9話 仲間を探さないといけないようです
ぴき。ぴきき。
岩にヒビが入った。
亀裂は次第に大きくなり全体へと広がる。
岩を粉砕してロロアが静かに着地した。
黒いぶかぶかのローブのような服を身につけ顔にはドクロを模した仮面を付けている。
深くフードを被っているせいか髪があるのかも不明だ。
「……へっくちゅ」
くしゃみをした。
「なんじゃずいぶん寒いな。ここはどこじゃ」
め、めめめ、目覚めた!?
リーディアの時もそうだが俺、何もしていないぞ!?
デロンを見ると恍惚と静かに涙を流している。
「今日ほど教師であったことに歓喜した日はない。私はこの瞬間、伝説に立ち会っている。彼は間違いなく歴史を塗り替える生徒となる」
やばい昇天しかかっている。
死ぬな戻ってきてくれ。
「ロロア」
「お主は、リーディアか。久しいな」
やはり面識があるようだ。
ハンカチを取り出したリーディアはロロアの鼻水が垂れた鼻を拭いた。
ロロアの口調は年寄りのようだが、声の質は張りがあり若い。
「この漆黒の魔力、そこにおられるのは我が主!」
ロロアは俺の前で恭しく片膝を突いた。
「儂をどうかお側に。必ずやお役に立ってみせましょうぞ」
「えーと、じゃあ契約を」
「その前に血をいただきたい。腹が減っておるのじゃ」
召喚獣が血を求めるなんて初耳だ。
いや待てよ、リーディアの時に生命エネルギーがどうとか。
ナイフで指先を切り、ロロアの出した小さな舌の上に血を垂らしてやる
「美味じゃ。飢えが癒やされる」
「キスじゃなくてもいいのか」
「……? 他の体液からでも接種できるが、普通は血じゃろう?」
俺とロロアはリーディアを見る。
彼女は「誤解です! ほら、記憶が!」と何も言っていないのに言い訳を始めた。
ロロアに飲ませた後、指をリーディアに向ける。
「君も飲みたいんだろ?」
「感謝いたします」
彼女は指に吸い付いた。
ちゅーちゅーといくらか飲み干した後、惚けたようにぼーっとする。
二人にとって生命エネルギーとやらは大変美味しいようだ。
手早くロロアの契約を済ませる。
「聞いてください。私、記憶喪失でして、ロロアなら私について何か――」
「あー、あとあと。まだ目覚めたばかりで頭がぼんやりしておる。しばらく休ませて貰うぞ。うひょう、主の影は気持ちよいな」
ロロアは俺の影へずぶずぶ入って行く。
こいつらは影で過ごすのがデフォなのか。
……狂賢ロロアを手に入れてしまった。
あまり実感がない。現実感がないというか。
果たして俺に二人を使いこなせるのか不安ですらある。
「君は召喚界を背負う人物となる。たったいま確信した。このデロン、身命を賭して教師の役目を全うする所存だ」
「あ、うん」
デロンが別人のように目を輝かせている。
気に入ったら生徒を特別扱いする人物であることはよく知っているが、ロロアを目覚めさせたことで彼の何かがより壊れたというか突き抜けたらしい。
担任教師に忠誠を誓われるってなんだか気持ち悪いな。
とにかく変にちやほやしないでくれよ。
俺は干渉されずのんびり裏切り共を見返してやりたいんだ。
◇
翌日、いつものように登校した俺はお決まりの席に腰を下ろした。
影の中にいるリーディアからバッグを受け取り、中から教科書とノートに筆記用具を取り出す。
本格的に影から出てきたリーディアはなぜか困り顔だ。
「ロロアは起きたのか?」
「まだです。あと五分といいながらずっと熟睡していて」
「起きても寝てるのか」
そろそろ起きて貰わないと訓練できない。
ロロアにはその豊富な知識と経験で鍛えて貰うつもりなのだが。
ランキング戦も近いしさ。
デロンが教室に入り全員が席に着く。
「すでに知っている者も多いと思うが、来月の頭にクラス内ランキング戦が行われる。一位になったグループは上のトーナメントへの参加資格が得られる。針路は自由だが良い働き口が欲しいなら召喚将になっておいて損は無い」
……グループ?
え?
一対一じゃないの?
デロンは黒板に参加に最低限必要なものを書き綴る。
「参加できる召喚獣の数は一人一体まで。グループは三人一組とする。装備に制限はない。使用魔術についても自由だ。『第六階位』を有していたとしても油断することなくしっかり備えておくように」
「心得ております」
「ならばいい。期待しているぞ」
返事をしたヘイオスにデロンは満足そうに頷く。
そして、俺の方へ鋭い眼差しを向けた。
「ランキング戦には稀にだが二年生や三年生も見学に来る。我がクラスの恥さらしとならぬよう十二分に気をつけなさい」
前より対応がキツくなっている。
ロロアを目覚めさせた時はあれほど俺に忠誠を誓ったのに。
よく見ると彼の手が何かを耐えるように震えていた。
もしかしてツンデレられているのか。
『表立って頑張ってと言えないけど影ながら応援してるから』的な奴か。
気持ち悪いな。だがまぁ、雑な扱いを希望したのは俺なのでこれはこれで問題ない。
エリーゼがくすくす笑う。
「せっかくだし参加なさるといいですわ。ぜひとも貴方の無様な負けっぷりを拝見させてくださいな」
「ウィル様になんて口を利くのか。殺すぞ」
「あらあら、第二階位ごときがずいぶん生意気だこと」
リーディアとエリーゼがにらみ合う。
やめろやめろ。喧嘩をするな。
相手にしても無駄にエネルギーを消耗するだけだ。
「リーディア」
「お許しいただければあの女の首をはねて見せます」
彼女を落ち着かせる。
そりゃあ君ほどの召喚獣ならあの二人なんて一瞬で首が飛ぶだろうさ。
けど、ここは学校だ。勝敗は成績でつけなければならない。
それよりも問題はグループについてだ。
仲間になってくれる奴なんて俺にいるのか?
ベンジャミンの件で多少なりとも株は上がったものの、俺が召喚不能者でドッペルゲンガー持ちだってことは変わりがない。他人の召喚した召喚獣を使役している、この情報はどうしようもなく重い足かせだ。
自身で召喚した召喚獣は最初から相性は抜群だ。
反対に引き継いだ召喚獣はその力を大幅に削がれ、百%の力を引き出すには長い時間が必要となる。ただでさえ弱いドッペルゲンガーがさらに弱くなると思えば仲間にしようとは思わないだろう。
これは将来のかかった大事な勝負だ。
本気じゃない奴なんていない。
どうするかなぁ。
誰か組んでくれそうな奴いないのか。
「ご安心を。このリーディア一人で全てをねじ伏せて見せます」
「話を聞いておらんかったのか。これはグループ戦、主は仲間がおらんから悩んでおるのだ」
ようやくお目覚めか。
ロロアが影から姿を現す。
指摘されてリーディアはぷくっと頬を膨らませた。
「こんなところで出てくるな」
「認識阻害を使用しておるから儂のことなど誰も気づかぬよ」
ロロアは俺の隣に座り、教室内を観察してから「ふむ」と声を漏らした。
「主よ。どうやら杞憂に終わりそうだぞ」
「何?」
「とにかく放課後はメンバー探しを頑張るのじゃな。運が良ければ今日にでも」
最後まで語らず再び影へと戻る。
なんなんだ一体。