29話 五人の掃除屋と狂賢なる闇
闇が満ちる深夜。
とある宿の一室で五人組が言葉を交わしていた。
「どうだった?」
「これといって目立った情報はねぇな」
「……警戒に値しない。エルフェル坊ちゃまの障害になり得ない。そう報告すべきなのだろうが、どうにも腑に落ちん。情報が乏しすぎる」
「確かに不自然なくらい出てこないよな。レッドドラゴンを吹っ飛ばした古代魔術の出所も不明、使役しているドッペルゲンガーの出所も不明、どうにも謎が多すぎる」
リーダーらしき体格のいい男が四人へ伝える。
返事をしたのは頬に傷がある痩せ型の目つきの悪い男だった。
彼らはとある一族に仕える掃除屋だ。
いずれも手にかけた相手は数知れずこの業界ではそこそこ名が知られた者達。
ただ、今回は殺しではなくただの調査である。
「やっぱり直接家を調べた方がいいんじゃないっすか」
「現状では難しいな。少し調べてみたが高度な結界が何重にも張られていて、奇妙な形をしたゴーレムらしき物体が常に周辺をうろついている。招かれでもしない限り近づくことは困難だ」
「何者っすかそのウィルって奴」
「……余計な詮索はするな」
五人の中で最も若い青年が男に注意される。
青年の名はノクト・イレイザー。
死神と呼ばれる殺し屋一族の三男である。
ノクトは正式に雇われているわけではない。修行の名目でイレイザー一族から派遣された新人である。故にウィルとは面識がなく正体も知らされていなかった。
「とっととふん捕まえて洗いざらい吐かせりゃいいんだよ。追放された出来損ないだろ。どうせ見かけだけでたいしたことなんてできないよ」
「捕縛の許可は出ていない。下手に動けば学院側に動きを悟られる危険性もある。あそこにはザラがいるからな」
「教頭だっけ? そうとうヤバい魔術師って聞いてるけど」
「見つかれば処分されるだろう。あれは人の皮を被った怪物だ」
リーダーは女と話をしながらテーブルの中央に置かれたランプを見つめる。
まるで過去の恐怖を思い返しているようであった。
「いっそのことジフってガキから絞り出せばいいんじゃないですかい」
「やむを得ないか。もう一人のレイミー・アンクルトンの居場所は判明したか?」
「それがですね。いくら探しても見つからないんですわ。休まず登校してるはずなんですけど、未だに姿すら拝むことができなくて。幽霊を追いかけているような気がして、おいら怖くなっちゃいました」
ふくよかな男がぶるりと身を震わせる。
実のところ彼は何度もレイミーの姿を目撃していた。彼女の薄すぎる気配のせいで目の前を通っても認識できなかっただけなのである。
ばさばさ。羽音がして窓を固い何かが叩いた。
リーダーが窓を開けると一羽のフクロウが柵に留まっていた。
その足には紙が結ばれており、彼は紙を解いてフクロウを逃がした。
手紙に目を通したリーダーは表情を険しくする。
「なんだって?」
「処分せよとのご命令だ」
部屋の空気は一瞬で緊張した。
雇い主たる当主は、標的の暗殺を命令したのだ。
突然とも言える任務の変更にノクトはごくりと喉を鳴らす。
殺しは初めてではない。それでも未だに慣れない業務に極度の緊張を隠しきれない。
リーダーは席に戻るなり手紙を魔術で灰にする。
舞い飛ぶ灰を掴むと「誰がやるか決める」と重く言葉を伝えた。
「ノクト、お前がやれ」
「俺っすか?」
「イレイザー家の出とあって技術は申し分ない。まだ年の近い相手は殺したことがないのだろう? この機会に経験を積んでおけ」
「それはありがたいっすけど、いいんすか?」
「今はチームだ。お前の手柄は我々の手柄でもある」
照れくさそうにするノクトに四人は弟を見つめるような表情で微笑む。
殺伐とした世界で生きる彼らにも人らしい感情は存在している。
むしろ汚れきった彼らだからこそ、初々しい彼に眩しさを感じずにはいられなかった。
『主に害をなそうとする愚か者め。死をもってその罪を償うがいい』
部屋に響く中性的な声。
突如としてランプの明かりが消える。
「敵か!? 全員攻撃に備え――ぎゃぁぁあああああっ!!」
「ハルクさん!?」
リーダーの悲鳴にノクトは剣を抜いて戦いに備える。
過酷な訓練で身につけた察知術と暗視術により、僅かな明かりでも室内の様子を確認することは可能だ。しかし、突然すぎただけに切り替えまでにしばしの時間を要する。
ノクトの目は闇に慣れ、仲間が無事であることに安堵した。
ただし、リーダーの姿は何処にもない。
彼を含めた四人のみ。
「今すぐ部屋を出るよ。このままじゃ全滅――」
闇の中で女性の首がはねられた。
頭部はボールのように床に落ちて、身体と頭部は吸い込まれるように床へ沈む。
ノクトは言い知れぬ恐怖に動くことができなくなった。
「ちくしょう! 仇は必ずとるからな!」
窓をぶち抜いて痩せ型の男が外へ飛び降りる。
だが、外にも敵がいたのか悲鳴が響いた。
残るはふくよかな男とノクトだけ。
床に一際濃い影ができると、中から仮面を付けた不気味な何かが現れる。
「死ね」
「ぎゃ」
それは触れることなく男を握りつぶした。
ノクトは震えが止まらず剣を床に落としてしまう。
恐ろしく速い魔術の行使。
たった一度見ただけでノクトは逃げられないと察した。
彼の足では逃げ出した瞬間に殺される。抵抗は無駄。
本能が先に答えを出し理性が裏付けを行ってしまう。敵との実力差はそれほどまでに圧倒的であった。
ロロアは青年に近づきまじまじと観察する。
「お主、悪くないな。名前は?」
「ノクト、ノクト・イレイザーっす」
「高い技術があるらしいの。どうじゃ、儂のもとで働かぬか」
「スカウト、すか……?」
ノクトは返事をしながらゾクッとした。
目の前の仮面の人物はいつから近くにいたのか。少なくともリーダーが技術云々の話をしている間、ずっと様子を窺っていたことになる。
彼は察知術に自信があった。一流と呼ばれるイレイザー家で一流の技を仕込まれた自負が少なからずあったからだ。その自信が見事に打ち砕かれた。
「儂は暗殺者を暗殺する魔術師じゃ。儂のもとで学べばお主は今よりももっと強くなれるじゃろう。力は欲しくないか?」
「欲しい、貴方のような強い存在になりたい」
「くくく、認めたな?」
ロロアの魔術が発動し、ノクトの首に首輪のような痣が浮かび上がる。
「お主に施したのは『主従魔法』じゃ。儂を裏切ればその首は飛ぶ」
「え!?」
「きちんと仕事をこなせば死ぬことはない。強くなりたいというお主の希望も叶えてやる。給与については話し合いが必要じゃな。今の時代のそれには疎くてな」
ノクトは首に触れつつ頷く。
暗殺を生業とする者にとって仕事の失敗は死に直結する。手段はともかく結果は彼の想定内であった。状況によって雇用主が替わることもままあることだ。彼はおおむねロロアの提案を受け入れていた。
「ところで魔法とは?」
「お主は気にせんでいい。魔術と同じものと覚えておけばいいのじゃ」
ロロアは「付いてこい」と部屋のドアを開ける。
ノクトは剣を拾い上げて鞘に収めると、自身の荷物を持ってロロアを追いかけた。