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迷探偵  作者: 如月いさみ
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本編 暗号

 矢倉征の車の助手席には鎌田義昭を殺した凶器のナイフが刺さっており、二人の指紋が検出されたことと状況から鎌田義昭が矢倉征を襲い揉み合いの末に殺してしまったのだろうと判断された。

3年前の文京駅施設の男子トイレ爆破事件からラブホテル爆破事件、そして、今回の鎌田義昭殺害事件の全てが明らかになるのも時間の問題であった。

 

 捜査本部では一つの山場を越えて落ち着いたムードが広がっていた。

 

 参内満男はコーヒーを手に警視庁の屋上に上ると青く広がる空を見上げた。

 隣には同じ警視庁刑事部捜査一課の米倉隆二が同じようにコーヒー缶を手にのんびりと立っており空を見上げていた。

 

 忙しい最中のちょっとした息抜きタイムと言うことだ。

 米倉隆二は白羽根圭一を連れて単独捜査が多いが、それは上層部が許していることで参内満男としては不満があるものの決して口出しできることではなかった。

 

 ただ日常的には警視庁へ出勤して同じフロアで仕事をしている仲間でもある。

 こういう息抜きを共にするということはよくあることであった。

 

 参内満男はコーヒーを喉へ流し込み小さく息を吐きだすと

「一言いいたいことがあるんですけどね。米倉警部」

 と呼びかけた。

 米倉隆二は同じようにコーヒーを飲みながら

「どうせ止めても言うだろうし」

と心の中で突っ込みつつ

「なんだ?」

 と聞いた。

 

 参内満男はコーヒーを両手で握り

「矢倉征が自殺するだろうということは分かっていたんじゃないんですか?」

 と聞いた。

「あの迷探偵も」

 

 米倉隆二はさっぱりと

「そうだな、俺もわかっていたし白羽根もわかっていたな」

 と答えた。

 

 参内満男はちらりと彼を見ると

「ったく、あの迷探偵はどうして行かせたんですかね」

 とぼやいた。

「自首させるべきだったと俺は思いますけど」

 

 米倉隆二は苦く笑うと

「俺は白羽根にそのまま車に残って説得しろとは言えなかったな。あのまま乗っていると一緒に死ぬのが見えていたからな。死を覚悟して行動しろと俺は言えないししてほしいとも思わない。俺もお前も警察官だ。それこそ死に直面することもあるだろう。だが予測できる死は回避しなければ更に相手に罪を負わせることになるし、あの場合は残らなかったんじゃなくて放り出されたんだ」

 と言い

「矢倉征は自分のしたことを後悔した。いやずっとしていたのかもしれない。だから己で幕引きをしたんだろう」

 と告げた。

「中島皆実と中島実樹……二人に自分のした全てを知られて生きていけないと思った。戸上雄三に金を払い続けたのもその為の口止めだったんだろうと俺は思っている」

 

 参内満男ははぁと息を吐きだし

「……二人は彼を許しますかね?」

 と聞いた。

 

 米倉隆二はそれに肩を竦めると

「俺は二人じゃないからわからないな」

 と答えた。

「でも……許すんじゃないかと思っている。憎み続けて復讐をすることの恐怖も後悔も戸上雄三のことで嫌と言うほど知ったと思うからな。復讐しても結局は復讐した人間が不幸になっていくだけだ。負のスパイラルしか生まない」

 

 参内満男は目を閉じると

「確かに、そして俺たちは例えそうであっても捕まえなければならない」

 と呟き

「二人がもう二度と間違わないでいてほしいと思いますよ。憎み続けるのは憎み続けている方もつらい。後悔して死を選んだ彼を許して新しい未来を歩いてほしいと思いますけど」

 と言うと足を踏み出して立ち去った。

 

 米倉隆二のその話に対して白羽根圭一はさっぱりと

「許さないだろ?」

 とあっさり答えた。

 

 白羽根圭一に新しい事件の書類を渡した帰宅途中の話である。

 

 彼のマンション前で車を停めて米倉隆二は驚いて

「え!?」

 と声を零した。

 

 白羽根圭一は助手席から降りながら

「だって中島皆実と彼女の母親は家族を殺されたんだろ? 普通は幾ら優しくしてくれて後悔したっていたって許さないだろ? 甘いよ、それは」

 と告げた。

 

 考えれば全くの正論である。

 

 米倉隆二はフムッと考えながら

「確かにそうかもしれないが」

 と呟いた。

 

 白羽根圭一は苦笑しつつ

「参内刑事は刑事としては鋭いし考えるところは考えるし、しかも優しいし、良い刑事だと思うけどやっぱり甘いよな」

 と評した。

 

 参内満男が聞けば卒倒して

「黙れ、迷探偵!」

 と怒鳴りそうな内容である。

 

 白羽根圭一はだがしかし

「ただ、矢倉征を二人は憎まないと思うし恨まないと思うよ」

 と告げた。

 

 米倉隆二は更に驚いて彼を見つめ

「何でだ?」

 と聞いた。

 

 白羽根圭一は肩越しに米倉隆二を見ると

「矢倉囲いの中央……本来なら王将なんだけど、あそこにさ……中島翔二はハートのキングを描いていたんだ。彼は守りたかったんだよ、無二の親友を」

 と言い

「それに中島翔二を呼び出したのは……恐らく矢倉征じゃない。彼は戸上雄三と手を切ろうとしたんだ。親友の中島翔二の言葉通りに。だから、戸上雄三は二人がことを公にしたら困るから中島翔二を殺した」

と告げた。

「中島翔二はどんなことをしても命を懸けても矢倉征に手を切らせたかった。彼の懐は矢倉征が思うよりもずっとずっと深かったんだ。自分が死んだあとに彼が前を向いて歩いてほしいから矢倉囲いという守りの中央に愛を象徴するキングを描いて『彼へのメッセージ』にしたんだと思う。死からでもお前を守るよってメッセージだったんだ。彼には届けることができなかったけど」


 そう告げて笑みを浮かべると

「中島皆実さんと実樹さんには暗号の紙を返すついでに伝えておいた。二人とも泣いてたよ。翔二も矢倉君も何で言ってくれなかったんだ! って、だから許すと思うよ」

 と付け加えた。


「でも結局、犯罪は誰をも不幸にするし自分も不幸にする」

 やるだけ無駄なことなんだ

「犯罪の上の見せかけの幸せなんて砂上の楼閣で自滅するか崩されるものだ」

 

 そしてそれは犯罪をするよりももっと悲惨な形で終焉を迎える。

 

 米倉隆二は笑むと

「そうだな。矢倉征が戸上雄三の不正に乗らなかったらこんな事件は起きなかったな」

 と呟いた。

 

 白羽根圭一はそれに

「そうだね」

 と答え、手を挙げて振ると

「おやすみなさーい」

 と告げてマンションの中へと入っていった。

 

 米倉隆二はそれを見送りアクセルを踏むと車を走らせた。

 空は既に闇が広がり静かな夜を描いていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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