|覚醒《めざめ》の朝
初めて書きます。
文章以前にこのサイトの使い方すらよくわかってないので
手探りで書いてますw
なので後々、修正していく予定。
まだ早朝は肌寒さを感じる初春。朝靄の立ち込める山々に囲まれた大きな屋敷の庭に人影があった。
庭とは言っても庭園と呼べるような趣はなく、広場と言ったほうが似合うような簡素な作りのその場所に佇む一人の女性、というよりも少女と呼んだ方がよさそうな、まだあどけなさの残る彼女は、腰までありそうな長い黒髪を後ろに束ね白の稽古着に袴姿だ。
そして、腰にはさらに不釣り合いな一振りがさしてあった。長さは2尺8寸はあろうかとおもう大ぶりの日本刀。
見た感じ身長150センチ少ししかなさそうな彼女が振るにはそれは大きすぎる一振りではある。
だが、彼女はゆっくりと腰を沈めると左手の親指を鯉口に掛ける。
―一閃、少女の右手が刀の柄に掛かると同時に刀身は一文字に抜き放たれてたいた。
あたりに立ち込めていた朝靄もその一太刀で一瞬裂ける。
そして、気がつけば刀身は鯉口を滑らせて鞘へと納刀されていく。
まったく無駄がないその一連の動きを少女は何度も繰り返す。しばらく静かな山々の間に鞘走りの音、納刀の音が響き渡る。
「さて!今日の朝練はここまで!」
額に薄らと汗が滲む頃には少女の顔に朝日が差し始めていた。
「まったく誕生日の朝に乙女のすることじゃないわよね。」
少女は愚痴るように軽く刀の柄を叩いて言った。
そのまま縁側から建物にあがると、スタスタを奥へと入っていく。建物は平家の古風な室町造りのお館で
少女の部屋はその奥まった東側の端にあった。
もちろん洋風のドアなどではなく、襖の戸である。だが少女は開けて入ったその部屋は、年相応に可愛らしくハウジングされ、置かれてる小物類のそれ相応のものである。
ただし、ベッドの枕元にある刀掛けを除いては・・・・
「おばあ様の指示でこれだけは外せなかったのよね〜・・・・枕元に日本刀置いてる女の子なんて私くらいじゃないかしら」
ぶつぶつと文句を言いいながら着替えの制服をクローゼットからとりだすと、そのまま今度は館の西にある浴室へといくのだった。
少女の暮らすこの館は京都の北、鞍馬山の麓に位置し広大な敷地の中にこの館の他に道場、弓道場、日本庭園、さきほど少女がいた稽古用の広場などがあるいわゆる名家であった。
家名は「壬生」といい、平安時代から続く武術を生業とする一族。だが武家に属するわけではなくただただその技術だけで生きてきた家である。
剣術にはじまり、弓術、柔術、馬術、槍術、などなど俗にいう武芸百般をいわれるものである。
特にそのなかで「壬生戦術流」は特殊な位置付けで、妖術や仙術といったオカルトめいたものもやっていると噂されている。
他にも変わった風習でだ代々当主は女性で、その武芸の多くも極一部のもの以外、秘匿されてる物も多い。
そんな現62代当主は壬生千景は御年70歳の女性で、さきほどの少女の祖母にあたる。
「おはよう詩音。さあ、席につきなさい」
詩音は軽くシャワーで汗を流して制服に着替えて食堂にいくとすでに祖母、千景が席に座って待っていて言った。
とても70歳とは思えない背筋の伸びた姿勢と隙のない着物姿でハッキリとした口調と声量で彼女は続ける
「今日はお前の15歳の誕生日だね。夕方連れて行きたいところはあるから学校が終わったら寄り道せずに帰ってくるんだよ。」
「え〜。今日は梨花が誕生日のお祝いに一葉庵であんみつ奢ってくれることになってるのに。。。」
「梨花ちゃんには悪いが今回はこっちを優先しておくれ。大事な用事なんだ。」
こんな時の千景はまったく譲らないことを知っている詩音は渋々頷くしかなかった。
朝食を早々に済ますと詩音は学校へと向かった。電車で片道40分ほどの距離だか自転車でもいけない距離ではない。というより自転車の方が早い。以前、一度遅刻しそうになったときに自転車を使ったのだが、その時は20分で着いた。しかも、途中パトロール中のパトカーに止められての時間である。
山を降ったあたりで巡回中のパトカーに見つかりしばらく追跡されて停められた。壬生の家名を名乗ったら「あぁ・・・壬生さんの・・・どうりで。」と半分呆れたような顔でお巡りさんに「あまりスピード出し過ぎないようにね」と苦笑いされ即解放された。
