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司祭様に懺悔を  作者: 沢山多部太
8/11

八、日常


 「期待をするから失望する。それならば期待なんて最初からしなければいい」なんてことを言うヤツがよくいるが、それは到底人間には不可能である。期待しないように生きられると思っている時点で、自身の能力に期待し過ぎているのだから。期待というものは生きている以上捨てることはできない呪われた装備である。ほとんどの場合、修行僧でさえどれだけ苦行を重ねても、呪いは解けない。

 それにも関わらず、彼らは期待していたことに裏切られ、失望し、後悔し、先ほどの迷い事を思い出し、決意し、そして次の日にはすっかり忘れてしまうのだ。これを何度も何度も繰り返す。人間は、このような究極的自傷行為の中毒者である。

 しかし、この輪廻を断ち切る手段が無いわけではない。

 それは失望を受け入れることである。失望を受け入れられる体制をしていないから、腐れ縁の友人である「期待」を悪者扱いする。

 失望は特性上、抗うことで牙をむく。跳ね返そうとする力が大きければ大きいほどその歯は深く腕にめり込み、傷ができる。

 本当の失望との向き合い方は、逆らわず、ただぼんやりと収まるのを待つ。ただそれだけだ。そうすれば、何も恐れるような輩ではない。彼らは感情の起伏が好物で、時間の経過を嫌うらしい。

 だから無駄に構わず、かといって目を逸らさない。それが失望を受け入れるということである。

 

 誰かから教わったことをふと思い出した。情報の出どころは思い出せないが、これが結構ためになっている気がする。

 「またせたな、諏訪」

 「楸、おはよー」

 「ああ、おはようさん」

 いつもの交差点で、諏訪に会った。挨拶を済ますと、彼女はコスモスの押し花をあしらったしおりを文庫本に挟み、鞄に入れた。読書していたことから察するに、どうやら今日は少し遅れてしまったらしい。

 青信号が点灯し、俺たちは歩き始める。黄色帽子をかぶった子供たちが、小さな手を目一杯挙げてトコトコと歩いていた。

 「昨日、放課後どこ行ってたの?」

 「巌流島」

 「なにそれ。なにハラ?」

 「ノンハラだよ。まあ、図書室に行っててな。連絡しようと思ってたんだが、うっかり忘れてたわ。」

 「ふーん」

 彼女はいつでも控えめの笑顔を浮かべている。初めて会ったときは小学一年生だったが、当時からそうだった。長年付き合っている俺でさえ、何を考えているかわからない。まあ、他人の考えていることなんてわからないのが当然で、理解できると思うことは傲慢なのかもしれない。

 「なんだよ」

 「私、結構待ったんだけど。楸、マタハラ」

 「え? なんか産むの? 初耳なんだけど」


 夜中に一雨あったのか、道は少し濡れていた。いつも以上に黒くなった地面と、真っ青な快晴のコントラストはどうにもミスマッチで、不安定だ。隣にはロボットみたいな少女がいて、俺は左目の端にそれを捉えながら、足と口を動かす。

昨日の出来事を、彼女には伝えられなかった。当初の目的は、彼女との話題のタネを探すために図書館に行ったはずだった。しかし俺は帰る寸前、あいつに遭遇し、真実を知ってしまった。あの後あいつは俺に他言を封じた。それは脅迫みたいな怖いものではなく、単なる「お願い」だった。それでも、俺は承諾した。人に迷惑をかけるのは本意ではないし、それにその「お願い」はひどく切迫していた。葬儀中の未亡人のような目の潤いや、唇の震えは、俺に強く訴えかけた。

 多くを知ったからこそ口を塞がなくてはならないなんて、どこぞの政治家みたいだ。

 「なにかあったの? 今日の楸、楽しそう」

 「いや、別に何もないな。普段と変わらず億劫な水曜日だ」

 「そっか」

 「まああれだな、本当に水曜日って嫌なもんだよな。月火の疲労も溜まってるし、だからと言って次の休みはまだ三日先だ。水曜こそ休みにしてほしいよな、うん。週休二日ってのは普段水を張った桶に顔を突っ込まれてて、土日という一瞬だけ息を吸うために顔を上げさせてもらえるというか、そんな気分だ。正直休まる気もしねえ。休むのに必死というか、だから水曜は休みにすべきなんだよ、言っててよくわからないけどな」

 「やっぱり、今日は楽しそう」

 彼女はまた自分の顔に笑顔を張り付けた。


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