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遠い日の飛行船  作者: 清松
第2章
5/22

ネットデビュー?

普段ネットと言うものはあまり見ないが、この時ばかりは見てみようという気になった。

動画投稿サイトで、飛行船SS号の動画を検索してみる事にした。


調べてみると、全国各地で撮影されたらしい動画がたくさん出てきた。

適当に目についたものを再生してみては、様々なロケーションで撮影された飛行船の姿に魅了された。都会の空を飛行しているものもあれば、桜や紅葉の山をバックに飛んでいるものなどもある。一般の人が撮ったものだろうけれど、どれも心が躍った。

私が強く惹かれたのは離着陸の映像だった。

飛行船の離着陸の方法は何だかちょっと変わっていた。複数の人があの大きな船体を押し上げたり、下りてきた所をキャッチしたりしていて、これも是非見てみたいと興味が湧いた。


「飛行船SS号 5/28(土)北海道・岩水海岸公園係留地」とタイトルに書かれている動画を見つける。

この日付は、私が岩水の係留地へ行った日だ。

再生してみると、たくさんの見学客と、強風に煽られる飛行船が映し出された。間違いなくあの日のものだと思った。

自分が映っていないかと冷や冷やしたが、私は少し離れた場所に留まって見ていた為か、映ってはいなかった。


誰でも自由に撮影をして、ネット上に公開できる時代。私には馴染みがなくて、違う世界の話のようなものだ。いつどこで撮られているかわからない。気を付けるに越した事はないと思った。


動画が終盤に差し掛かった時、イヤホンの右側から、

もう少し近くで見れたらなぁ

というか細い声が風の音に混じって聞こえた気がした。

はっとして、その部分をもう一度再生してみた。

もう少し近くで見れたらなぁ

血の気が引くような気がした。それは、私の声だった。強風に揺さぶられる飛行船を前に、つい呟いてしまった心の声。




挿絵(By みてみん)




あの時、私の他に係留地にいたのは、例の若い男性。

この動画の投稿者は、あの人なんだと知る。

周囲を確認した時、誰もいないと思っていたはずなのに。思い返すと私は、元々男性が立っていた、自分の右横側しか確認をしなかった気がする。いつの間にか彼は、私の左側に移動していたのかもしれない。声が動画に入ってしまう程の距離にいたなんて。


投稿者のページを探して見てみると、この人は「SHUN」という名前らしい。シュン、と読むのだろうか。

ちょうど1年前頃から動画が投稿されており、どれも札幌市内やあの係留地でSS号を撮影したもののようだった。

この人も、かなりの飛行船好きなのかもしれない。


色々な情報が急に入って来て、私は思わず頭を抱える。何より、私の間抜けな呟きがこのSHUNという男性に聞かれていたかもしれない事が、重大事件だった。





「アハハハハ! めっちゃウケる!」

職場の詰め所で、葵さんは何度も動画をリピートして爆笑していた。

恥ずかしい思いをするとわかってはいながらも、この恥ずかしさをむしろ共有してくれる相手が欲しくて、つい例の動画を教えてしまった。

「間違いなく春琉の声だもんね、これ。撮られてるのに気づいてないってのもウケるんですけど」

「この時、風の音も凄くて。この人が反対側に移動していた事にも全然気づかなくて……」

「飛行船に心奪われ過ぎだって。まぁ、そんな一途な感じも春琉の良い所かもね」

変な所で微妙な褒めが入り、反応に困ってしまう。褒めたわけではないのかもしれないけれど。


また随分と盛り上がってるな、と山上係長が缶コーヒーを片手に詰め所に入ってきた。

「あ、係長。春琉がついにネットデビューしたってさ」

「ネットデビューって……そんなんじゃ」

一連の経緯を説明しながら、葵さんは係長にスマホで動画を見せた。例の独り言の部分を何度も聞かされ、係長もニヤついている。

「随分飛行船にハマってるね、藤森さん。場所もわかった事だし、俺も息子連れて行ってみようかな」

「是非! 息子さん絶対喜びますよ!」

ついまた声が大きくなってしまって、2人に笑われる。揃ってそんな反応をされると、何だかやる事なす事が空回りしているかのような気になってしまう。




挿絵(By みてみん)




そういえば、と係長が言った。

「全然関係ない話だけど、来月、十勝営業所から部長が来るよ。売上強化出張みたいな感じかな」

「部長?」

この会社に部長がいた事を私は知らなかった。

「稲田部長っていう男の人。春琉はまだ会った事ないんだっけ。確か係長と同世代くらいだったよね」

「うん。年は俺の方が1個上なんだけどね。藤森さんのルートも弱い所があれば、もしかすると部長とペアで販売に行ってもらう事もあるかも」

「ペアで?」

何となく不安な気持ちになる。

「部長はこの道のプロだよ。一日一緒に行けば新規がいくつか増えると思う。そしてすごく優しい人だから安心して」


販売員は曜日ごとに決まった担当ルートを1人で回る。売上が不安定になってくると、上司が付いて新規開拓などを協力してくれる事もある。

私のルートは、現段階でひとつだけ売上が落ちて来ている所があった。

上司とは言え知らない人と(しかも男性と)一日行動を共にするのは、正直ちょっと気が引ける。

部長が来るという日までに、売上を元に戻せるとも思えないけれど……。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 春さんには申し訳ないですが、読者的には部長の登場が楽しみでしかありませんね(^o^) [一言] 飛行船、無いんですか…! それは寂しいですね〜(T_T)
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