31話 殺意の訪問者達
竜将戦――六日前。
学院ではどこもかしこも落ち着きがなかった。
お祭りを目前にした子供のようである。
彼らのもっぱらの話題は、会場に出店する屋台についてや試合前に行われる余興についてである。結果など考えるまでもない、どこを見てもそんな感じであった。
前回の竜将戦から一年ぶりだそうだ。
エルフェルがあまりに強すぎた為だ。
一人として挑戦者がいなかったのである。
前竜将を破った試合。その試合を観た者達はエルフェルの実力に闘志をへし折られ戦わずして屈服させられた。イゼリア学院には今も語られる試合が数多くあるが、とりわけエルフェルの戦いはことある度に語られるほど異彩を放っていたそうだ。
つまりまぁ、開きたくても開けなかったイベントがようやく開かれて皆はしゃいでいるのである。特に三年生と二年生の喜びようと言ったら見ているこちらが恥ずかしくなるくらいだ。
三年生は久しぶりだし、二年生は待ちに待った初めての竜将戦だ。
同じ初めての一年生とテンションに開きがあるのはしょうがないことだろう。
「るるる~、たのしみだなぁ~」
「ウキウキしてますね」
「竜将戦は我が校の五大イベントの一つだよ。竜将の戦いを拝めるなんてそうはない。三年が卒業するまで開かれないと諦めていただけに嬉しさもひとしおさ。HAHAHAHA!!」
スカラ先輩は試験官に入っている液体をビーカーへ入れる。
ビーカーの中にある緑色の液体は反応してみるみる紫色へと変化した。
彼はその液体を小瓶に移し封をする。
「完成。ご希望通りの『効果上昇薬』だ」
「感謝いたします」
「分かっていると思うけど、効果を発揮できるのは60秒だ。その後は反動で動けなくなる」
「奥の手ですよ。必要がなければ使いません」
小瓶を受け取り懐に入れる。
スカラ先輩はさらに棚から黄緑色の液体が入った小瓶を十本持ってきた。
「頼まれていた回復薬さ。そこらで売っているものより数倍効果がある」
「例の物で作った回復薬ですね」
こちらは袋に入れて足下の影へ沈めた。
俺用じゃなくリーディア&ロロア用である。召喚者は身代わり人形がダメージを引き受けてくれるがそこに召喚獣は含まれない。もしもの場合を考え備えをしておくのだ。
「勝算はあるのかい? 相手はあの生徒会長だよ」
「……嫌ってほど差を見せつけられて育ってきましたからね。誰よりもびびってますよ」
日が近づくほどに手の震えが大きくなっていた。
毎夜、無様に負ける姿を夢で見ている。そのせいで不眠気味だ。
食欲もなくリーディアに心配されている始末。
エルフェルは憧れだった。どんなに邪険に扱われても、いつか必ずその背中に追いつこうと胸を熱くしていた。兄弟らしいやりとりなんて皆無だ。だけどあいつは俺の目標であり誇りであったんだ。
そんな兄に俺は挑戦しているんだ。
「友人として君の勝利を祈っているよ」
「はい」
スカラ先輩は白い歯をキラリとさせてサムズアップした。
◇
竜将戦――五日前。
完全に授業に身が入らなくなっていた。
デロンの話も耳から耳へ抜けて行く。
思考が停止した訳ではない。頭の中でずっとエルフェルの影と戦い続けているのだ。
今のところ勝率は五割。しかし実際はもっと低いはずだ。
あいつは弟を相手に手を抜くなんてことはしない。そう言う奴だ。
厄介なのは情報が少ない点だ。
考えうる手札は以前のものであり、現在のあいつがどのような手段を使うのか把握しきれていない。偵察を警戒しているのか荒事の処理は全て他に任せるなどの徹底ぶりだ。
全知全能の神に挑まんとしているような気にさえなる。
それだけ俺の中であいつが絶対的存在と化しているからだろう。
だからこそ意義のある戦いとなる。
