35話 竜将戦4
エルフェルの身体能力はまさしく竜であった。
イグニスドラゴンではできなかった動きを可能とし、融合したことにより命令を理解する時間も必要としない。確かに奴の言う召喚士の究極ではないだろうか。
苛烈なリーディアの剣を腕と鱗で逸らすエルフェル。
さすがだ。魔術だけでなく体術も高いレベルで身につけている。
竜の肉体により技術は神業へと昇華していた。
「これで対等とは、さすが異形八獣。私が追い詰められたのも頷ける。どうだ、ウィルを始末した後、私の召喚獣にならないか?」
「笑止。我が主はウィル様のみ」
「っつ!?」
リーディアの剣がエルフェルの拳を縦に深く切り裂く。
間髪入れずもう片方の剣で首を狙うが、エルフェルは上体を反らすように躱すと、残った手で熱線を至近距離から撃つ。
刹那に飛び下がった彼女は、無数の漆黒の剣で壁を創った。
熱線は軌道を逸らされ上空へ流れた。
背後にいた俺は死角から転がり出ると、アルケアの宝杖で魔術を放つ。
「闇水弾!」
「炎盾」
闇で強化した水の弾丸を撃つ。
奴は炎の盾を創り出しこれを防いだ。
やっぱり。イグニスドラゴンと融合した影響で得意な属性も変化したんだ。あからさまに水を嫌がっている。水魔術はあまり得意ではないが、宝杖の効果に加え闇で強化すればそこそこ使える威力になる。
「爆ぜろ。爆炎群」
「黒剣刺射!」
「闇大壁」
無数に創り出された炎の球が、漆黒の剣と闇の壁にぶつかって爆発する。
恐ろしいことに奴は詠唱を必要としない。
イメージするだけで発動させることができるようだ。
これも竜種の影響だろう。
今の奴は莫大な魔力を保有しながらほぼゼロタイムで魔術を使用することができる。
長期戦に持ち込まれれば俺は死ぬ。故に超短期決戦である。
爆発に耐えきれず闇の壁が崩壊する。
だが、すでに次の術は用意してある。
リーディアの肩に掴まり高く跳躍した。
眼下のエルフェルに向かって特大の術を放つ。
「闇王ノ突撃槍!!」
長大な闇の槍が出現する。
槍は魔力によって空気の壁を越えて飛んだ。
すさまじい衝撃波が発生する。
「こんな奥の手を用意していたのか。先ほどの薬、だけではないな。やはりその杖、未報告の遺物だな?」
「止めた、だと?」
闇王ノ突撃槍が炎の防御魔術で防がれていた。
今も矛先と盾が不快な音を響かせ拮抗している。
「治ったようだ」
片手で槍を防ぎながら奴は、完治した腕の感触を確かめていた。
異常なまでの再生能力、この戦い腕や脚を切り落とすだけでは終わらない。首を切り落とし確実に殺さないとこちらがやられる。
リーディアが舞台に着地し、素早く後方に下がった俺は次の術を構築する。
「焼射」
槍は熱線によって消え失せた。
観客席から舞台に着地したエルフェルは口角を鋭く上げる。
「以前より満たされた気分だ。私はようやく本当の私になれたのかもしれない」
「人食いの化け物になりたかったのか」
「……? 人など喰った覚えはない。肉を喰らったんだ」
こいつ、本当にもうダメだ。
人が人に見えていない。
たぶん俺を認識できているのは敵だからだ。
もう時間がない。
薬の効果が切れる前に倒さないと。
「ウィル様、最大の術の御用意を」
「だがまた防がれたら」
「大丈夫です。助けが来ました」
上空から無数の氷の矢が降り、エルフェルに直撃する。
「これは!?」
矢は鱗に弾かれるも、床に刺さった矢から冷気が放出され、エルフェルを取り込みながら氷が増殖するように広がる。さらにガーディアンマーメイドの冷気の渦が、彼の熱をさらに奪う。
それでも拘束するには至らない。
氷を粉砕してエルフェルはリーディアへ熱線を放つ。
「おりゃああああ! 反射術!」
クリムゾンウルフに乗ったジフが熱線を跳ね返す。
跳ね返った熱線は奴の顔に当たり爆発。一方のジフも跳ね返せる限界を超えていたらしく、ウルフと共に後方へ吹っ飛んだ。
「ジフ!」
「勝ってくれ。ウィル、オレ達の大将だろ」
チャンスを逃さなかったリーディアが、肉薄して奴の右腕を斬り飛ばす。
一時退避を選択した奴の足を氷の矢が止めた。
残る片腕が俺へ向けられるが、上空を黒い巨鳥が通過するとアルマが着地と同時に剣で切り落とした。
「ワタシも協力させて貰うよ」
両腕を失ったエルフェルは大きく息を吸い込む。
ブレスの予備動作だ。
大きく開けたその口が魔術によって強制的に閉じられる。
「閉口術だ。防御をおろそかにするとこうなる」
どこからともなく姿を現したのはインビジブルこと魔術将だ。
恐らく他の将も闘技場の外でドラゴンと戦っていると予想する。
構築完了した魔術をアルケアの宝杖で最大まで強化する。
「全員離れろ! 闇王ノ突撃槍!!」
空気の壁を抜け槍はエルフェルの胸を貫通する。
さらに闘技場の一部を丸くえぐり槍は彼方へと消えた。
ぼとん。
エルフェルの頭部が床に転がる。
最後にリーディアが切り落としたのだ。
念には念を入れて。竜種の生命力は並みではない。
「勝った! ウィル君が倒したよ!」
観客席で跳びはねるレイミー。
あ、そこにいたんだ。
意識して探さないと未だに気配が掴めない。
そうだ! ジフ!
