28話 ダッドのお願い
その日、学院に一大ニュースが駆け巡った。
竜将戦の開催が決定しその日時が発表されたのだ。
で、俺は今、そのニュースを掲載した校内新聞の号外を読んでいる。
「――夢の兄弟対決。天才の兄へ挑戦する出来損ないの弟。一族を追放された恨みか、敗北必至でも復讐の牙を剥く、俺が負ける前提なのか」
派手な言葉を並べただけの新聞を隣に投げ捨てる。
受け取ったリーディアが新聞を開いてしげしげと目を通した。
教室内はいつになくざわついている。
誰の手にも新聞が握られていることから話題は考えるまでもなく俺だ。
ちなみに竜将戦の開催が決定されたのは、俺が生徒会へその旨を今朝伝えたからだ。
同じく新聞を読んでいるジフが向かいの席から言葉を投げる。
「開催までの二週間どうするつもりだ?」
「今までとやることは変わらない。訓練に生活費稼ぎだな。それからランキング戦もやらないといけない」
「ランキング戦で負けたらこの場合どうなるんだ。竜将戦なくならないよな?」
「将を剥奪されない限り二位でも問題ない。よって竜将戦も問題なく開催される。ただ、俺に何かあれば中止もあり得るが……」
己の力に自信があるエルフェルはともかくレインズ家はそうはいかない。
一族にとってこの対戦は行われた時点で失態だ。必ず妨害工作を仕掛けてくるだろう。
あとはヘイオス。ロロアによって情報は筒抜けだが、思わぬ行動を起こすかもしれない。用心はしておくべきか。
リーディアが「お時間です」と予定を知らせる。
もうそんな時間か。
教室を出ると人気のない廊下へと身を潜める。
十分ほど経過してマスクを付けた薬学科の生徒がやってきた。
互いに交わす言葉は少ない。
後ろめたい取引とはそんなものだ。
俺は秘密のワードを求める。
「ラーコには?」
「ピザが合う」
「今日は葉っぱが四枚、粉が五グラムだ」
「両方貰う」
お得意様なので葉っぱは少しまけてやる。
マナ草の葉っぱ、四枚で三万八千。
高密度魔力結晶の粉、七万五千。
しめて十一万三千デラーである。
取引では即全額支払いしか受け付けていない。
袋を受け取り金額を確認する。
その間にリーディアが影から葉っぱと粉の入った袋を取り出し渡していた。
「確かに」
「こちらも問題ない」
スカラ先輩は袋を抱えて足早に去った。
残った俺は金ににんまりとした。
なんて美味しい商売。マナ草が高騰しているおかげでこうしてがっぽがっぽ稼がせて貰っている。高密度魔力結晶も求める者が多いそうで、俺から仕入れているスカラ先輩も独自のルートで売買を加速させているようだ。
すでに薬学科でスカラ先輩に逆らえる人間はいない。
それはつまり俺が薬学科を支配しているも同然だ。
もちろん彼らはそれに気が付いていないのだろうが。
「できれば他科も掌握したいところですね」
「うーん、味方を増やす意味ではそれも有効か」
ジフが前に言っていた通り俺は無駄に敵を増やす傾向がある。それではいつ寝首を掻かれてもおかしくない。竜将になれば今よりさらに敵が増えるんだ。
俺は気配を殺しつつその場をあとにする。
◇
全ての授業が終わり席を立つ。
今日の訓練はお休み、自室でゆっくり読書をする予定だ。
「ウィル、少しだけ話を聞いてくれよ」
「あ?」
声をかけてきたのはダットだ。
ここ最近、妙に気味が悪い笑顔を向けてくるので何かあるのだろうとは考えていた。目的が分からないだけに不気味だ。
ダットはしきりに周囲の目を気にしながら俺を人気のない部屋へ誘う。
部屋に入るなり彼は床へ身を投げた。
「……何をしているんだ?」
「最大級の謝罪をしている。五体投地って言うんだろ?」
馬鹿はどう転んでも馬鹿なんだな。
もっとよく考えろよ。クラスメイトに五体投地される俺の気持ちを。
どう返事をして良いのか困るだろ。
「君の謝罪を受け入れる。だから起きてくれ」
「ありがとうっ!」
そう言いつつ一向に起き上がろうとしない。
まさかこのまま会話を続けるつもりか?
嫌な予感は当たり、ダットは話を始めた。
「前に指導を受けるには金が必要だと言ったよな。だから用意した。必死で貯めた金だ。これで拙者を強くしてくれ」
拙者って、一人称が変わってるぞ。
ランキング戦から君に何があったんだ。そっちの方が気になる。
彼は懐から袋を取り出し俺へと差し出した。
一応、受け取って中を確認する。
十万と少し。平民である彼にはなかなかの大金だ。
どこから用意した金かは知らないが、ダットのボロボロの手から自力で稼いだものと予想する。
俺は捨てるように袋を落とした。
「いらないな。懐に戻せ」
「そんな!? 鍛えてくれないってことか!?」
「あれは面倒な奴らを追い払う目的で言ったんだ。まさかそのまま受け取る奴がいるなんて」
「お願いだ! 金が足りないのならさらに用意する! あんたの為ならなんだってするつもりだ! だから拙者を強くしてくれ!」
竜将戦が近いのに厄介な奴に絡まれたな。
はっきり言ってこいつを鍛えても俺のプラスにはならない。
だいたい馬鹿にした奴らの一人だぞ。
こいつどんな気持ちで俺に頭を下げているんだ。
「ただ卒業するだけではだめなんだ。結果が欲しい。拙者には結果が必要なんだ」
「あのさ、君を強くできるなんて保証は何処にもないんだけど。確かにジフやレイミーは強くなった。でもそれは偶然かもしれないだろ」
「それでもいい。ウィルさんに指導してもらいたいんだ」
さん、って。会話の途中で格上げするのやめろよ。
数分前まで呼び捨てだっただろ。
俺は嘆息する。
「立て」
「お願いします」
「いいから立て!」
「はい」
ダットは素早く立ち上がった。
「引き受けてやる。金もいらない」
「本当に!?」
「ただし、強くなれるかは君次第だ」
断っても良かったが考え直したのだ。
こいつは馬鹿だけどクラスを牽引するだけの勢いがある。人を巻き込めるのは才能だ。そこを上手く伸ばしてやれば、ヘイオスとその取り巻きの力を削ぐことができるかもしれない。
まぁ手駒として使うには調整が必要だが。
俺ほどではないにしろ冷遇されがちなジフとレイミーのことを思えば、そろそろクラス内の立ち位置にも意識を向けなければならないだろう。
「鍛える代わりにヘイオスのチームから抜けるんだ。そうだな……確かトンプソンのチームから一人抜けたよな。そこにどうにかして入れて貰え」
「はいっ!」
「あと、早朝と放課後は必ず俺の家に来い」
「はいっ!!」
早朝に呼び出す理由は訓練ではない。
こいつにマナ草の世話を押しつける為だ。
今はゴーレムが水をやっているが、あいつらには生き物を育てる心がないようで毎回水をやりすぎるのだ。俺? 俺はぐっすり寝ているので水やりなんてするわけないだろ。
「拙者、頑張らせていただきます!」
「お、おお……」
口調まで変わってきた。
会話の中で成長するなんて、恐ろしい奴だ。