そのことを友人のリカに到着後に伝えると
「だいたい普通の女子学生があの距離を自転車で20分で走れないからね??」と呆れられた。
いやいや、急いでたからね?頑張ればいけると思うよ?と思ったが口に出さないでいた。
梨花はいつも大袈裟なのだ。
詩音が学校に到着したのは少し早めの時間でまだ教室に生徒はまばらであった。だか、珍しく遅刻常習犯のリカが来ていた。
「詩音、おはよう!」
朝からやたらとテンションが高い梨花。
身長は詩音より少し高く髪は短く切りボーイッシュな雰囲気。
「おはよう。梨花。てか、早くない??いつもギリギリか遅刻の梨花ごなんでこんな時間にいるの??」
「この前言ったでしょー。中学最後の大会が近いのよー。だから朝練!」
この学校にはなぜか武道系の部活が多い。
中高一貫校でそのまま大学も附属してるので受験がないというのもあって部活に比較的時間を割けれるのも理由の一つだか、武道系が多いのは学校に出資してる後援会が武術系の団体からが大半を占めているからでもある。
梨花の家もその1つで、彼女のいえば北条流弓術の家元。彼女はそこの長女なのである。当然部活は弓道部。
「そういえば、そんなこといってたわね。でも普段から鍛錬怠らない梨花なら朝練しなくてもいいんじゃないの?」
「あのね。詩音。部活だから団体戦もあって一人だけ強くてもダメなの!みんなで強くならなくちゃ!!」
まあ、たしかにそうだ。一人だけ突出してても団体戦は勝てない。
「そういえば、今日梨花が放課後、部活後に一葉庵に行く話・・・」
「あ、そうそう。早めに切り上げて上がる予定にはしてるけど少し待っててもらうことになるからなんなら詩音も弓、射りにくる??」
詩音は特に部活に所属してる訳ではないのだが、この学校には少し変な制度があって「助っ人部員」というのがある。
その名の通り、部活に所属してなくても急遽人手が足りない時など一時的に部員として参加させても良いというものだ。
詩音のように総合的な武術をやってる子も多く、その都度、駆り出される部員も多い。
そのため詩音もよく色んな部活に助っ人を頼まれるのだが、その一つが梨花の弓道部でもある。
「それが、今日。お婆様に早く帰ってくるように言われちゃって。」
「あら、残念。家で誕生日のお祝いでも?」
「それがよくわからなくて。大事な用事でどこかに連れて行きたいらしいんだけど。」
「まあ、詩音の家も色々仕来りとか多そうだもんねー。」
ウンウンとリカも納得した顔で頷く。まあ、お互い思い当たる節が多々あるのだ。
「まあ、それなら仕方ないね。まだ日を改めて誕生日祝いさせてもらうとしますか!」
「ありがとう梨花。」と、そこへ
「お、なになに??なんか俺祝ってもらえんの??」
と、話に急に入ってきた大きな人影が。
その影の正体は武田敦成、通称あっちゃん。
同級生でありながら、同じ歳と思えない敬体の持ち主。
身長は180センチを超え、体重も90キロ近くある。程よく日に焼けた肌に短く刈り上げた髪。だが、顔つきは人懐っこい笑顔で幼さも残るお調子者だ。
「むしろ、なんで自分が祝ってもらえると思ったのかこちらが聞きたいんだけど??」
梨花が呆れたように言い返す。
「いや、ほら。おれって愛されキャラじゃない?祝いたくなるかなー?って?え?」
「たしかにその能天気な馬鹿さ加減は祝うに値するわよね。」
「梨花さすがに馬鹿は可哀想だよ。あっちゃんが能天気なのは認めるけど。」
詩音もフォローになってないフォローをする。
「いやいや、二人ともひどくない?さすがの俺も泣くよ?」
そんなお調子者の敦成だか、彼もまた家は宝槍院流という槍と体術を使う流派の跡取り息子である。
流石に部活に槍部?なんてないので体術を活かして基本空手部に所属し、柔道部やその他スポーツ系の部活にも助っ人参加している。何せこの体躯である。どの部も欲しがる逸材。その性格は別として・・・。
そもそも、この3人は昔からの幼馴染でもある。お互いがそれぞれの武芸の家柄ということもあり小さい頃から交流はあった。扱う武具や流派は違えどそれなりに相通じるものはあり互いに尊重し合える間柄である。
