本編 暗号
白羽根圭一は紙を見せると
「ほら、将棋で言うところのこの並びは有名な矢倉囲い。貴方の名前の駒並び……そしてその将棋の絵を取り囲んでいるカードトランプは全てスペードのA」
と告げた。
「スペードは死の象徴その最上位のカードを4つも置いている。通常はジョーカー以外は一枚ずつだからあり得ないけどね。しかもこのトランプの構図はニックネームっていうトランプ遊びを死……四人でする時の形なんだ」
ニックネームが矢倉で
「まさに殺されることを暗示している。恐らく鎌田義昭はこれを見て中島翔二さんは貴方に殺されて死ぬことを予感してダイイングメッセージを残したと思ったんだよ。だから戸上、そして、もう一人のあの爆破事件の犯人である貴方と連絡を取って……殺そうとしたのかも……それはもう今は貴方しかわからないけど」
白羽根圭一は息を一つ吐き出して
「ただ、中島翔二さんはそうじゃなくて……貴方と戸上雄三の手を切らせようとして貴方にメッセージを残したんだ」
と告げた。
「それがこの暗号の本当の意味なんだ」
矢倉征は固まったように前を見つめ
「もういい!」
と怒鳴った。
「黙れ!」
黙れ!
「黙れ!!」
ピリピリとした殺気に似た緊張感が伴う空気が車内に広がり、白羽根圭一は言葉を止めた。
矢倉征は暫く睨むように前を見つめていた。
強くハンドルを握り長い沈黙の後に
「それでお前はあいつみたいに最悪な俺を信じて説教か?」
と呟いた。
白羽根圭一は冷静に首を振ると
「俺は貴方をよく知らないし、鎌田義昭も殺しているし、ちゃんと保険はかけてるよ」
と携帯電話を見せた。
その画面には米倉隆二と通話状態であることを知らせる映像が映っていたのである。
「米倉には録音するように言っているから会話は残ってる」
矢倉征は肩を震わせて一頻り笑うと
「降りろ……死にたくなきゃ降りろ!!」
と叫ぶと白羽根圭一のシートベルトを外した。
白羽根圭一は顔をしかめて
「でも中島翔二さんは貴方に前を向いて歩いてほしいって、そう言う貴方を守りたいって……そう思ってこれを残したんだ。矢倉囲いは……将棋の守りの一つの手法なんだ」
と告げた。
が、血の付いたナイフで座席の一部を刺されて目を見開いた。
矢倉征は助手席の戸を開けて白羽根圭一を蹴って押し出すとアクセルを踏んで急発進した。
白羽根圭一は歩道に転がり落ちて呆然と走っていく車を見送ることしかできなかったのである。
全ての事情を察した米倉隆二は息を吐きだすと
「あとで迎えに行く」
と告げた。
白羽根圭一はそれを聞き
「……うん、わかった」
と答えた。
米倉隆二の隣に座っていた参内満男は横を抜けていく車を見て目を見開き
「え!? アレは矢倉征と白羽根が乗っていた車では? まさか連れたままどこへ!?」
と叫んだ。
中島実樹も驚いて左右を見つめていた。
米倉隆二は参内満男に
「白羽根は降りている。というが放り出された」
と言い
「取り合えず警視庁へ向かう」
と告げた。
警視庁へ彼らが戻る前に鑑識が既に戻ってきており警棒からルミノール反応と少量の血が検出されて、その血が戸上雄三と同じ血液型と判明したために彼を殺した凶器と判定された。
同時に爆弾についても現場に残った少量の蝋燭とオイルを吸わせたタオル片で時限装置を作ったことがほぼほぼ確定した。
中島皆実の爆弾は何らかの形で爆発せずに彼女が去った後に部屋へ入った鎌田義昭が警棒で撲殺した後に時限性の爆弾を作ったと判断されたのである。
中島皆実はもちろん無罪放免と言うわけではないが逃亡の恐れもなく更なる罪を犯す心配もないということで釈放された。
母親の保護観察の元で更生に向けて生活していくことになるのである。
戸上雄三に関しては死亡後に家宅捜査をすると矢倉征を含め幾人かの営業をしている人間の名刺が見つかり、話を聞くとペーパーカンパニーに減価ギリギリで納品させてそこからマージンを入れて他へと売り、且つ紹介料も請求していたことが分かった。
そのために会社に内緒でキックバックをして彼に金を支払う者や自腹を切って支払い最終的にその支払いの方が重くなり辞めて逃げてしまった人間もいたのである。
その上で彼の口座を調べると営業の紹介料以外にも毎月決まった額が振り込まれており、その金額と同じだけ矢倉征の銀行から引き落とされていた。
それは3年前の事件以降である。
矢倉征は白羽根圭一を下ろした後に高速へと入り中央分離帯へと車ごと突っ込み死亡が確認された。
最後に彼が何を考えていたのかわからないものの助手席には一枚の写真が置かれていた。
それは遠い日の中島翔二と彼が笑顔で映っている写真であった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。