5話 アルケア遺跡見学
アルケア遺跡を目指し一同歩き続ける。
遺跡は学院から徒歩二時間の所にあり、一年生の屋外授業に必ず組み込まれる場所だ。
野生の動物に襲われる可能性もある為、移動の際は常に召喚獣を近くに置いている。
そのせいか徒歩を嫌って騎乗して移動する者も多かった。
「見ろよ俺の新たな召喚獣。トロールなんかより何倍も格好いいだろ」
ダットが新しく召喚した召喚獣を自慢している。
というか出発してからずっとあの調子で誰もがすでにうんざりしている。
ちなみに新しい召喚獣は『第四階位』のグリフォンだ。
逆に格を上げるとは地味に恐ろしい奴。
しかも自慢するだけあってグリフォンはカッコイイ。
癪だが気持ちは理解できる。
「なぁ、いい加減黙っててくれないか。僕のレッドドラゴンがお前のグリフォンを食い殺してしまいそうだ」
「ひぃ!?」
イラつくヘイオスがダットを脅す。
真っ赤な鱗に覆われたレッドドラゴンが獰猛な目でグリフォンをひと睨みした。
真上を大きな影が通過し、流れるように炎を纏う大鳥が着地する。
その背中にはエリーゼが乗っていた。
「ヘイオス、もっと余裕のある態度をとらないと。貴方はあのバイツ家の嫡男でありわたくしの婚約者なのですよ」
「ゴミが騒がしいとイラつくんだ。どうしていちいち歩いて移動しなければならない。飛行ができる僕らは現地での合流でかまわないはずだ」
「と、わたくしの婚約者が申しておりますが……いかがですかデロン先生」
エリーゼがデロンへ許可を求める。
今回の屋外授業には召喚歴史学の担当教諭であるベンジャミンだけでなく、担任で高等召喚学の教諭であるデロンが同行していた。
「好きにしなさい。君達なら問題ないだろう」
デロンは俺をちらりと見て『これでいいか』と無言の許可を求めた。
もちろんオーケーだ。
俺は今まで通り粗雑な扱いを受け入れるし、あいつらには特別待遇のままどんどん鼻を伸ばして貰いたい。
その方が落としたとき楽しいからだ。
「ははははっ、デロン先生は僕らの扱いをよく心得ておられる。我らは至高の『第六階位』に選ばれた者、ここにいるゴミ共とは別格なのだ。先に行かせてもらう」
レッドドラゴンは飛膜を広げ大きく羽ばたく。
激しい風が巻き起こり砂埃が俺達の身体を叩いた。
エリーゼを乗せたフェニックスも大空へと舞い上がり二頭は小さくなって行く。
影からぴょことリーディアが顔を出した。
「今なら事故として始末できますが?」
「あの二頭を相手に勝てそうか」
「余裕です」
しばし思案して「やめておけ」と返事をする。
倒せるに越したことはないが、今はその時ではない。
ところでその中涼しそうだな。前々から思っていたが影の中ってどうなっているんだ。
「やっぱグリフォンはいいよな。トロールとは大違いだぜ」
またダットが自慢している。
到着するまで聞かされるのは御免だ。
俺は彼に近づき囁く。
「グリフォンの次は何が出てくるんだろうな」
「ひぃいいいいいっ!? 許してください、もう馬鹿にしたりしませんから!」
それっきりダットは一言も喋らなくなった。
◇
無事にアルケア遺跡に到着。
そこは壁だけが残った瓦礫だらけの場所であった。辛うじて苔のむしたドラゴンの石像がありここが先史文明の名残であることを知らせる。
何もない場所、そう思うのは素人だ。
魔術師や召喚士にとってここは古代の英知が眠る黄金の山。
何気なく置かれている石像も意味があるし、雑草が生え放題となっているこの石畳もただ敷いたわけではない。かつてあった建物だって我々の知らない多くの古代技術がふんだんに使用されていただろう。
真面目に魔術と向き合っている奴ほど、これを見ると興奮が止まらない。
「はぁはぁ、たまんないぜ」
「私の脳みそがうずく」
「へへ、へへへ、ぺろぺろしていいかなぁ」
「おほぉ、おほほおおおおお!」
クラスメイトの大半がヤバい状態になっていた。
俺もニヤけていることに気が付き急いで元の顔に戻す。
ところで舐めるのはお勧めしない。間違いなくお腹を壊すぞ。
「おーい、全員こっちに来い!」
ベンジャミンが階段を指さして呼んでいる。
どうやら地下が本当の遺跡らしい。
「到着だ。ここがアルケア遺跡のその中心である」
ベンジャミンが一際大きい部屋で足を止めた。
アルケア遺跡は石造りの地下構造物だった。
内部にはいくつかの部屋があり通路が部屋と部屋を繋いでいる。構造自体はそれほど複雑ではなく歩いてきた道筋から考えると巨大な陣を描いているのではと予想できる。
この遺跡自体が巨大な召喚陣なのだろう。