そんな3人なので、当然地元で同じ学校に通うことになっても不思議ではなかった。
いつものように敦成のバカ話が始まり、それを詩音と梨花が呆れる。そのようにしていつも通りの学校が始まったのである。
―放課後―
普段通りの1日が終わり、梨花はと敦成はそれぞれ部活に。詩音は千景の言い付け通り早めの帰路へと着いた。基本、部活に所属してない詩音ではあるが家の特性上、何かしらの武道系部活のヘルプ?手伝い?という名の指導員に近い立場で顔を出すことが多く、こんなに早い帰宅は久しぶりである。
家に帰ると着替える間もなく、千景の付き人である宮部作次郎の運転する車に乗せられ千景と共に連れ出された。
作次郎さんは私の祖父俊朗、千景お婆様の旦那と、昔、同じ門下生だったらしい。
祖父と二人、壬生戦術流の2トップで当時、千景お婆様を取り合うライバルでもあったそうだ。結果としては壬生戦術流の師範代の座を祖父が勝ち取りお婆様の婿の座も勝ち取ったらしい。だか、それからも作次郎さんは祖父を支えて、この壬生家に仕えてくれていた。祖父は私が物心つく前に亡くなったので、作次郎さんは私にとって祖父のような存在でもあり、剣術の師匠でもあった。
「ところでお婆様。どこまでいくの?」
後部座席に二人並んで座る詩音と千景。
詩音が行き先を訪ねても「まあ、着けば分かるよ」としか答えてくれず不安しかない詩音ではあった。
夕方に差し掛かろうとする京都市内の道路はいつものように渋滞。
向かってる方角は中心地あたりのようなので、それほど長くはかからないだろうと詩音は考える。
しばらく走ると左手に御所が見えてきた。木々に囲まれで中は見えないがここを通るといつも厳かな空気を感じる。なにか目に見えない透明な壁でもあるかのように中の気配を感じさせない。
中程の蛤御門を越え、丸太町通りを西に向かう。たしかこのさきには二条城があるはず?と考えていたら交差点は曲がらずさらに西へ。
その数ブロック先で車はゆっくりと速度を落とし、大きなマンションの地下駐車場へと入って行く。地下にもエントランスがありその前で車は止まるとエントランス前にいたタイトなスーツ姿の女性が車の扉をあけてくれた。一見、普通のスーツ姿の女性にも見えるのだが、詩音はその女性から唯ならぬ気配を感じた取っていた。例えるなら刃引きをしていていない太刀を持って構えているかのようなピンと張り詰めた気配。
「ようこそ。いらっしゃいませ」
だが、その女性はまったくその気配とは裏腹にとても爽やかな口調で挨拶をしてくる。
「こ、こんにちは」
詩音も挨拶を返すが思わず声がどもる。
「さすが壬生さんのお嬢さんですね。隠してる気配まで感じ取られてしまったようです。」
女性は申し訳なさそうに髪をかく。スラッとした高身長に透き通った顔立ち。スーツも似合うがどちらかというと和服のほうが似合いそうな感じがする。
「申し遅れました。私はここの警備を担当してる如月と申します。」
そう言って、如月はエントランス右横の壁にかかるプレートに目をやる。そこには―
―中務商事 陰陽女子寮―
と、書かれていた。
「お婆様…ここって…?」
まさかと思いつつも詩音は千景のほうを振り向いて問いただす。
「見ての通りだよ。ここは陰陽寮さ。」
千景はさも当たり前のように答えるが、詩音は半ば呆れる。
たしかに書いてはいるが、商事?女子寮??ツッコミどころが満載である。
「千景様のおっしゃる通り、ここは陰陽寮で間違いございませんよ。」
如月がつぶさに説明のフォローを入れる。
彼女の説明によると、現代において陰陽寮は非公式であること。そのため会社という形をとってカモフラージュしているらしい。
女子寮とあるのは決してふざけているのではなく。そのままの意味でここは女性陰陽師の社宅も兼ねているそうだ。
時代の流れで女性陰陽師も増え、さすがに男性寮だけというのも問題となり出来たそうなのだが、世の中陰陽師不安が聞いたら夢も希望も無くしそうな話である。
そうして、立ち尽くす詩音を傍目に千景はスタスタとエントランスを入って行く。作次郎は「では。」と一言告げると車に乗り込むと駐車位置へと車を移動させていく。