「回復薬だ! 早く飲むんだ!」
「サンキュウ。うげぇ、苦い」
「君はもう少し賢くなったほうがいい。反射できなければ死んでたんだぞ」
「でも、できただろ?」
彼の返事に呆れる。
しばらくして二頭のドラゴンらしき悲鳴が聞こえた。
無事討伐できたようだ。
「こちらも倒したようだな」
「ええ、なんとか」
戻ってきたデロンが安堵したように微笑む。
「今回の件でレインズ家は厳しい立場に立たされるだろう。もしかしたら君の一族復帰もあり得るかもしれない」
「俺を次期当主に据えて被害者アピールですか」
「可能性の話だ。どう出るかはまだ判断できない。それよりも早急に調べなければならないことがある」
「エルフェルの使用した術の出所ですね」
ロロアは禁忌の古代魔術と言った。
そんなものをあいつはどうやって手に入れたんだ。
やはり古代魔術研究会とやらが関わっているのだろうか。
もしかしたらベンジャミン以外にもいるのか。
古代魔術研究会の一員が。
「ひとまず休みたまえ。ここは教師でなんとかしておく」
「感謝します」
「お、おお……」
素直に感謝をしたら目を丸くされた。
◇
エルフェルの暴走後、予想通りレインズ家は各家から激しい突き上げを喰らい、彼の一族は一転して厳しい立場に立たされることとなった。
反対に俺は栄光を手にしていた。
「イゼリア魔術学院の頂点として、如何なる時も堂々と振る舞い、如何なる時も模範となる、弱きを助け強きをくじく将にふさわしい姿を望む。数々の試練を乗り越えた貴殿にいまこれを贈ろう」
「謹んで拝受いたします」
学長から竜将のマントを授かり身につける。
濃紫色のマントを翻し、壇上から全生徒へ新しい竜将の誕生を知らせる。
拍手は大波となって会場を埋めた。
結論から言えば試合は俺の勝利となった。
エルフェルが自ら場外へと出たことが決め手となったのだ。
先に俺が負けていたらどうなっていたか。
しかし、呑気に喜んでもいられない。
実は学院の上層部にリーディアとロロアの正体がばれたのだ。
あれだけ派手にやれば隠せるはずもなく。
試合の次の日に廊下で学長のハウゼスから「いやぁ、異形八獣を二体も持っていたんだね」と笑顔で声をかけられた。
デロンも何故報告をしなかったのだと怒られたらしい。
すでに学院の上層部は世間に周知することを決定しており、今後俺の元に報道関係者やらスカウトやらが押し寄せてくることが予想される。
さらに各家が接触してくるだろうとも教えられた。
目的は養子だ。
これから各家の俺を巡る争奪戦が勃発するとかなんとか。
学長には余計な火種を作ってもらいたくなかったと文句を言われた。
文句はレインズ家に言ってくれ。俺は追放されただけだ。
「ウィル君、彼らに挨拶を」
「はい」
拡声器の前で俺は高々と杖を掲げた。
「ざまぁ」
第一部 【完】
お読みいただきありがとうございました。
本作はひとまずここで終了といたします。