34話 竜将戦3
イグニスドラゴン。
一説ではレッドドラゴンの希少個体が成長した姿と言われている。
別名『焦熱竜』とも呼ばれ、その肉体からは常に紙を瞬時に発火させてしまうほどの熱が放出されているそうだ。
イグニスドラゴンは邪魔な二頭を場外へと蹴り出し、俺達を威嚇するように大きな飛膜を広げた。
「こいつのブレスは恐らく貫通する」
「脅しか」
「無論、脅しだ」
ダメージを引き受けてくれる身代わり人形にも上限値が存在する。
奴が言う貫通とは、上限値を超えてダメージを負ってしまうことを指す。
まぁブレスを受けると死ぬってことだ。
「敗北を認めても誰も責めやしないだろう。貴様にしてはよくやった。褒美として私から父上に再考できないか聞いてやる」
「俺を一族に戻すつもりか」
「嬉しいだろう? 再び家名が名乗れるのだ」
「伝えたよな。お前を倒してレインズ家をぶっ潰すと。俺みたいな小物ってのは小事に全力注ぐんだよ。復讐心を忘れて冷静になんてならない。敵と認めた奴には堂々と卑怯に必ず負けを認めさせる」
「理解できないな。この状況でまだ勝ち目があるとでも?」
エルフェルの慢心が垣間見えてニヤリとする。
己の魔術とイグニスドラゴンなら二十六大召喚獣相手でも勝てると思っているようだ。もしかしたら本当に勝てるのかもしれない。
ただ、俺の使役する召喚獣は二十六大じゃないんだ。
「リーディア、ロロア、見せてやれ」
「はっ!」
「承知じゃ」
リーディアの周囲に百を越える漆黒の剣が創り出される。
両手にもそれぞれ剣が握られ濃密な魔力が嵐のごとく吹き荒れる。
ロロアの纏った布から無数の黒い球が出現した。球の表面に一本の線が走ると、ぱかりと開いて不気味なくらい綺麗に並んだ白い歯が露わとなった。球はそれぞれ詠唱を始める。
「イグニス、今すぐ排除しろ」
「グォオオオオオオオオオオオオ!!!」
三割の力を見せてやれ。
鋭い爪が振るわれるもリーディアはひらりと躱して見せる。
俺も一時後方へと下がりとっておきの詠唱を開始した。
「幻影斬り」
払うように振るわれた尾撃がリーディアを直撃する。
が、攻撃は彼女を通り抜け、イグニスドラゴンの尾には無数の斬り傷ができていた。
彼女が得意とするカウンター技だ。
イグニスドラゴンは魔力で創り出した炎を身に纏い、さらに炎の渦を創り出しリーディアを閉じ込めてしまう。
「黒剣刺弾」
「グガァッ!?」
炎の渦の中から漆黒の剣が矢のごとく飛び出す。
剣はドラゴンの肉体に次々に刺さりマグマのような高熱の血液をまき散らした。
彼女は一太刀で渦を切り裂き、凜とした姿で銀髪をなびかせる。
一方、エルフェルはロロアと熾烈な魔術戦を繰り広げていた。
「なんだこの召喚獣は! 人のように魔術を操るだと!?」
「くくく、はよう次の詠唱を始めぬと手詰まりとなるぞ」
「雷千針、雷縄縛、雷壁!」
電撃の針が飛び、電撃の縄が絡みつき、雷撃の壁が攻撃を防ぐ。
だが、それでもギリギリだ。エルフェルは普段からは想像できないほど冷静さを失っていた。
拡張系補助魔術の最高『三重詠唱』を使用したにも関わらず押されているのだ。
ロロアの使用する『七重起動』により数では完全に負けていた。
「グォオオオオオオッ!?」
「イグニス!」
リーディアとの戦いに負け、イグニスドラゴンは倒れる。
雷撃を跳ね返されたエルフェルも弾き飛ばされ激しく床を転がる。
どちらが優勢なのかは誰が見ても明らか。
奴は選択を誤ったのだ。
本気を出すのが遅すぎた。
ふらつく足でエルフェルは立ち上がる。
「負けを認めろ、エルフェル」
「召喚獣に助けられて勝利宣言か」
「それが召喚士だ。結果が全てなのは……一番よく知っているだろ?」
「結果か。そうだな、結果が全てだ」
エルフェルが詠唱を始める。
リーディアとロロアは俺を守るように壁となった。
この状況で何をするつもりだ?