「詩音。グズグズするんじゃありませんよ。早くついていらっしゃい。」
「あ!はい!お婆様!」
慌てて千景と如月に追いつく詩音。
建物自体は至って普通の、というかむしろ女子寮というには豪華な作りのエントランスである。まるで高級ホテルのロビーのようだった。
突き当たりにエレベーターがあり、そこで如月がエレベーターの呼び出しボタンを押ししばらく待つことに。
「あの〜。陰陽師の方々の寮ってみんなこんなに豪華なんですか?」
「いいえ。女子寮だけですね。私は直接見たわけではないのですが男性職員の話では、男性寮は至って普通のアパートらしいです。」
それを聞いてますます陰陽師さん達が心配になる詩音。
どうやら現代陰陽師のヒエラルキーは女性に随分偏っているようだ。
エレベーターが到着して千景、詩音、如月が乗り込むと短い時間ではあったが如月が現代の陰陽師の役割を簡単に説明してくれた。
古来からの暦、易学、祈祷などはもちろんだが現代においてもそれらは必要なようで政府の政策や事業などにおいて影から支える存在。決して表舞台に出ることはないが確実にその存在は日本政府に深く根付いてるらしい。そして、もう一つ。古来より受け継がれる大事なお役目がらあるらしく、それがこれから向かう場所に関係するようなのである。
エレベーターは上へと上がり、本来表示されている最上階の6階になっても点滅することはなく上がり続けている。
故障?詩音は不安に思ったが千景と如月の様子はなんら変わることがないのでこれが正常な状態なのであろう。
しばらくの沈黙が長く感じ始めたときようやくエレベーターが動きを止めた。
扉が開くと目の前に1本の廊下だけが続いていた。
左右には1メートル間隔おきに扉が並び、およそ30メートルほど先の突き当たりにも扉があった。扉はどれもマンションにあるような扉で、それぞれ区別がつかず変な気持ちになる。
それらを通り過ぎ、一番奥までくると如月は立ち止まった。
「さあ、どうぞ。こちらです。」
そう言うと如月は軽く扉をノックして、扉を開けて中へと案内する。
如月に続き、千景が入り詩音はその後に続くように中へ。
中は至って普通のマンションの玄関。白を基調とした間接照明を使った落ち着いた雰囲気。短い廊下の左右にはドアがあり普通のマンションの作りであれば浴室とお手洗い?であると思われた。
正面に磨りガラスをあしらわれたドア。磨りガラスのため中はここからでは見えないが明るいことからこちらが部屋なのであろうと思われた。
ドアの前までくると如月は軽くノックをして
「失礼いたします。如月です。壬生千景様と詩音様をお連れいたしました」
と、いってドアを開いた。
千景に続いて中に入った詩音は部屋を確認すると、それほど広くはないが、もし一人暮らしであれば十分なスペースであろうと思われるLDKの間取りで、はいって左手にキッチン。正面に大きなガラス窓があり、落ち着いた雰囲気の家具が配置されている。まるでモデルルームのように生活感のない部屋。
そして、ソファに腰掛ける一際異彩を放つ存在が1つ。
白というよりも銀に近い艶やかなショートボブに緋い瞳。透き通るような白い肌に、真っ白なゴスロリワンピを着た少女。
歳は詩音と同じか少し若いようにもみえたが胸元の膨らみだけを見ると同じ歳には見えないほど「たわわ」に実り、思わず詩音は自分の胸とを交互に見てしまう。
「大丈夫。そのうち大きくなる?」
「なんで疑問系!?」
それが白夜と詩音が初めて交わしたことばであった。
―陰陽女子寮の一室―
「白夜様。おひさぶりですね。」
「チカチカおひさ。老けた?」
丁寧な口調で話しかける千景お婆様に対して、ゴスロリ少女はあまりにも砕けた口調で返す。しかもどうやら名前は白夜というらしい。
壬生家の当主といえば、強面の武道家達も思わず小さくなって低頭してしまうというのに。孫の私でさえもここまで砕けた返事はできない。
「前に御前に罷り越しましたのはたしか10年前ですからね。それ相応に歳は取りますとも。白夜様はお変わりないようで。しかし、お召し物の雰囲気が以前と変わりましたね?」
「うん。パンクスタイルは飽きた。」
(前はパンクだったんだ?!しかも10年前??え?え??)