現在、我々がいる部屋は陣の中心であり、部屋の中央には円形の舞台のようなものが置かれていた。舞台の周囲には六つのクリスタルの柱が埋め込まれており、その内五本は半ばからぽっきり折られていた。
他にも天井には無数の石がはめ込まれ星空を表し、壁には召喚獣らしき数多くのレリーフがあって目をひいた。
「現代の儀式場によく似ている」
「我が国の儀式場はここを参考に作られている」
デロンがすっと横にやってきてひとりごとのように呟く。
俺に教えてくれているのだろうが、周りの目を気にして態度は素っ気ない。
「さーて、始めようか」
ベンジャミンが不穏な空気を漂わせる。
彼は召喚獣を喚び寄せるとすぐさま命令を下した。
「呼吸をできなくしてやれ」
「ウィ」
室内の空気が出入り口から外に向かって流れ出す。
息苦しさに立ちくらみのような感覚を覚えた。酸素濃度の低下だ。
あれは精霊種。それも風の精霊だ。
まずい。今すぐ逃げなければ。
「逃がすわけないだろう。石結界」
出入り口が分厚い石で閉じられた。
空気は室内で渦を巻き始め、なおも息苦しさは増すばかり。
ばた、ばたた。クラスメイトが次々に意識を失い倒れる。
「なぜこのような。ベンジャミン!」
「しぶといなデロン。なぜって決まっている。ここで実験をするのだ。一人として起動させることができなかった古代召喚陣を、このベンジャミンが、今日、起動させるのだ」
「うぐっ、アイスキャット。あれを止めろ」
デロンの召喚獣『第四階位』のアイスキャットが「シャァァ」と威嚇する。
体長二メートルほどの青白い大型の猫は、冷気をベンジャミンへとぶつけた。
しかし、極寒の風は軌道を変えられデロンへと直撃する。
「相性が悪いのを忘れたか。だからこそ同行者に貴殿を指名したのだがな。ふははははは」
「ベンジャミン、貴様。生徒をどうするつもりだ」
「その血と肉と魂を儀式場へ捧げるのだ。長年こう考えていた。なぜ血と魔力を捧げるだけで異世界にいる存在を連れてこられるのか。我々は召喚に対しあまりに無知だ。故に考えた。考え続けた。逆だったのだ。血と魔力を捧げたから喚び出せたのではない。血と魔力しか捧げなかったから不完全となっていたのだ」
ベンジャミンは語ることに夢中で俺に気づいてもいない。
その方が好都合なので一向にかまわないのだが。
ふむ、なかなか面白い考えだ。
確かに我々は古代文明が編み出した術を改良して使用しているに過ぎない。明確に仕組みを理解しているわけではないのだ。彼の言葉を一概に否定することもできない。
つまり要約すると、古代召喚陣が起動しないのは召喚に足るだけのエネルギーが不足していたから。だから生徒でそれを補おうとしている。
だがしかし、生け贄の類いはすでに誰かが試しているだろう。
魔術師は冷酷な生き物だ。それくらいのことはする。
いや、数人じゃなく数十人、数百人規模だとしたら?
やめておこう。ここでいくら考えてもただの仮説。
それに俺は小物だ。大量の犠牲を出してまで古代召喚を行う覚悟もない。
そうこうしている間にデロンの身体は凍り付き始めていた。
「そうか、貴様、古代魔術研究会の――」
「今頃察したか。遅い遅い。さぁ、ここにいる全ての贄を使って実験だ。何人捧げれば起動するのだろうなぁ。楽しみだ」
充分情報も得られた。そろそろ始末していいな。
それにもう昼だ。弁当を食わないと。
「有意義な講義感謝いたします。ベンジャミン先生」
「貴様は、ウィル・レインズ!? なぜ倒れていない!」
「これですか? 簡単な話です。貴方の周囲の空気を少しずつ奪っているのですよ」
危なかった。咄嗟に風の魔術で対抗できた。
少しでも遅れていたら俺も同じように倒れていた。
「馬鹿な! 精霊の力に抗っているだと!?」
「きちんと生徒の能力を把握しないといけませんよ。先生。俺は魔術こそそこそこですが、魔力量だけは桁違いに多いんです。こうやって効率を無視した強引な干渉も短時間ならできるんですよ」
ニヤリと笑って見せた。
「リーディア」
「はっ」
影からリーディアが姿を現す。
彼女を見た精霊はガクガク震え始めた。
「やっていいぞ」
横一閃。
リーディアの剣が精霊とベンジャミンを斬る。
渦を巻いていた風は解除され室内に酸素が戻り始める。
ぎりぎり意識を保っていたデロンも完全に倒れてしまった。
俺は爆炎の魔術で出口を塞ぐ壁を破壊。
「これからいかがいたしますか」
「せっかく全員眠ってくれているんだ」
今の内に探索しないとな。
遺物でも見つけられれば金欠は解消だ。
くくく。さて、どこから探ってみようか。