あいつを破ることで俺は真の意味でレインズ家から解放されるのだ。
「私の授業がそんなにつまらないかね?」
笑顔をヒクヒクさせるデロンが近くにいた。
◇
竜将戦――四日前。
ランキング戦も無事に一位になり肩の荷を一つ下ろした気分だ。ヘイオス組は今回不参加だった。ダッドの穴を埋められなかったからである。ダッドはともかくグリフォンは優秀だ。簡単に代わりは見つけられない。
色々吹っ切れた俺は食欲が戻り、食堂名物激うまカレーを勢いよく喉に流し込む。
見守るジフとレイミーとアルマは手を止めて唖然としていた。
リーディアだけがご機嫌な様子で水をコップに注いでくれる。
「はへほはふほっ!」
「なに言ってんのかわかんねぇよ」
ごくんと飲み込み、ジフに言葉を伝える。
「今夜は徹夜になるかもしれない」
「動くのか」
「対象は俺とアンダーソン一家にレイミーだ。二人は俺をやり損なった際の保険らしい。人質にでもするんだろう」
「クソがっ! オレの家族に手を出させるかよ!」
先日、ロロアから知らせが入った。
内容はヘイオスとレインズ家の計画についてである。
ヘイオス主導の大規模闇討ち。俺の排除を目的とし、万が一失敗した際はジフを含めたアンダーソン一家もしくはレイミーを人質に辞退の交渉を進める。
レインズ家らしい冷酷なやり方だ。
事情を知っているアルマが小さく挙手をする。
「ワタシも参加させて貰う」
「心強いが、いいのか?」
「勝負は正々堂々とするべきだ。ソードマンとしてこの事態を見過ごすことはできない」
正直断りたいけど、こいつがいることで手間が省ける部分もあったりする。
俺達とは違い生徒にも学院にも信用されているからな。
ソードマンが証言者になれば色々有利になる。
「ヘイオス君懲りないね。ウィル君なんて放っておけばいいと思うけどな~」
「それができないのが弱者です。ウィル様は王者らしく堂々と蹴散らせばよいのです」
レイミーのぼやきにリーディアはキリッとした表情だ。
その目は頂点をとれと訴えているようである。
小事に心を裂くなと。
◇
俺とリーディアは黒い布をかぶり屋根の上で身を潜めていた。
足下の建物はアンダーソン一家が暮らすボロ屋である。
街の中は深夜らしく寝静まり、迂闊なよっぽらいが路上で眠っている光景があった。
俺とリーディアとジフはアンダーソン一家を警護することになっていた。
自宅ではロロアとゴーレムが待ち伏せし、レイミーのいる貴族寮ではレイミーとアルマ、それにロロアの分身が撃退する予定だ。
三箇所同時襲撃とは、そんなに俺をあいつと戦わせたくないのか。
俺に何されるか分かんないから早めに手を打とうって考えも含まれているのかね。
闇の中を足音もなく六人のフードを被った何者かが走る。
彼らはこちらに近づいており、時折外套の下にある剣がちらちら見えていた。
動きに迷いがないことから初めてではないと予想する。
ただ、素人臭さも抜けない印象だ。装備も冒険者っぽいので副業として請け負っているアマチュアだろう。
俺は本物を見たことがあるので、一目でそれ以下だと測ることができた。
そもそもレインズ家が一般人に本物を送り込んでくるはずもない。
どうせ数人を介して雇った関係性の極めて低い輩だ。
六人はジフの家の前に到着しその足を止める。
一人がハンドサインを出し、全員が腰から剣とナイフを抜いた。
彼らは息を殺し玄関のドアノブを握りドアを開ける。
「ガウゥ!」
「ひぃいい!?」
玄関からクリムゾンウルフが飛び出した。
腕に噛みつかれた一人は石畳に倒れ、五人は距離をとる。
遅れて玄関から出てきたのは戦闘態勢のジフだ。
「てめぇら、覚悟はできてんだろうな?」






