33話 竜将戦2
冷気と雷撃のブレス攻撃が俺達に迫る。
大技を初手にもってくるなんてこいつらしい。それでもまさか二頭で撃ってくるとは予想していなかったが。もし俺が対処できなかったら見所もないまま即終了だぞ。いや、あいつにサービス精神なんてものを求める方がおかしいよな。
「儂に任せろ」
「頼む」
ロロアが防壁を創り攻撃を難なく防いだ。
もはや二人の正体を隠すつもりはない。全てを晒すつもりで今日この場にいる。出し惜しみをして勝てる相手ではない。
「ウィル選手、召喚獣でブレスを防いだぁぁああああ!! どうなっているんだ、二頭の『第六階位』の攻撃を防ぐなんて!」
会場がどよめいている。
観客のほぼ全てが俺に防ぐ手立てなどないと思い込んでいた。一瞬で勝敗は決したと誰もが勘違いした。相手はあのエルフェルだ。一方の俺は無名に等しい一年。彼らは俺が無様に負けることを期待していたはずだ。
ブレス攻撃が終わりロロアが防壁を解く。
「凌いだか。この二頭は貴様にすでに見せていた。何らかの対策はしてくると予想していたが、たった一匹の召喚獣で防がれるとはな。やはりドッペルゲンガーではないのだな」
「予感があったようだな」
「マーカスとの試合がなければ気が付かなかっただろう。最初はほんの些細な棘のような違和感だったが、貴様とその召喚獣を調べる内に確信に至った」
二頭のドラゴンが前に出て攻撃を開始する。
対する俺もリーディアとロロアを向けた。
リーディアの剣をサンダードラゴンは鱗で弾き、見た目からは想像できない素早い動きで反撃をする。
ブリザードドラゴンの冷気にロロアは炎の魔術で応戦し続ける。
「ドッペルゲンガーの特性は変身能力にある。にもかかわらず貴様は一度たりともその能力を使わなかった。本当は使えなかったからだろう?」
「どうだろう。必要なかったから使わなかったとは考えないのか」
「自ら異質であることを教えているようなものだ。第二階位が能力を伏したまま第四階位や第五階位を相手にできるなんて一部の例外を除いて不可能。そう、伝説の召喚獣でもない限り」
バレてしまった。
そりゃそうだよな。一度も変身能力を披露していないんだ。むしろよくこんな適当な嘘で騙せたと驚くくらいだ。
エルフェルは導き出した”答え”を自信たっぷりに俺へ教える。
「可能性があるとすれば二十六大召喚獣。これらの大半は現在も所在が掴めないままとなっている。どうやって手に入れたのかは知るよしもないが、真の姿を隠しているなら早々に晒すことを勧める」
低く見積もられてしまった。
二十六大召喚獣は『異形』『聖天』『竜王』と比べるとややランクが落ちる。すさまじい力を秘めているのは確かだが三つと比べるとやはり見劣りしてしまう。
てか、こいつ学院に『異形』が保管されていること知らないのか?