「我が人生において一点の敗北もあってはらないない。私は無敗の最強でなければならないのだ! たとえ人を捨てたとしても!」
「こやつ何を、まさか!?」
「イグニス、その身を私に捧げよ」
エルフェルとイグニスドラゴンが眩く輝いた。
二つの白光は一つに融合され人を形作る。
「何が起きている!?」
「まずいぞ主よ。今すぐ観客を避難させるのじゃ」
「ロロア、説明をしなさい」
「召喚大戦には数多の危険な術が使用された。あやつが発動させたのはそれだ。禁忌と呼ばれた古代魔術の一つ。だが、終戦後、各国が協力して全ての情報を抹消したはずじゃ。なぜあやつが使えるのじゃ」
ロロアをここまで動揺した姿を俺は見たことがない。
それほどまでにヤバい術なのか。
「古代魔術の名は『覚醒融合』。力を得ることにのみ特化した獣を創り出す魔術じゃ」
光が収まりエルフェルの新しい姿が露わとなる。
紅の鱗に覆われた人型。背中には竜種らしい翼が備わり太い尻尾もあった。
顔立ちは以前と変わらないものの、加えて目は黄金に輝き、僅かに開いた口から鋭い犬歯を覗かせていた。
エルフェルはその場から消え失せ、直後に轟音が観客席から響く。
「嘘だろ……」
奴は観客の首筋に噛みつき血を啜っていた。
観客席と舞台の間には強力な結界が存在している。
それをたやすく貫通し外に出たのだ。
観客席では一瞬の間の後、すさまじい悲鳴と共に生徒達が逃げ始める。
想定外の事態に教師達も混乱し動けずにいた。
その間もエルフェルは逃げ惑う者を捕まえては血と肉を喰らう。
まるで血に飢えた獣じゃないか。
あれがエルフェル・レインズだと?
かつて俺が憧れた兄なのか?
「覚醒融合は力を得る代償として人としての倫理観をひどく歪ませるのじゃ。以前のエルフェルとはもはや別物じゃ」
「ウィル様、私がやります。どうか許可を」
「……」
ためらいはあった。
どんなに冷たくされようが心のどこかでいつか認めて貰えると思っていたからだ。
俺達は結局、わかり合えないんだな。
「元に戻す方法は?」
「ない」
「殺すしかないのか……ロロアは避難完了まで生徒を守ってくれ。俺とリーディアはあいつを倒す」
「承知した」
「はっ!」
俺とリーディアは観客席へと飛び移る。
すでに竜将戦は破綻している。
ここからは兄弟による死闘。
「エルフェル、まだ意識があるなら俺と戦え!」
「ウィル……」
口元を真っ赤に染めたエルフェルは、女子生徒を投げ捨て口元を腕で拭う。
「この姿はどうにも空腹を我慢できないようだ。つい血と肉を求め走ってしまった。そうだ、試合の続きだったな。いや、縄張り争いの続きだったか? 完全に意識を統合するにはまだ時間を要するようだ」
「竜将戦をやっていたはずだ。ちゃんと思い出せよ」
「ああ、そうだ。私は最強にふさわしい力を手に入れたのだった。どうだこの姿は。まさしく究極。最強の召喚士だ」
どこまで……。
自分で言っていて気が付かないのか。
そんなのはもう召喚士とは呼べない。ただの怪物だ。
「ブリザード、サンダー。起きろ。獲物が逃げる。お前達で確保しろ」
「グルル」
「ガルルル」
二頭がのそりと起き上がり、闘技場の外へ飛んで行く。
外には教師や学長がいる。
俺の役目はこいつを倒すことだ。
スカラ先輩に貰った薬を飲み干し瓶を投げ捨てる。
「60秒で片を付ける」
「承知」
「出来損ないのゴミが私をどうするだと?」
エルフェルの右手からブレスと見紛うような熱線が発射される。
だが、リーディアが剣で軌道を逸らし防ぐ。
「異形八獣が一人、リーディア。参る!」