6話 腹が立ったのでダットの頬を叩いておく
念の為にクラスメイトがちゃんと生きているか確認を行っておく。
全員に脈があるのを確かめた後は綺麗に並べた。
毒粉や毒ガスを使用されていたら危うかった。ただし、そうなればベンジャミンもただでは済まなかっただろう。できる限り生きたまま生徒を手に入れたいその思惑と手段がたまたま有利に働いただけだ。
「あの二人がおりません」
「あ? ああ、ヘイオスとエリーゼだな。そういえば先に行くとか言ってたくせにどこにもいなかったな」
どうせ寄り道して乳繰り合っているのだろう。
ふん、羨ましいな。俺なんか手を握ったことくらいしか――おっと、キスと膝枕耳かきが経験済みだった。なんだ俺も大人の階段を上っていたのか。
無事が確認できたのでさっそく探索開始。
アルケア遺跡はすでに隅々まで調べ尽くされていると聞くが、新たな何かが出てくる可能性は充分にある。
なぜなら魔術師はあれこれ隠すのが大好きだからだ。
それは召喚士も同じ。
魔術の痕跡から辿るのは困難だろう。
それならとっくに学院が見つけている。
「君の力で不自然な点を見つけられないか」
「あの壁の中に何かあるようです」
壁の中だと。
竜種のレリーフが刻まれた壁面。
さわさわ探ってみるが、どこかが開いて取り出せそうな感じはない。
面倒だな。よし壊そう。
全てベンジャミンのせいにするんだ。
「壊せ」
「はっ」
リーディアの右ストレートが壁を破壊する。
レリーフが崩れ奥に一本の杖があった。
遺物だ。これを売れば学費どころかしばらく遊んで暮らせる。
杖を抜き取り握る。
不思議なほど魔力が杖になじむ。魔力のコントロールも格段に良くなり今まで以上の威力で魔術を撃てそうな気がする。
あ、これ売れないかも。
レインズ家の家宝並み……訂正。それ以上だ。
実際、どの程度の性能かはまだ不明だが。国宝級ではないだろうか。
でも、売れば一生遊んで暮らせるだけの金が……悩む。
とりあえずこれは【アルケアの宝杖】と呼ぶことにしよう。
「うっ」
まずい。デロンが目を覚ましそうだ。
杖を隠さないと。
焦りを覚えつつさっと後ろへ隠した。
「そうか、ベンジャミンを倒したのか」
「あ、ああ、俺には雑魚だったな」
「魔力量が多いとあのようなこともできるのか。羨ましい限りだ」
デロンは苦笑する。
「貴方は少ないのか?」
「平均を下回るくらいにはな。知識や技術はあっても肝心の魔力がなければ、先ほどのように召喚獣を助けるどころか足手まといになってしまう。力業にばかり頼るのは愚かだが、時にはそれも必要だ。ところで、私が倒れる前に何があった?」
彼は壊れた壁を見て怪訝な表情となった。
やばっ。疑われている。
修復術が使えれば直せたのだが。
彼は立ち上がって壁に向かって呪文を唱える。
みるみる床に落ちていた破片は元の位置に戻り復元されてしまった。
これこそ高等魔術『修復術』だ。
一年ではまだ教えて貰えない術だ。
「目覚めの術は使用できるな?」
「ええ」
「一人ずつ目覚めさせる。異常があれば知らせてくれ」
俺達は術で一人ずつ覚醒を促す。
お、こいつはダット。
目覚める前にビンタしておくか。
前回のトロールの件。
グリフォンの自慢の件。
それから顔がムカつく件。
三回叩いてから目覚めの術を使う。
「ふわぁ、あれ、頬がめちゃくちゃ痛い」
ダットは首を傾げる。
◇
俺達は遺跡の外へと出る。
デロンも含めて全員が無事に意識を取り戻したのだ。
「ありがとう。君が助けてくれなかったら死んでたよ」
「まじサンキュウな。グリフォンに乗せてやってもいいぜ」
「命の恩人だわ。今までのことを詫びさせて」
クラスメイトから感謝の言葉を次々に向けられる。
俺は苦笑しつつ内心で舌打ちしていた。
実はベンジャミンを倒したのはデロンだと周知するつもりだったのだ。だが、そのデロンが先に「ウィルの召喚獣が倒したのだ」と教えてしまったのである。
先にデロンを口止めをするべきだった。
以前の俺ならいざしらず、今の俺は感謝など鳥肌ものだ。
気持ち悪い。どうしてお前らそんなにきらきらした顔でこっちを見るんだ。
デロンがやってきて小声で謝罪する。
「すまない。口が滑った」
「わざとですよね」
「そんなことはない。確かに将来性抜群の君を優遇したくてたまらないが、約束を破るほど私は落ちぶれていない。しかし、改めて礼を言う。助かった」
デロンの額から汗が流れ落ちる。
彼の召喚獣は風を使う相手とは非常に相性が悪い。
特に『第四階位』の精霊種シルフとは最悪の相性だ。
「弱いのによく頑張りましたね」
「うにゃ」
リーディアはアイスキャットと戯れていた。
弱くないからな。
そいつ『第四階位』だからな。
ばさっ。ずずん。
レッドドラゴンとフェニックスが今頃ご到着だ。
二人はつやつやした顔で意気揚々とこちらへと向かってくる。
分かる分かるぞ。お前ら乳繰り合っていたな。
「先に到着していたのですが、待てども待てども一向に来ないのでその辺りを優雅に散歩しておりました。もしや今頃到着ですか」
「ふふ、皆さんずいぶんお疲れの様子ですね。あ、ゴミもいたのですね」
エリーゼは微笑みから無表情となる。
ヘイオスもあえて声をかけないが侮蔑の目を向けていた。
「ヘイオス・バイツにエリーゼ・ノウェスの両名には、授業の途中離脱による厳重注意を与える」
「この僕に厳重注意だと!?」
「おかしいですわ! わたくし達はちゃんと間に合いましたもの!」
『厳重注意』は教師が生徒に与えるペナルティの一つだ。
これを三つ与えられると停学となる。
名家の子息にとって厳重注意は貰うだけでも大変不名誉なことなのだ。もし三つ貰って停学でもしたら、ヘイオスは勘当されてしまうかもしれないな。そのくらいヤバいものをあいつらは貰ってしまった。
デロンは冷めた目で二人を見下ろす。
「間にあってなどいない。授業はすでに終わっている。今までどこで何をしていた。重要な屋外授業だと伝えられていたのではないのか。どうなんだ」
「「……も、申し訳ありません」」
二人は大人しく謝罪した。
デロンだけでなくクラスメイトも二人に冷たい視線を向ける。
「今回の騒動を解決したウィルには、学院から褒美があるだろう。期待しておくといい」
お、それは嬉しいな。
ちょっとムッとしたが口を滑らせてくれてありがとう。
「なっ!? このゴミに褒美!?」
「どういうことですの!?」
遅れてきた二人は混乱していた。
ベンジャミンの件、知らないもんな。仕方ない。
二人はぎゃーぎゃー騒ぎ始める。
「なぁ、飯にしようぜ! 腹減ったよ!」
ダットの声が響いた。
ナイスダット。さっきは叩いて悪かった。
二人を除いた全員が賛同し敷物を広げて昼食の準備を始める。
俺とリーディアも敷物を広げそこに座った。
晴れた草原で食べる昼食はきっと最高だ。
「なんなんだ褒美とは!」
「無視しないで!」
騒ぎ続ける二人を放置して俺達は楽しく食事を始めた。






