で屈むと彼女の首筋に手を触れ、その後に瞼を指で開けると
「救急車と……警察と……呼んだ方が良いね」
既に亡くなっている
と告げた。
それに桐生順一が駆け寄り
「まさか!」
と屈んで彼女の手首の脈を取り、少しして顔を伏せた。
「信じられない」
晃は慌てて携帯を出して緊急通報ボタンを押しかけて目を見開いた。
「……圏外だ」
まさか、圏外とは! と晃は息を飲み込んだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。