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遠い日の飛行船  作者: 清松
第4章
13/22

終わり行く一日

黒汐スカイスポーツ公園は、市街地から車で約20分くらいもかかる。

黒汐町の中心地は、町内に1軒ずつしかないガソリンスタンドやコンビニ、そして小中学校や町役場などがぎゅっとひとまとめに凝縮された、本当に小さな街という感じだ。役場の脇から続く細い道を抜け、ひたすらに緑の中を突き進んだその先の先の、もっと先に、スカイスポーツ公園がある。奥地に隠された秘密基地のようだ。


私達が係留地へと戻る頃には、時刻はもう17時を回ろうとしていた。

夜勤の人と交代の時間が過ぎていたそうだが、橋立さんは私達を待っていてくれた。僕からの提案ですから最後まで僕に案内させて下さい、と彼は微笑んだ。クルーと言うのは本当にもてなしのプロなのだと感じる。



ついに、念願のゴンドラに乗せてもらう事が出来た。

前列にはシートが2つ。パイロットは左側の席に乗るらしい。後部座席はフラットで、2人並んで座れるくらい。ゴンドラ内のスペースは、もう本当にそれだけという感じだった。想像していたよりもだいぶ狭い。

操縦席の前には、私にはさっぱりわからない機械やメーターのようなものがたくさんついている。ダッシュボード(と言うのかはわからないけれど)の上にはいくつかの地図と、そして何故かミント味のガムのボトルが転がっていた。

ゴンドラの中を隅々まで見て回る私の様子を、後部座席に座ったSHUNさんは楽しそうに眺めている。初めて乗せてもらった時の僕を見てるみたいだ、と笑いながら。




挿絵(By みてみん)




一通り見学し、小さな階段を下りてゴンドラを出る。終業後まで付き合ってくれた橋立さんに感謝を伝えた。

「橋立さん、移動フライトはいつですか?」

SHUNさんが聞く。

「このまま風が強くならなければ、明日札幌まで移動できると思いますよ。スムーズなら8時半前後くらいには出発かなと」

橋立さんの言葉に、私は歓喜した。また札幌で飛行船が見られるんだ。

「お、じゃあ明日、離陸を撮影しに来ようかな」

いとも簡単にSHUNさんがそんな事を言うので、私は驚いてしまう。

「離陸って、明日の朝8時半までにまたここに来るんですか? 札幌から?」

「あぁ、はるさんにまだ話してなかったんだっけ。僕、帯広に親戚がいて、昨日からそこに泊まってるんですよ」

SHUNさんは初めて黒汐町に来た2年前の夏から、飛行船がこちらに滞在中はそうしているそうだ。時期的にも夏休みに入るので、ちょうど良いとの事だった。帯広から黒汐町までは、車で片道1時間ちょっとくらいらしい。それなら気軽に行き来が出来る範囲だ。



敷地の入り口付近に停められたワゴンで係留地を後にする橋立さんを、SHUNさんと一緒に見送った。クルーは年中ホテル暮らしだそうだ。時々まとまった休暇を取って地元に帰省する事もあると言う。

私達も、スカイスポーツ公園の駐車場を目指して歩いた。

「本当に今日は色々とありがとうございました。お陰でとっても楽しい一日でした」

「僕もです。係留地で初めて知り合った人とこんなに一緒にいたのは初ですよ」

心から嬉しいと言わんばかりに笑う横顔。やっぱり少年のような人だな、と思う。

「SHUNさんは動画も作ってるし、そんな事ないんじゃないですか? 有名人なんじゃ」

「全然ですよ。係留地で声をかけられたのは、はるさんが初めてですよ」

意外だった。私が初めて。

「僕の動画は、ファンがつくような凝った作りはしてませんからね。その日撮った飛行船の様子をそのまま載せてるだけなんで。ジャンル自体がマニアックだし、再生数だって全然ですよ」

彼の作る動画はちゃんと綺麗に編集されていて、私にとっては十分凝ったものに感じるのだけれど。

「でも、それでいいんです。僕は僕のファンを獲得するためじゃなくて、飛行船を知らないたった1人の人にでも知ってもらえたらと思ってやってるので」

どこか照れくさそうで、そしてそれ以上に強い情熱を感じる口調。何故か私は鼓動がまた速くなるのを感じた。おかしな表現だと自分でも思うけれど、SHUNさんを見ていると、飛行船を見ている時のような気持ちになる。

「SHUNさんの動画で飛行船を知る人がきっといると私は思います。私も、これからも動画楽しみにしてます」

「ありがとうございます。僕らのように、飛行船を好きって人が1人でも増えてくれたら嬉しいですよね」


駐車場まで、びっくりするくらいあっという間だった。私の車の前まで一緒に来てくれたSHUNさんに、改めてお礼を伝える。

「札幌まで気を付けて。岩水海岸公園でまたお会い出来たら良いですね」

「是非! また会いましょう」

何となく後ろ髪を引かれながら、私は車を出した。バックミラーの中で、SHUNさんはいつまでも手を振ってくれていた。




なんて日だったんだろう。色々な事が起こり過ぎて、今でも頭の中はまだ混乱しているようだ。

もちろん、とても嬉しい混乱なのだけれど。

黒汐町の隣町の国道沿いに道の駅を見つけ、駐車場に入った。

帰りの道順を地図で確認した後、自販機で飲み物でも買おうと車を降りる。真横から照らす夕陽が眩しくて、思わず目を細めた。

同じ時間の札幌より少しだけ薄暗いような気のする空の下で、私の心はゆらゆらと揺れていた。




挿絵(By みてみん)



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