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司祭様に懺悔を  作者: 沢山多部太
6/11

六、出会

 自己形成は十歳になるまでに行われ、それには取り巻く環境が深く関係しているらしい。アドラーなどの多くの学者が言っているそうだ。理想的な両親や兄弟がいて、なおかつ悲観的なイベントのない、幸せな家庭という前提が必要なんだろう。彼らの掌から零れた人間は、そこからが勝負だ。結局、環境に影響されず、自分自身で人格形成を行う人間だっている。その所以はそれぞれだから、同じ境遇の人間もいない。マイノリティーの中で、さらに細分化されているわけだ。当然、それに関する学術を論ずる学者もいない。

 かくいう俺も、そのマイノリティーの一人なんだと思う。自分で言うのもなんだが、小学低学年までは活発で溌溂な男児だったはずだ。だが父親の死後、俺は自分なりの理想や都合で性格を自分自身の影響で変化させた。それは極端に能動的な行動だった。左利きの手を強制的に右利きにするように、まったく違う感覚に最初は違和感があったが、自分を一度さらにしてから創り直すという作業は案外苦ではなかった。

 人生に彩りというものがあるのならば、単色で派手だったそれは、より曖昧で複雑な色合いになった。この結果が良いか悪いかは今はまだわからないが、虚しさや心地よさに理由をつけられるようになったし、意思の中に自分の血が通っている気がするようになった。その代償に手放しで何かを楽しむことが出来なくなったり、他人から向けられる良心の裏側を無意識に確認するようになったが、それすら望むのは欲張りが過ぎる。

 自分の経験を踏まえて結論を出すとやはり、自己形成に環境が影響するというのは間違いだ。俺は自分を自分の好きなように弄り倒し、整形した。

 しかし彼らの主張を意地悪くとらえるとすると、環境に影響されないように自己形成を行わざるを得ないという事実は結局、環境に翻弄されていることを証明しているのかもしれない。十歳で性格が決まってしまうなどという暴論を支持するつもりはないが、そう考えると彼らのもう半分の主張については同意できる。

 しかしまあ、理屈をこねくり回すことで何もかも包括してしまおうというのは、なんとも納得のいかない屁理屈である。とはいえ法に関する拡大解釈や類推解釈であれ同じようなことをしているわけで、つまりは国が屁理屈を公認しているのだ。屁理屈も親戚の内とはよく言ったものである。


 不毛で生産性のないマスター・ベーションが終わったところで、息がようやく整い始めた。

 もう帰ろう。いつまでも人気のない場所で丸まっていては、次は俺自身が噂の対象として弄ばれるかもしれない。俺は立ち上がり、正門へと向かった。

 校舎の首に申し訳なさそうに付いている小さな時計は、既に六時を指していた。無機質なアスファルトが敷かれた道を、カツカツと音を立てて歩く。アーチのようななで肩が前に落ち、普段以上に猫背になっていることに腹が立った。

 不意に、忘れ物はないかと、振り返った。

 先ほどのベンチの前には、真っ黒のローブを重そうに身に纏う、何者かが立っていた。深くフードを被っていて顔は見えないが、俺の携帯を握りしめている。

 驚きに口をあんぐりさせたまま、ただそれを見つめていた。

 そいつは俺の存在に気が付くと、じり、と一歩後ずさった。

 そして、一刻。巌流島の二人の侍ように、ただ精神を相手一人に集中させる。体感時間は何時間にも何日にも思えた。そういえば走馬灯というのは、過去の記憶をすさまじい速度で思い出し、どうにか目前の死を回避するために行われる動物の本能的行動らしい。まあ今は関係ないが。

 俺の右足がピクリと動いた瞬間、黒き佐々木小次郎は反対方向へ一目散に走り出した。

 「おい、ちょっと待てよ!」

 ベストジーニストのような台詞を吐きながら、すぐに後を追う。やれやれ、何本走ればいいんだ。今日ばかりは、生徒の中で一番走っているかもしれない。

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