32話 竜将戦1
怒り心頭のジフはぽきぽき拳を鳴らす。
角が生えているのかと幻視してしまうほど鬼の形相だ。
クリムゾンルフは敵の腕に噛みついたまま首の力で軽々と投げ飛ばす。そいつは勢いのまま建物の壁に激突し気絶してしまった。
「ガキが調子にのるな!」
「いい大人がこんなことして恥ずかしくねぇのかよ!」
振り下ろされた剣を手甲で弾き、素早く内側へと身体を滑り込ませる。
鍛えられたジフの拳がえぐるように鳩尾へ沈み、男は粘度の高い唾液を吐き出しながら膝を折った。
四人はジフを最大の障害と認め術を行使する。
「水弾」
「計画変更だ。ここで殺す」
「反射すんぜ!!」
水の球をそのまま術者へ跳ね返す。
さらにウルフは火炎を吐いて敵の一人を火だるまにした。
だが、二人がジフに迫っている。
「リーディア」
「承知しております」
消えたリーディアは、地上に現れるとほぼ同時に二人を昏倒させた。
最後の魔術師は俺が上から麻痺針を放ち動けなくする。
ほとんど出番なかったな。
これならジフだけでなんとなかったかもしれない。
俺も地上へ降りると、縄を取り出し六人を縛り上げる。
今回はできるだけ生け捕りにしたかった。
レインズ家との繋がりを吐かせたかったのもあるが、向こうがどう動くのかみたかったからである。
「ロロア」
「終わったようじゃな」
上空から一羽のカラスが降り立つ。
「ここは君に任せた。ジフも朝まで気を抜くな」
「おう」
俺とリーディアはレイミーの様子が気になり学院へと戻る。
◇
貴族寮の前では三人の男がボロボロになっていた。
アルマは活き活きとした表情で「何をしている。早く立て」と要求する。
「まだ戦いは始まったばかりだぞ。貴様らは闇討ちをするようなならず者だろ。ならば根性を見せろ。ほら、立つんだ。剣を持て」
「おねがいします、もうゆるしてください……」
「しっかりしろ。貴様達の為にワタシは寝ずに待っていたんだ。期待させるだけさせておいてこれではあんまりだろ」
アルマは男の胸ぐらを掴み容赦なくビンタする。
敵ながら同情してしまうな。
相手が悪かった。
俺は三人を縄で縛りレイミーを呼ぶ。
「ここにいます!」
どこからともなくレイミーが現れる。
まったく気配がなかった。
相変わらず恐ろしい子。
「お~い、こちらも片付けたぞ~」
あの不気味なゴーレムが列を成して襲撃者を運んでいた。
先頭を歩くのはもちろんロロアである。
自宅に襲ってきた敵は二十五人。
どいつも脛に傷がありそうな冒険者だ。
よほどロロアに追い込まれたのか苦悶の表情で気絶している。
「ヘイオスは?」
「暗黒ゴーレムちゃんに敵わないと分かると真っ先に逃げおった」
逃げ足だけはすごいな。
俺もその判断の早さを見習わねば。
ゴーレムは男達を一箇所に集め、その間にアルマは待機させていた補佐へ衛兵を呼ぶように指示を出す。
「ヘイオスを逃がして良かったのでしょうか」
「最初から逃がすつもりだったよ。腐ってもバイツ家の嫡男だし、本気で潰すとなるとヘイオスだけでなくバイツ家自体を敵に回すことになる。レインズ家はともかく他家と揉めるメリットはない」
このまま大人しくなられるのもつまらないしさ。
彼には身の丈に合わないほど高く舞い上がって欲しいんだ。
蝋で作った翼でエリーゼと共にどこまでも空高く羽ばたいて貰いたい。
落ちてくる様を俺は地上からじっくり見物するんだ。
◇
竜将戦当日。
エルフェルとの戦いが刻一刻と迫る。
控え室に入る前に大闘技場の観客席を覗いたが、外部の人間も来ていて人の密度が半端なかった。学長のいる特別席には各騎士団の代表も来ていて、前座の余興に出ている生徒は必死にアピールしているようだった。
これだけの大イベントである竜将戦は半年に一度しか開催できない。
負ければ次の挑戦は半年後である。
しかも一から各将と戦わなければならない。
「心配は無用です。貴方には我々がおります」
「そうじゃぞ。伝説を使役しておる主にエルフェルなど敵ではない」
「ああ」
頭では問題ないとしていても不安は拭えない。
あいつは本当に天才なんだ。
召喚士の理想である、強力な召喚獣を使役した専門魔術師。
あいつは――いつだってつまらなそうな顔をしていた。
俺が記憶しているあいつ。
寡黙に本を読む感情のない横顔。
同じ屋敷に暮らしながら接点はほとんどなく、子供ながらに仲良くしようとしたが無視され続けた。
まるで家族などどこにもいない。
感情を分かち合える者などこの世にいないような空気を纏っていた。
だから俺は弟として並び立とうと必死で追いかけたんだ。
憧れもあったけど意地かな。
あいつの視界に入ってやるって思ってた。
たぶん夢は叶ったんだろうな。
「ウィル、出番だぜ」
ジフが控え室へ知らせに来た。
俺は小さく返事をする。
いよいよか。
「皆様、メインの竜将戦が間もなく開始されます。わたくしは解説役の工学科二年のマイク・ションズでございます。どうぞよろしく。そして、審判はデロン・オーゼット。さ、デロン先生ご挨拶を」
「高等召喚学のデロンです。試合を開始しますので静かに」
舞台には俺とエルフェルが向かい合っている。
この試合では召喚獣に数の制限はない。
よってリーディアとロロアを同時に出場させることができる。
どちらかが場外になるか戦闘不能になれば勝敗は決する。
「双方、戦いの用意を」
「では俺から」
影からリーディアとロロアが姿を現す。
会場は歓声に沸いた。
さぁ、あいつらを出せよエルフェル。
「出でよ我が召喚獣」
喚び出されたのは見上げるような巨体だ。
それが二つ。
「グォオオオオオオオオッ!」
「ギャァオオオオオオオオ!!」
すさまじい咆哮が会場を揺らす。
宝石のように美しい青白い鱗と全てを凍てつかせるような青い目。
ブリザードドラゴン。
黄色の鱗に黒の鱗が模様のように全身に生え、獰猛な赤い目が敵を睥睨する。
サンダードラゴン。
これがエルフェルのお決まりの手札。
竜種、それも強力な希少種を二頭も使役する『ドラゴン使いのエルフェル』である。
だが、噂ではもう一体強力な切り札がいると聞く。
噂はあくまでも噂。
しかしエルフェルのことだ、マジで切り札がいても不思議じゃない。
「でたぁああああああああっ! エルフェル・レインズのブリザードサンダー! これこそ我が校の竜将! 頂点だぁぁあああ!!」
解説者が叫び観客は大歓声。
ドラゴンは迫力があって見物しがいがあるもんな。
対照的にこっちは人サイズだ。物量だけでいえばもう負けだ。
「ドラゴンが二頭ですか。望むところです」
「相手として不足はなさそうじゃ。希少種は『第六階位』に分類されておるが、実際は『第七階位』と呼んでも差し支えない存在じゃ。レッドドラゴンが子供に見えるのぉ」
確かにレッドドラゴンより二回りほど大きい。
広い舞台が小さく見えるくらいだ。
「貴様の矮小な召喚獣でせいぜい抵抗してみろ」
開始と同時にエルフェルは二頭に命じる。
「ブリザードブレス、サンダーブレス!」
二つのブレスが俺達を直撃した。