場所やタイミングを考えれば真っ先にあげそうな対象だと思うのだが。
エルフェルが『二重詠唱術』を使用する。
「これも貴様が知る手札のはずだ。「出来損ないの凡俗に防げるとは思えないが」この高等魔術にどう抗う?「つまらない戦いにだけはするな」この場に立ったのなら対策もしてきているのだろう?」
同時に喋るな。
二つの言葉が混ざって気持ち悪い。
二重詠唱術――もう一つの口を創り出す高度な現代魔術だ。口といっているが実際に増える訳ではなく、魔力で一時的に発声できる数を増やしている。これにより同時詠唱が可能となり二つの魔術を使用することができる。
現在、学生で二重詠唱術ができるのは四人。召喚士を目指している者であればエルフェルたった一人だけだ。
純粋な魔術戦では圧倒的に俺が不利。
撃たれる前に物理で叩くを基本にやるしなない。
魔術で身体能力を向上させた俺は、杖を槍に変えて飛び出す。
「雷刃凍刃」
凍える風の刃と雷撃の刃が時間差で襲いかかる。
線の攻撃は軌道さえ読めれば避けるのは難しくない。この為に近接を鍛えてきたのだ。
俺はエルフェルめがけて槍を伸ばす。
この武器なら無理に近づく必要はない。
そして、次の詠唱に入った今、奴を守るものもない。
ギィン。
矛先が寸前で見えない何かに止められた。
違う。薄い壁が奴を守っている。
「な、んだと?」
エルフェルは口角を僅かに上げた。
「いつ二重詠唱術を使用したと言った?」
「まさか」
「三重詠唱術だ」
最高難易度の一つだぞ。
それをさも当たり前のように披露しやがって。化け物が。
槍を元の長さに戻すとほぼ同時に待機状態だった術を放つ。
「闇王ノ一本槍!」
「聖風盾」
三枚の防壁が展開、闇の大槍は一枚を貫通して止まる。
ちっ、三重詠唱を全て防御に使用しやがった。
油断はないってことか。
矛先を床に刺して一気に槍を伸ばす。瞬時にエルフェルの横に着地すると、長さを縮めつつ槍を真横に薙ぐ。
「聖風盾」「瞬雷」
「っつ!?」
防壁により槍が防がれ、雷撃が飛んでくる。
直撃コースだった雷撃を割って入った何者かが斬った。
「申し訳ありません。少々手こずってしまいました」
「リーディア!」
サンダードラゴンは斬り傷だらけで立ち上がることもままならない状態だった。
片目を失い胸には深い傷を負っている。
竜種としての誇りがあるのか、それでもなお立ち上がろうとし、残った目でリーディアを睨み続けていた。
ずずん。ブリザードドラゴンが黒煙を漂わせて床に倒れた。
美しかった鱗は黒焦げ悲痛な鳴き声を漏らす。
「準備運動はこのくらいにしておこうかの。くくく」
観客の動揺がはっきりと伝わった。
竜種、それも希少種が人と変わらないサイズの召喚獣に倒されたのだ。学長のいる特別席でもざわつきは起きていた。
サイズ差は魔力を用いたとしても容易に覆るものではない。
猫が虎に勝つにはよほど秀でた何かがないと不可能だ。
まして相手はドラゴンである。体格だけでなく鱗による高い防御力に他を圧倒する膨大な魔力。さらに魔術的な防御力も高く、生きた要塞のような存在だ。
それに勝ったとなれば、よほどの馬鹿でない限り前提が違っていたと気づくものだ。
この二体の召喚獣は竜よりも強い、と。
俺は槍を元の長さに戻し距離をとる。
リーディアが守るように剣を構え、ロロアは別方向から注意を引きつける。
「なるほど。私はまんまと貴様の策にはまったのだな」
エルフェルは思ったはずだ。
二体で二頭を抑え、一対一に持ち込んだのだと。
違う。逆だ。
俺がエルフェルを引きつけている間に邪魔な二頭を片付けていたのだ。
最も警戒していたのは、エルフェルがドラゴンと協力して二人のどちらかを戦闘不能にすることであった。そうなれば三対二と厳しい状況となる。だが、どちらにも行かせないように俺が注意を引きつければ一対三に持ち込める可能性があった。
下手をすれば俺だけやられる危険があった。
それでも賭けたのだ。
俺ならやれると。
だが、これは前哨戦。
エルフェルが二頭で終わるはずがない。
「こいつを公の場で出すのは初めてだ」
一瞬にしてこの場へ一体の召喚獣が喚び出される。
先ほどまでの二頭よりも一回り大きな竜種がその重量で地面を揺らす。
血のような紅の鱗にその目は黄金のように輝く。
天を衝くような見事な角と、頭部から尻尾にかけて生える黄金のたてがみが髪のように風に揺れていた。
全てを焼き尽くすようなドラゴンが顕現する。
「灼熱の希少種イグニスドラゴンだ」
皮膚を焦がすような熱波が駆け抜け咆哮が響き渡った。






