本編 暗号
そんな彼を横目で一瞥し米倉隆二は
「それで、鎌田義昭が殺された今もお前の見解は変わっていないのか?」
と聞いた。
白羽根圭一は警察が出している答えを真っ向から否定しているのだ。
警視庁刑事部捜査一課の刑事としてはその辺りを米倉隆二は聞いておきたいと思ったのである。
異父弟の白羽根圭一の探偵としての能力を疑ったことはない。
だが、前提が全くなく答えを突発的に告げるために理解されずに警視庁刑事部捜査一課の刑事たちの中では『現場荒らしの迷探偵』と囁かれている。
ただ最後は異父弟の答えへと帰着しているのだ。
つまり早すぎるということなのだろう。
白羽根圭一は米倉隆二の言葉に顔を向けると
「確信しているよ」
と答えた。
車窓を流れるビルの波を見ながら
「遺体の頭部と顔面の損傷が体の他の部分よりもかなり酷かった。あれは爆破だけでやられたわけじゃないと思ってる。固い棒状の物……バット、木刀……そうだな」
というとチラリと米倉隆二を見て
「警棒とかね」
と告げた。
「そういうモノで先に殴られていたんじゃないかと思った」
米倉隆二は目を見開いた。
白羽根圭一は更に
「それに爆破された部屋の中を歩き回っていて爆弾があった辺りにおかしな焦げた布の破片もあった。それを手にしたら油の匂いがしたんだ。色々細工するには彼女がいた時間が短すぎる。まして時限式の爆弾にそんな小細工は普通は不要だろ?」
と告げた。
「恐らく彼女がしたのは戸上雄三を眠らせて爆弾をセットしただけで。その後に誰かが戸上雄三を殴り本当に爆弾を爆発させた……それをカメラに映らずにできたのは彼だけだ」
それを聞いて米倉隆二は中野駅近くの駐車場に車を入れながら
「いやいや、爆弾をセットしたってことはどちらにしても爆発するんだ。態々第三者がいたとしても爆発させる必要はないと思うが?」
と告げた。
「爆発するのを待てばいいだけじゃないのか?」
白羽根圭一はう~んと唸りつつ
「俺もそう思ったんだけどオイルを使ってそうしたってことは……戸上雄三を殺してしまったので死亡時刻と爆破時刻を合わせるためか。もしくは何らかの理由で……爆弾が爆発しなかった」
と告げた。
「彼女は唯の素人だ。素人が用意する爆弾だ、可能性は0じゃないよ」
米倉隆二はエンジンを止めて唸り声をあげつつも
「なるほど、そういう見方もできるか」
と言い
「そうなれば科捜研と解剖の結果を手に入れないとな」
と告げた。
白羽根圭一は頷くと
「そうだね」
と答えた。
助手席から降りながら彼は
「お父さんは人は完全犯罪をすることはできないが自然の匙加減で完全犯罪になることもあるって言ってた」
と言い米倉隆二を見ると
「でも俺は完全犯罪はない方がいいと思ってる」
と足を踏み出した。
……完全犯罪は加害者を救わないし被害者も救われない……
「加害者は過ちを償わなければならない」
それは宇宙の転輪の道理だから
米倉隆二は目を見開いて白羽根圭一を見た。
犯罪計画師だった父親に育てられた異父弟。
恐らく一つ間違えば天才犯罪計画師になるだろう。
だが、米倉隆二は笑むと手を伸ばして白羽根圭一の肩を軽くたたいた。
「お前の言うことは難しい。だがそう思っているお前を俺は嬉しく思う」
白羽根圭一は微笑むと
「そう? 俺は異父兄さんが嬉しく思ってくれるのが嬉しいよ」
と返して
「真実を明らかにして中島皆実と鎌田義昭を助けないとな」
と告げた。
二人は管理人に声をかけると、まだ規制線が張られていない鎌田義昭のマンションの部屋に入りテーブルの上に置かれているものに目を向けた。
一枚の紙と警棒であった。
米倉隆二は手袋をして紙を手にすると白羽根圭一に渡した。
「何かの暗号のようなものだ」
白羽根圭一も手袋をして手に取りそれを見た。
「トランプゲームと将棋」
そう呟いて鎌田義昭の机や棚などを調べ始めた。
家族で映っている写真はあるものの部屋は一部屋にLDK。
つまり1LDKだ。
部屋は書斎のようで机と本棚があるだけであった。
彼は机の引き出しを開けて入っていた日記のようなものを手にすると開いて文字を見ると
「やっぱり」
と呟いた。
米倉隆二は携帯で同じ警視庁刑事部捜査一課の参内満男に電話を入れると
「いま鎌田義昭の部屋に来ている。こっちに鑑識を送ってくれ。調べてもらいたいものがある」
と告げた。
参内満男は鎌田義昭の殺された現場に立ちながら
「わかりました。伝えます」
と答え、鑑識班の指揮を執っている三間宗次に声をかけた。
「鎌田義昭の自宅へ人をやってくれ、米倉警部がいる」
それに三間宗次は
「わかりました」
と答え、二人ほどに声をかけると指示を出した。
参内満男は息を吐きだすと
「ラブホテル爆破事件にそのホテルのスタッフ殺人か……総動員だな」
とぼやいた。
いま拘留している中島皆実のこともある。
彼女は最初から一貫して
「戸上雄三を眠らせてタオルで縛り兄の作った暗号の紙を置いて爆弾を仕掛けて立ち去った」
と告げている。
だが。
戸上雄三の検死結果は『頭部を固いもので殴られたことによる脳挫傷』なのだ。
爆発は死亡後に起きたという見解であった。
彼女が言っている暗号の紙については爆発と同時に焼失した可能性は高い。
だから、それが真実かウソかはわからない。
重要なのは『彼女が爆破前に戸上雄三を死に至らしめた』かどうかなのだ。
そして凶器だ。
だが、彼女は拘留中だ。
この鎌田義昭を殺すことは出来ない。
参内満男は小さく息を吐き出した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。