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司祭様に懺悔を  作者: 沢山多部太
2/11

二、受動


 何も起こらないまま、一日が過ぎる。受動的な授業は息を止めている間に終わり、時間は俺を置いて過ぎ去っていく。

 結局俺はあの時を境に別人に取って代わられたのかもしれない。毎日鏡で見る「ガワ」だけはほとんど変わらないと思っていたが、久々に会う親戚や知り合いが「大きくなったねえ」というから、もしかしたらそっちも俺ではないのかもしれない。

 いや、本当は自分は自分でしかなく、ただ感傷に浸っている現状が心地いいだけなのかもしれない。むしろ、そっちの方が恐らく正しい。答えはいつもずるくて汚くて、自分が望んでいるものではないことはわかっている。


 高校生活は始まったばかりで多少の不安もあるが、それ自体は充実そのものである。家には何でも話せる姉がいるし、友達だって少なからずいる。それに加え、どこか陰のある自分を演じて同年代よりも悟ったふりをしたいだけの贅沢者だ。


 「楸、帰ろー」

 机の中の教科書を大小整えて鞄に入れていると、幼馴染の諏訪から話しかけられた。

 「おう、ちょっと待て。どうにも社会の資料集がでかくて気持ちわるいんだ」

 「わかった。じゃあ待ってるね」

 彼女は両手を前にして、鞄を持っていた。指先だけがカーディガンから出ている様子は、まだ幼さが残っている。多分、知らない人間が見たら誰もが中学生と見間違えるだろう。それは彼女の容姿や身長がそう思わせるだけかもしれないが。

 「お、萌え袖」

 「はいそれセクハラ」


 統率の取れた野球部の掛け声、バスケ部が体育館を削るキュッキュッという音、吹奏楽部のサックスを通した溜息。様々な音が重なり学校が曲を奏でる。

 俺と諏訪は校門をくぐり、帰路についた。

 どうやってもおさまりが悪く、資料集だけ鞄に入れるのを諦めた。どうせあれを活用するほど家で勉強する気はなかったので、これでよかったような気がした。


 学校は少し丘に建っており、帰るときは自ずと坂を下る。この坂は色々な店を連ねたショッピングモールになっていて、いつも人で溢れている。ボーリング場や若者に人気のカフェもあるので、よくうちの生徒は寄り道しているようだ。

 しかし俺は一年生ということもあって、まだ利用したことがない。こういう場所には必ず、所謂番長がふんぞり返っており、「あいつ一年のくせに生意気だな」と焼きを入れられたり、カフェで勉強している女子高校生に、「私たちが一年生だった頃は怖くてこれなかったのに、時代だねえ」と陰口を叩かれる気がするからだ。実際そんなことはないのだろうが、手放しで楽しめない。

 俺たちは脇目も振らず帰路を辿った。どうやら諏訪も考えは同じらしい。


 「ねえ楸、あの噂知ってる?」

 途中、彼女は俺の顔を覗き込んだ。

 「あの噂?」

 「学校に告解室があるって話」

 「知ってるが、それがどうした?」

 それは確かに、聞いたことがあった。この学校の生徒である以上、耳を塞いでも入ってくる噂だ。

 俺たちの通う学校には普通科のほかに音楽科がある。その関係で立派な音楽棟もあるのだが、その一階、一番奥の筝曲室(現在は使われておらず、普段は鍵がかかっているらしい)には放課後、誰とも知らない司祭様が現れ、生徒の懺悔を聞いてくれるというのがこの噂の概要だ。

 驚くべきはその歴史と伝播で、なんとこの学校が建てられた明治時代からこの都市伝説はあるらしく、ここ一帯の地域では殆どの住民が知っているらしい。

  目の前で話を聞いてくれるのか、それとも本当に協会のような告解室が出現するのかはわからない。具体的な内容はかなり曖昧で、中には尾ひれをつけて怪談めかしく話す連中もいる。

 だから入学当初は面白半分で筝曲室に行く生徒が後を絶たなかったが、何の変哲もない教室に落胆し、二か月も経とうとする今となっては、話題を耳にすることすらなくなった。

 そんな味のしなくなったガムのような話題を、今出すのは彼女くらいだろう。

 「私見たんだよ、司祭様」

 「それは大変だ、号外もんだな。お赤飯でも炊くか?」

 「それセクハラ」

 これは本当にセクハラだ。

 「ホントにいたんだって。昨日廊下の掃除してたらさ、筝曲室に黒い人影が見えたんだよ、多分あれ、司祭様だと思う」

 「仕事とるために『霊感あります!』って騒いでるグラドルかよ…」

 そんなことを口走るが、彼女がそういった類のものを信じていないのは知っている。

 彼女の可愛らしく微笑む顔が、少しむっとしたような気がした。

 「まあなんだ、司祭様はカーテンだったり、流行りに遅れた学生の可能性が高いが」

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。都市伝説や怪談、噂話なんかは大抵下らないものが発端で、エンタメ色を強めるために雪玉が転がって、大きくなっているだけだ。

 そんなことは理解している。俺も高校生になったのだから、ほぼ大人みたいなものだ。

 しかし、それでも。

 「本当にいたとしたら、俺も聞いてもらうかな」

 それは彼女に届くような声量ではなく、自虐的なつぶやきだった。

 


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