8話 目覚めを待つもう一人の八獣
本日は休日。
俺は朝から【アルケアの宝杖】の性能を確認していた。
「闇ノ四槍」
「この威力、さすがです!」
凝縮した闇が槍となって射出される。
その威力は以前の比ではない。
槍は二倍に大きくなり大槍と化していた。これでも手加減しているくらいだ。本気で魔力を込めたらどれほどの威力になるのか考えるだけで恐ろしい。
リーディアは攻撃をたやすく躱し、避けきれなかった槍も一瞬で剣によって切断する。
あいつも相当に恐ろしい存在だ。
味方で良かったと心の底から思う。
俺は攻撃の手を止め休憩しようと声をかけた。
「良い杖でございますね」
「昨日の夜、イジってて気が付いたんだが――」
杖に念を送ると槍に変化した。
この武器は二形態を有した特殊な武器のようだ。普段は杖として使用しいざとなれば槍として扱う。わざわざ持ち替える必要がなく便利な装備だ。
「ところでウィル様は手始めにこの学院のトップになられると仰っておりましたが、いかような方法でそれを達成されるおつもりなのでしょうか」
手始めに? 手始めってなんだ?
次があるなんて伝えた覚えはないが。
まぁいい。彼女にはそろそろ教えておかなければならないと考えていた。
「この学院には六つの科がある。魔術科、剣武科、召喚科、魔工科、薬学科、建築科、これらの科には必ず一人『将』がいてその上には『総大将』が存在しているんだ」
「ではその総大将になることがウィル様の目的なのですね」
「総大将は生徒の実質トップだ。特別な待遇が受けられ緊急時には各科を指揮する権限が与えられている。主席だろうと生徒会長だろうとこの命令には逆らえない」
総大将になった者は例外なく輝かしい未来が約束される。
活躍するエリートのほとんどが過去に将を経験しているそうだ。
総大将ともなれば卒業前から各組織によるスカウト合戦が行われる。そして、その特別扱いは身内にすら及び、家族というだけで貴族社会で特別視される。
当然、名家やその他貴族は死に物狂いでこれを狙いに来る。
国内はもちろん国外も注目する別格の頂点だ。
興奮してしまった。落ち着こう。
「いきなりトップは狙えないのですよね?」
「そこだ。総大将――『竜将』になるには、まず将にならなければならない。将になるには今の将を倒さなければならないのだが、そこに至るまでにいくつかハードルが設けられている」
召喚科の王、『召喚将』へ挑むには、クラス内ランキングで一位になり、月に一度開催される将戦トーナメントで勝ち残らなければならない。
このトーナメントには一年から三年全ての学年から強者が出てくる。
しかも今年の三年生は化け物揃いと聞く。なんせ俺の兄がいるクラスだからな。そりゃあ普通にはならない。飛び抜けて強い奴は周囲も変えてしまうほどの力がある。俺はそれを嫌ってほど見てきた。
ちなみに竜将になると自動的に将の席から外されるので、現在の召喚将は兄ではない。
「我々がやるべきはクラスランキング一位の獲得ですね」
「そのくらいは簡単に成し遂げないといけないだろうな。先を考えれば」
杖を縮ませ懐に入れる。
【アルケアの宝杖】は伸び縮みも可能なので本当に便利だ。
不意に人の気配がして俺は攻撃姿勢をとった。
「休日まで鍛錬とは感心だ」
「デロン先生ですか」
デロンはアイスキャットと共にこちらへやってきていた。
彼は落ち着いて話をしたいのか、近くの倒木に腰を下ろす。
「ベンジャミンの件の褒美として一年間の学費が半額になるそうだ」
やった。半額でも嬉しい。
これで貯蓄を生活費にあてられもう少しまともな生活ができる。薬学科の生徒へ頭を下げて野菜を恵んで貰ったり、学食でカビの生えたパンを頭を下げて貰ったりしなくて済む。
