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遠い日の飛行船  作者: 清松
第3章
8/22

突然の別れ

私はドライブは好きだけれど、決してアウトドア派というわけではない。と言うか、人と関わる事がそもそも不得意だ。一歩外に出れば、それだけで誰かと話さなければならない確率がぐっと上がる。


ドライブは、車の中にさえいれば人と話さなくても良い。これは私に最適の趣味活動だった。人と関わる事無く、様々な景色を楽しむ事も出来る。友達がいないわけではないが、ドライブをする時は基本的に1人がいいと思っている。移動式・自分だけの自由な空間。道を間違えようが、急に予定を変えようが、誰に迷惑をかける事もない。


そんな土台がどっしりと築かれているから、飛行船鑑賞もまた自分に最適の趣味だと思っている。

どこへ向かうか、どのくらいの時間をかけて飛ぶのかわからないそれを、車に乗ってちょこまかと動き回りひたすら追いかけるなんて、もし同乗者がいたら気軽に出来る事ではないと思う。自分と同じ感覚を持った人ならいいけれど、そんな人はきっと存在しないだろうし。もしそういう人がいたとしても、やっぱり単独が良い。私は、あまりにも1人に慣れ過ぎてしまっている。



平日は仕事、週末は飛行船鑑賞。

そんな習慣が始まって、既に1か月が経とうとしていた。


基本的には、土曜日は飛行船を見に行って、日曜日は家でゆっくりと体を休める。土曜日に予定がある時には、日曜日に飛行船を見に行った。そうなると休みがないような状況になるけれど、不思議と疲れは全く感じなかった。それどころか元気になれる。飛んでいても飛んでいなくても、週末には必ず見に行っている。強風や雨で飛行中止になっても、係留地へ行けば必ず見られるという安心感がある。それはそれで嬉しい事だ。



飛行船は、いつも札幌市内だけを飛行しているわけではなかった。時々、市外の町を中心に飛ぶ日もある。

先週末は小樽を飛行していた。観光客で賑わう中心部を飛んだ後に、海沿いをひたすら飛び続けた。私も、とある海水浴場に車を停めて、砂浜から鑑賞した。海水浴を楽しむ家族連れや、浜辺でバーベキューをしている若者達が、空を見上げて手を振っていた。飛行船は彼らに応えるように、何度もビーチの上を往復していた。


そんな様子を見て、ひとつ確信した事がある。

やっぱり、パイロットからは地上の人達が見えているのだろうと思う。今でもあまり信じられないのだが、飛行船はどう見ても人を認識しているとしか思えない動きをしていた。

空と陸で意思疎通が出来るなんて。

幼いあの日に見た飛行船も、父が言っていたとおり、本当に私達の存在に気付いていたのかもしれない。



仕事中に飛行船を見る事ができたのは、意外にも5月下旬のあの日だけだった。私は札幌中心部での販売ルートを2つ持っているが、何かとタイミングが良くないのか見かける事がない。遭遇できる人はラッキーなのだと感じる。


時々、仕事の後に夜の係留地へと向かう事もあった。どうしても見たいと思う気持ちを抑えられなくなる時がある。何をするでもなく、芝生に座り込み、ただそこにいる飛行船を視界に入れる。日中に見る事が出来なくても、ここに来ればいつでも必ず会えるのだ。

夜の飛行船は暗闇と静寂に包まれ、とても幻想的だと思う。ほんのりと潮の香りのする風に吹かれながら、その姿を眺めるだけの時間が、私を癒す。それだけの事をするために、渋滞に巻き込まれながらわざわざ隣町へと出向くのだった。



とてもおかしな話だけれど、こんなのはもう片思いの一種なのではないかと感じる。何故ここまで飛行船が好きなのか、自分にも全くわからない。何が私をそういう気持ちにさせるのか。

ひとつ言うなら、小1の初めての出会いの時、私は既に飛行船に恋をしていたのだろうと思う。

そして、それすらも記憶からかき消すほど長かった19年と言う時間。遥かな時を経て再会し、あの出会いの日に湧き上がった気持ちを思い出して、空白を一気に埋めたいと思った。




SHUNという人の動画は、その後もやはり土曜日に撮影されたものが更新されていた。

私はあれから土曜日の係留地へ2回行ったけれど、それらしい人物を見かける事はなかった。と言うより、誰が彼なのかがわからない。顔は覚えていないし、赤のウインドブレーカーを着た人も見ていない。

週末はそれなりの人出があり、係留地は基本的に賑わっている。若い人はあまり多くないとは言えゼロではないので、特定する事も難しい。

だが、しっかりと、土曜日の同じ場所にいた事がネット上に証拠として残っている。

何だか、忍者のような人だなぁと思ってしまう。




挿絵(By みてみん)








「……え?」

7月に入った最初の土曜日に、衝撃的な出来事があった。

いつものように係留地へ行くと、飛行船どころか、柱もトラックも、何もかも全てがなくなっていた。

前回この場所に来たのは2日前の夜だ。その時は特に何も変わらなかったのだけれど。北海道での飛行は終わって、別の場所へと移動してしまったのだろうか。

誰もいない広大な緑地の入り口に立ち尽くして、「何で?」と小声で連発してしまう。目の前の現実を受け止められず、勝手に出てくる言葉を止める事が出来ない。


何となく、スマホでSHUNさんのページを開いてしまった。最新の動画は、先週の土曜に撮影されたもの。特に得られる情報はない。


せめてスタッフの橋立さんにスケジュールを聞いておけば良かったと後悔する。最初にグッズをもらってから、橋立さんを見かける機会は何度かあった。ただ、トラックで飛行船の番をしているタイミングには当たらず、ゆっくりと話が出来るような状況でもなかった。そもそもそういうチャンスがあったとしても、私はまた緊張して話しかけられなかったかもしれないが。



突然終わってしまった、楽しかった時間。もう、ワクワクしながらここに通う事も出来なくなる。心に、ぽっかりどころではない、巨大な穴が開いてしまった感覚。

肩を落としながら、私はとぼとぼと駐車場へ向かった。




挿絵(By みてみん)


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