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遠い日の飛行船  作者: 清松
第7章
20/22

旅立ち

係留地の撤収作業を見ながら、今日ここに来る事が出来た理由をSHUNさんに説明した。

「本当に上司達には感謝です。私は優しい人達に恵まれてるんだなぁって実感してます」

「良かったですね。僕も、何かの間違いで今日、はるさんがここに来れたりしないかなぁって思ってたんですよ」

SHUNさんは照れくさそうに笑う。私も、まだ少し潤んだままの目で笑った。

「そういえば今日は撮影してないんですね」

「今日の離陸は、画面越しじゃなくて直接見ようって決めてたんです。はるさんを見習ってね」

「私を? 私なんて、ただ機械ものが苦手なだけなのに」

昨日別れた時は、またこんなふうに2人で笑い合える時間がすぐに訪れるとは思いもしなかった。

私は今、紛れもなく奇跡の中にいる。


やがてSHUNさんは、静かに表情を引き締めた。

「……あの、はるさん。昨日はすみませんでした」

ぐん、と心臓が掴まれたような気がした。

「知らなかった事とは言え、大変申し訳ない事をしました。僕があんな話しなければ……」

「いえ、SHUNさん、こちらこそごめんなさい」

私も頭を下げる。

「SHUNさんに謝らなきゃって思ってました。SHUNさんの話を聞いていたのに私、自分の事ばかりで……」

「はるさんが謝る必要は何もないですよ。謝らないで下さい」

まっすぐな目、優しい声。また私は泣きそうになってしまう。

「SHUNさん、昨日私に何か言おうとしてたんじゃないですか? 私が遮ってしまったから聞けてなかったです」

滲んできた涙を隠す為、少し俯きながら言う。

「僕と出会ってくれてありがとうって言おうと思ってました」

SHUNさんは意外なくらい即答した。

「はるさんほど飛行船を愛している人には初めて会いました。ネットでは飛行船好きの人との繋がりはあるけど、現実でははるさんが初めてだし。すごく嬉しかったんです。僕ははるさんのような人を大事にしたいと思うし、1人でも増えてくれたら嬉しいと思ってます。余計な話しちゃったけど、言いたかった事は、それです」

たいした話でもないっちゃないかな、と小声で付け加えて、照れ隠しのように笑う。

ひたすら純粋。この人には、1ミリの汚れもない。

あえて言葉にしなかったのだと思うけれど、彼はきっと、飛行船が大好きだったと言うお母さんと私を重ね合わせて見ているのだろう、という事を強く感じた。私自身も、そんな事をわざわざ口にはしないけれど。

「すごく嬉しいです。私もSHUNさんに会えて良かったです。あの時黒汐町の係留地で出会ったのがSHUNさんで、本当に良かった」

涙が込み上げそうで、やっとの事で伝えた。




挿絵(By みてみん)




その時、クルーの橋立さんが、作業の手を止めてこちらへとやって来た。

「今日も来て下さったんですね。本当に、いつもありがとうございます」

日焼けした肌に汗が滲み、日差しにキラキラと輝いて見える。逞しい、という印象。

「橋立さん、北海道お疲れ様でした。これ、今年のラストコーヒーです」

そう言ってSHUNさんはどこからか小さな缶コーヒーを取り出し、橋立さんに渡した。

「いやぁ、差し入れをいつも本当にありがとうございました。僕も何かお返ししたいんですが」

「もういっぱい返してもらってますよ。今年もこんなに楽しませてくれてありがとうございました」

私達は本当に、彼らがいるからこんな思いが出来るのだ。私も何か差し入れを持ってくれば良かった、と思った。そもそも今日ここにいる事が完全に予想外なので、無理な話だけれど。

「橋立さん、ゴンドラに乗せてくれてありがとうございました。素敵な経験でした」

私もお礼を伝える。

「覚えていないと思うんですけど、私、初めて橋立さんとお話したの、ここの係留地でした。5月の、すごく風が強い日で」

「そうでしたか。係留地にはたくさんのお客さんが来るので、どうしても覚えていられなくて」

「あの時もらったキーホルダー、カバンに付けて毎日持ち歩いてます。今日まで色々お話してもらえて本当に嬉しかったです」

「僕もです。係留地にこんなに足を運んで下さって、本当に感謝していますよ」

橋立くーん、ちょっと手伝ってー、と声がする。他のクルーに呼ばれ、ちょっと失礼しますねと言って橋立さんは戻って行った。



係留地を離れた飛行船が、遠くの空に浮かんでいるのが見えている。撤収作業越しの鑑賞、静かな時間。もう、近くでは見られないかな。



やがて係留地だった敷地はまっさらになり、クルー達はトラックやワゴンへと乗り込んだ。いよいよ、彼らも出発してしまう。

ワゴンの助手席に乗った橋立さんの元へと近付くと、窓を開けてくれた。

「来年の春にまた来ます。その時は是非、また会いに来て下さい!」

その声には力強さと頼もしさを感じた。

彼を乗せたワゴンがゆっくりと走り出し、私とSHUNさんは大きく手を振った。

続々と係留地を後にして行く車達。見学客達は道の両脇に立ち、クルー達に笑顔で手を振る。私はSHUNさん以外誰1人知らないけれど、ここにいる人達をひとつのチームのように感じていた。みんな、平日なのにお見送りに来るくらいに飛行船が、クルーが大好きな人達。

全ての車が見えなくなるまで、手を振り続けた。

飛行船の姿も、もう見えなくなっていた。



日本のどこかに、きっと私やSHUNさんと同じように飛行船を待っている人がいる。そしてこれから飛行船を初めて知る人も。

空を見上げてもらうために、上を向いてもらうために、たくさんの人達の元へと飛んで行くんだ。離れてしまうのは寂しいけれど、飛行船を見て1人でも多くの人に笑顔になって欲しい。私のようにワクワクして欲しい。

SS号はこれから九州まで南下し、Uターンして1年後にまた、ここに戻ってくる。日本中の人々を幸せにして。


“お別れした瞬間から、次に会う日までのカウントダウンが始まる”

葵さんの言葉を思い出す。そうだ、これは次へのワクワクの始まりなんだ。悲しい別れなんかじゃない。






今までで一番素敵な夏を、本当にありがとう。


遠い空を見つめながら心の中で呟くと、また前が見えなくなってしまった。




挿絵(By みてみん)



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