あ、涙がこぼれそう。
「君の兄上に会ったよ」
「相変わらず己が頂点のようなすました面をしていたのでしょう」
「彼にはそう言えるだけの力がある」
否定はできない。兄は誰もが認める天才だ。
俺も彼に憧れ彼のようになりたいと努力してきた。
さすがエルフェルの弟だと賛辞される未来を追ってここまで来た。
ところが現実は背中を追うことすら許されていなかった。
すでに捨てた夢だが、ゴミ箱の中を覗くとやはり悲しさのような感情はどうしても湧く。
「話は変わるのだが、君はもちろんクラス内ランキング戦に出るのだよな?」
「ええまぁ」
「ならば私などより何倍も卓越した教師を手に入れるべきだ」
デロンが口角を鋭く上げる。
◇
深夜の学内。
俺とデロンは明かりも付けず敷地を歩く。
「知りませんでした。学院に異形八獣がもう一体いたなんて」
「伝説の召喚獣は目覚めていなくともあるだけで人に多くの影響を及ぼす。そこで学院はできる限り確保して世間から隠したのだ」
表向きの理由だろうな。
実際は召喚士が集まるこの学院で、主となる適合者を探しているだけだろう。
召喚獣は戦力であり兵器だ。寿命も人よりも永く、眠りにつかせれば数百年でも数千年でも使用できる。安定して量産できる専門魔術師に比べ、未だ不安定な戦力ではあるものの戦況を一変させるだけの力を秘めている。
デロンは校庭の近くにある小さな建物へと近づいた。
ここは、立ち入り禁止の建物。
リーディアがいた場所と外観がよく似ている。
デロンは鍵を取り出し施錠を解く。
「なぜ私が開けられるのかって顔だな」
「もしかして」
「想像した通りだ。私は異形八獣が封印されている建物の管理者に任命されている。宮廷召喚士が挑戦にでも来ない限り鍵を貸すことも開けることもないのだが」
腑に落ちた。デロンがリーディアにいち早く気が付いたのは管理者だったからだ。
彼女の顔を知っていて当然じゃないか。
二人で階段を下りる。
最下層の扉を開けると記憶に新しいあの感覚が襲う。
地下を満たす濃すぎる魔力。重く身体にのしかかり目眩がした。
リーディアの時よりも魔力が濃い。
「ここに封じられているのは」
「狂賢ロロアだ」
げぇ。ロロア。
召喚獣でありながら魔術を操りあの『聖天十二召喚獣』とも渡り合ったという。
専門魔術師達が唯一畏敬の念を抱きかしづいた異端の召喚獣。
四方より鎖で縛られた魔力を漂わせる青い岩。
岩の足下には魔力の流出を抑える封印の陣が今も鈍い音を響かせ作動している。
「ロロア、ロロアではありませんか」
影からリーディアが姿を現す。
彼女は陣の内側へと入り駆け寄った。
「起きなさい。ロロア」
彼女は岩を叩く。
岩の中にいる黒い布を纏った人のような存在は微動だにしない。
「ロロアを目覚めさせればランキング戦の助けになるだろう」
「いいのですか。俺は召喚不能者の出来損ないですよ」
「君以外に誰に可能性があると言うんだ。君は君を捨てた全てを見返すのだろう。ならばさらなる成長で私を驚愕させてくれ」
こいつ、完全に俺が目覚めさせると信じてる。
変な期待をしないでもらいたいのだが。
異形八獣を複数使役した者は歴史上一人としていない。
召喚者と召喚獣には相性が存在する。
あっちもこっちも全て使役、なんてのは不可能だ。
ただ、異形八獣はないが他の伝説の召喚獣を複数使役していた者はいたらしい。相性さえ良ければ異形八獣も複数使役は可能だと思うのだが。
「ロロア、目覚めろ」
岩に触れて呼びかける。
反応はない。
ほらな。世の中そう都合良く――。
ぴきき。
岩にヒビが入った。