詩音の頭の中に大量のクエスチョンマークが飛び交う。
「今回は孫娘の元服の儀で罷り越しました。ご紹介おくれましたがこちらが孫の詩音でございます。」
千景に紹介され慌てて続く詩音。
「あ!はい!!はじめまして。詩音と言います。よろしくお願いします。」
千景が敬語を使ってるため、詩音も下手な挨拶をするわけにもいかずとりあえず敬語で挨拶をする。
しかし、あらためて間近で見ても歳は同じくらい。並はずれて整った顔立ちで銀髪で緋い瞳ではあるほかは特段変わったところはない。
「よろしくシオシオ。」
「シオシオ…」
千景のこともチカチカと呼んでいたし、どうやら早速あだ名をつけられたようである。
「大丈夫だよ。シオシオもきっと大きくなるよ?」
「いや、誰もそんなこと聞いてないし!しかもまた疑問系??」
「私の孫なんだから少なくとももう少しは大きくなりますよ。詩音」
「お婆様まで???え?なんで二人に私の胸のこと心配されてるの???」
暖かい笑みを浮かべる白夜と千景に少し苛立ちを覚える詩音であるが反論もできない。
一歩引いたところで見ていた如月も「私はお茶をいれてきますね」と早々にキッチンへと立ち去っていた。
「さて、くだらない話はおいておくとして」
「お婆様、人の胸を下らない呼ばわりしないでください。泣きますよ?」
「大きくなるよ?」
「まだ言うか…」
話が進まない。
「詩音。あなたは元服の儀のことは知ってますね?」
千景だけひとりマイペースに話を進める。
「え、ええ。知ってます。たしか壬生家では元服、すなわち15歳になると神器を賜ると聞いてますが…」
そう。壬生家では元服すなわち武人として成人すると個々に神器を賜る。神器とは其々の個人に合った武器。壬生家は多くの武芸を学ぶため各個人によって得意な武器は異なる。ちなみに例を出すなら千景は普段から持ち歩いている杖で仕込み杖となっていて特技…は暗器。過去には弓であったり槍であったりと多種多様だと聞いている。ただそれを元服の儀で賜るとは聞いているがどのようにして賜るのかは知らない。
「その神器ですが、それを下さるのがお役目様。すなわち白夜様なのです。」
「そう、ワタシ出来る子なの。」
千景の説明の横でドヤ顔の白夜。
「え?この子!…いえ、この方が神器を?!」
「シオシオ本音でてる」
ジト目で詩音をみる白夜であるがまんざらでもなさそう。白夜はバシッと詩音の肩を叩くと満面の笑みを浮べ
「シオシオに最高の神器つくる!ついてこい!」
と、言ってリビングに繋がる部屋へと連れて行こうとする。
キッチンでは如月が「あー!お茶入れましたのにー!」と叫んでいる声も聞こえるが、白夜はお構いなしに詩音を連れて行く。今度はその後に千景柄続いて行く。特段焦った様子もなく慣れている。
奥の部屋に入るとそこは今までと打って変わって異質な部屋であった。そこはまるでどこかの寺の本堂であるかのようで周りは板張り、中央には護摩焚き用の囲炉裏。
「さあ、シオシオ。ここに座って」
白夜に促され、囲炉裏を挟んで向かい合って座る。
そうして、白夜が囲炉裏に組み上げられた薪に手をかざすとボッと炎が立ち上がった。
いきなりのことで詩音は思わず小さな悲鳴をあげてしまう。炎はみるみるうちに天井にまで届きそうね勢いである。
「ちょ、ちょっと!これ大丈夫なの??火事にならない?!」
不安に思った詩音は振り向いて後ろに控えている如月と千景に目をやる。
「詩音様、大丈夫ですよ。この部屋は…と、いうよりこの建物自体、外からも内からも結界で守られています。当然防火も万全です」
と、問題ないと如月が答える。
「サキサキ、玉鋼を持ってきて」
どうやら如月は白夜に「サキサキ」と呼ばれてるらしい。言われるままに如月は奥の神棚に祀られてる2キロほどありそうな見たことのない色の岩石を持ってきた。
近くでみるとそれは炎の灯りに照らされて虹色に輝いている。
「それはヒヒイロカネっていう金属だよ。」
「え?それって神話とかで出てくるヒヒイロカネですか?」
千景に言われたその名前に覚えはあった。たしか昔に読んだ神話の話で出てきた金属である。
「壬生家は代々、その岩を御神体として守ってるだよ。当家に伝わるのは3つの御神体。それらは其々神器に姿を変えて当代の壬生の護りとなって支えてきた。」
そして、千景は自分の持つ杖から仕込み刀の刃を覗かせて続けた。
「そして、持ち主が死ぬと同時にその神器も役目を終えてまた元の岩塊へともどる。その岩塊は以前はお前の曾祖母。私の母に当たる先代のものだよ。」
なるほど、たしかにそれで神棚に3つの台座があることも納得した詩音であったが、そこで疑問も出てくる。
(だとしたらあとら1つの御神体はどこに?)
