九、昼食
昼飯は大体、二人の友人と取る。野球部万年補欠予定の「飛脚」と、絵に描いたようなオタクの「デコ油」だ。なんとも偏ったズッコケ三人組だが、何分俺に個性がないため、デコ油がハカセとモーちゃんの両方を担っている。
「俺たちも高一だぜ? 彼女の一人もいねえなんて寂しい男だな、デコ油」
飛脚がふんと低い鼻を鳴らしバカにする。背も鼻も低い癖に声だけは高く、教室によく響いた。
「そう言う飛脚殿もおりませんじゃないですか。それに入学してまだ間もない今、懇意にしている女性がいる男などスクールカーストの上位も上位にしかいないでしょう」
デコ油は心外だと言わんばかりに返事をする。しかしこういう奴は何故反論するとき、こんなにも憎たらしいのか。ハンカチでデコを拭う動作さえも煽りに見えてくる。
「そりゃあ俺は野球一筋だからな。そりゃあ仕方ねえよ、そりゃあ」
ワンバースで「そりゃあ」を三回も言う飛脚は、箸で空を描く。丸刈りの頭はキラキラと光っていた。
「補欠の癖によく言えたもんですね」
「一年なんだから仕方ねえだろ!」
激昂して立ち上がる飛脚を、どふどふとデコ油が笑った。
「それにしても四尾連はいいよなー、嫁がいて」
「あ? 誰だよ。つか座れ、恥ずかしい」
「諏訪氏のことですよ、四尾連氏」
じっとりとした目が眼鏡越しに見える。飛脚は穴をあけた風船のように大きく息を吐き出し座った。
「そうだよ、毎日一緒に登下校しやがって。意外と人気あんだぜ、諏訪さん」
「ほーん。別になんにもないけどな、あいつとは」
実際、恋愛感情とかそういったものは無かった。それは幼なじみで、もはや家族のような関係だからとかではなく、「気の合う同じサークルの女子」に近いんだと思う。
お互い時間が合えば飯行ったり一緒に帰ったり。約束しているわけじゃなくて、それはなんとなく。
あいつとの会話はいつでも「間」が存在し、そこに落ち着きや安らぎが産まれる。それは一見気まずさであるように感じるが、そうさせない力が彼女にはある。無口というほど口数が少ないわけでもなく、年頃の女子のように騒がしいわけでもない彼女との時間は、やはり恋愛という枠に収まる形をしていない。
とはいえ恋愛と学業と部活で生活の大半が埋まる高校生にとって、女子との繋がりは恋愛のジャンルに真っ先に入れられてしまうのが道理だ。俺だって彼女の存在がなければ、そう捉えるに決まっている。
「けっ、罪人は決まってそう言うんですよ。羨ましい限りですね、全く」
「いつか寝取られて俺らに泣きつくなよ」
「はいはい。そうなったらラーメンでも行こうぜ。こってこてのやつ」
「でしたら私がぴったりのお店を紹介して差し上げますぞ。しばしお待ちくださいね。えーっと…」
「ちょっといいかしら」
デコ油が太い指でスマホを弄っていると、ふと話しかけられた。俺は声の方向に顔を向け、息を飲んだ。
神之池光。凛とした長い髪に、モデルのように理想的な体型。二重の力強い目に、通った鼻筋、そしてピンクの薄い唇。容姿端麗とは彼女のためにある言葉なのかとさえ思う。その上、噂では頭脳明晰スポーツ万能だというのだ。同じ生き物だと言うのが烏滸がましい「完璧の人間」である。
そんな彼女が俺たちを見下し、髪を靡かせていた。
「ご、神之池さん! どうしました?」
「あなたじゃなくて、あなたよ」
先ほどよりも素早く立ち上がった飛脚を尻目に、神之池は俺を指差した。飛脚から「あ、はい」と蚊の鳴くような声が聞こえた気がした。
「ああ、どうした」
「放課後、少し時間あるかしら」
「なくはない」
「駅前の喫茶店わかるわよね。放課後あそこに来てもらえるかしら、少し話があるの」
「ああ、わかった」
急に話しかけられたこともあるが、如何せん相手は顔面偏差値馬鹿高女だ。どうにもぶっきらぼうな返事になってしまう。
「それではまた後で」
彼女はそれだけ言い残すと、自分の席に戻ってしまった。
「おいおいおい、お前神之池さんにも手出してんのかよ!」
「不埒な男に制裁を!」
嵐の後の静けさとはいかずに、非モテ男たちがグイッと顔を近づけてくる。二人の鼻息が顔にかかり、不快だった。
「でも神之池さんが誰かに話しかけてんの初めて見たわ」
「確かに友達いなさそうだもんな、あいつ」
入学当初、彼女の存在はかなり話題になっていた。群を抜いた美貌とクールでミステリアスな出で立ちは、男女問わず多くの生徒を魅了し、一時期ファンクラブが結成されるほどだった。しかしどこにも属さない、馴れ合わないスタンスは、恋心を持つ者を徐々に諦めさせ、今ではすっかり「過去の人」になっていた。まさにこの学校を取り巻く都市伝説と同じで、彼女の正体を知っている自分からすると、なんともおかしな話である。
とはいえ飛脚によると、今でも虎視眈々と彼女を狙う狼は少なくなく、俺はしばらくそれら有象無象から、嫉妬の目で見られること請け合い、らしい。
そこまで言われると正直、彼女と秘密を共有することに喜びを感じていた。それと同時に、ただ偶々目撃しただけなのに、彼女にとって特別な存在であると勘違いしている自分に嫌悪した。
諏訪に一言連絡を入れて、放課後を待った。