そんな言葉が出そうになるか、その前に儀式が始まった。
白夜は受け取った岩塊を炎に入れると掌で印のようなものを結び、小さな声で何か祝詞を唱え出した。
始め、出会ったときはただのゴスロリ少女にしか見えなかった白夜でおるが、この儀式が始まってから、詩音は明らかに彼女が様変わりしていることに気づいた。
それは全身から放たれる気が尋常ではないものであった。見た目こそ変わらないが今、目の前にいる少女は人ならざるもの。人外の雰囲気を纏っていた。そんな白夜を前にして詩音は冷や汗を流しながらジッと息を呑むしかなかった。
(なんて気迫なの!まるで真剣同士で立ち会うかのような張り詰めは空気で動くこともできない)
白夜の祝詞が続くにつれ、炎の中の岩塊も少しずつ赤くなり、やがてそれは青白い光へと変わっていく。
「シオシオ。龍力は使える?」
「龍力?うん。使えるよ。」
―龍力。
それは壬生流の基本的な闘法の1つ。多流派にもあるような所謂「気」と呼ばれるものに似ている。
「気」は自らの体の中で練り上げるものだが、「龍力」は己の体の中だけでなく、周りの空間、すなわち万物に宿る「気」を練るような感覚のものである。
それらを感じ取り、練り、体に取り入れ、そしてそれを己の体の一部や武器などに纏わせる。
「じゃあ、その炎に手を翳して龍力を流し込んでみて。シオシオの得意とする武器を強く思い描きながら。」
詩音は白夜にいわれるままに手を翳して炎の中の岩塊に龍力をおくるようにイメージする。
(私の得意な武器?)
壬生流は特定の武器だけではなくあらゆる武器を使って稽古をする。
ただその中でも詩音が好んで使う武器…
それは打太刀だろう。
毎朝行う龍力の稽古。
一種のイメージトレーニングのようなものだか、これを詩音は打太刀を使う。
太刀ほど反りはないが抜刀に適した刀。本来は大柄の男性でも2尺5寸ほどの長さが主流であるが、詩音は小柄ながらに長めの打太刀を好む。
今朝も朝靄の中で抜刀していたのはその刀である。
全身を使い、捻りとしなりを利用してその長い太刀を抜刀する。その時に龍力を刀身に纏わせるように稽古するのだ。
(刀身は2尺8寸5分。反りは浅く 手弱女振り。)
詩音は理想の太刀姿を思い浮かべて強く念じるように龍力を練り上げる。
すると炎の中の岩塊が更に激しい輝きを発し、目も開けていられない状況になる。
「すごい。シオシオの龍力は形がハッキリしている。ヒヒイロカネがそれに対して強い錬成反応を起こしてる!」
白夜はとても楽しそうな笑みを浮かべている。
やがて輝きが徐々に収まり、光の中から一筋の太刀姿を現す。
刀身はやや蒼みがかかり吸い込まれるような地鉄。
そこには詩音が思い描いた理想の太刀姿があった。
「シオシオ。よくできました。これがシオシオの思い描いて龍力を練り込んでできたシオシオだけの神器だよ」
白夜はそう言うと躊躇うことなく炎の中から姿を現した太刀を取ると、一瞬強い光とバシッ!という音とともに太刀は拵に身を包んでいた。
見たことのない艶の鞘に、太陰太極図の鍔。柄巻に白夜の髪の毛のような輝く銀色に柄頭には龍の顔があしらわれていた。
白夜がそれを詩音に差し出すと、詩音は自然とその前に片膝をつき、太刀を受け取っていた。
「これが私の太刀…」