27話 ヘイオスの闇討ち
夜の帳が下りたイゼリア学院。
辺りにはまだ日中の温かさが残り虫の音が響いていた。
闇の中に複数の足音が響く。
「あのゴミから召喚将のマントを引き剥がせ。どんな手段を使ってもいい。マントを持ってくるんだ」
先頭を歩くのはバイツ家の嫡男ヘイオス・バイツ。
その後方には十人の屈強な男達がいた。
彼らは俗に言う冒険者である。金さえ払えば汚れ仕事すら引き受けてしまう連中だ。
ヘイオスは彼らを雇い今まさにウィルの住まいを襲撃しようとしていた。
「そのマントを手に入れればあんたは召喚将になれるって寸法かい」
「マントを得てもなることはできない。僕が狙っているのは将の剥奪さ」
闇討ちによるマントの奪取は表向き禁じられているものの、学院の歴史において行った者は数え切れない。
その理由が将の剥奪である。
イゼリア学院において将とは武力におけるトップとして認められた存在だ。あらゆる困難を跳ね返し科の王として威厳を保たなければならないとされている。自力で対処できぬ者にその資格はないと学院が言外に認めているのだ。
剥奪されればその月の将は不在扱いとなり、将は翌月の召喚将戦へ挑戦者として出場しなければならない。
ヘイオスは剥奪を成功させウィルの在歴を抹消しようとしていたのだ。
「そのガキをボコボコにしてマントを奪えばいいんだろ。ちょろい仕事だぜ」
「油断するな。あいつはまがりなりにも将になった奴だぞ」
「心配すんなよ。そのガキがどれだけ戦えようが俺達の相手じゃねぇぜ」
男達はゲラゲラ笑う。
ヘイオスはウィルの暮らす家を視界に入れるなり口の前に人差し指を立てた。
家には明かりが灯り在宅を知らせている。
男達は腰に備えた剣を抜くこともなく、無防備にぞろぞろと家へと近づいた。
ヘイオスは後方の茂みに身を隠し様子を窺う。
「ぐえっ!?」
「おい、何があった――ぎゃ」
男達は正体不明の攻撃に足を止めて混乱する。
次々に剣を抜き放つが、一人、また一人、と男達は闇の中へ引きずり込まれ姿を消す。
闇の中で悲鳴と骨が砕ける音が響く。
ヘイオスは状況が飲み込めずただじっと視ているしかなかった。
「はなしがちが――ひぎゃぁああああああ!」
最後の一人が闇に引きずり込まれ静かになった。
十分ほどヘイオスは待ったが、一人として戻ってこない。
強力な守護者を置いていたもしくは結界が張られていた、ヘイオスはそう判断してその場から逃げ出す。
◇
数日経ってヘイオスは再び闇討ちを決行する。
先日の失敗を反省し、今度は専門魔術師を加えた十二人の冒険者で挑む。
専門魔術師ならウィルの仕掛けた防衛を突破できると踏んだのだ。
「必ずマントを奪ってこい。成功したら一人百万払ってやる」
「ひひっ、チョロい仕事だぜ」
専門魔術師の男は気味の悪い笑顔を浮かべると、男達を引き連れてウィルの住む家へと向かっていく。
前回はあの辺りで冒険者が排除された。今回もあいつの置いた守りが反応するはずだ。
専門魔術師の力なら恐らく抜けられる、ヘイオスは期待に胸が膨らむ。脳裏にはマントを手に入れる自身の姿が浮かんでいた。
「何かいる! 全員警戒しろ!」
魔術師の声が飛ぶ。
彼は杖を構え詠唱を開始した。
「砂剣群葬!」
砂で形成された十を越える鋭い剣が闇へと撃ち出された。
闇の中で金属を叩くような硬質な音が響く。
魔術師は手応えのなさに警戒が解けず冷や汗を流す。
ずる、ずるる、不気味な音が男達を怯えさせる。
何か重い物を引きずるような嫌な音。
「な、なんだこいつは!?」
闇の中から現れたのは奇妙な物体だった。
円筒形から四本の触手が生えた有機物とも無機物ともとれない異質な存在。
男達が狼狽している間に次々に闇の中からそれは現れ、目にも留まらぬ速度で男達を触手で縛り闇へと引きずり込む。
その間、魔術師は必死に逃げようと抵抗していた。
「くそっ、こっちも塞がれた! 砂剣!」
砂の剣はそれに当たると刺さるどころか傷すら付けず弾かれる。
岩すらバターのごとく切り刻む砂の剣が一切効かない、魔術師は奥の手として地面に潜って逃走することを決断する。
「こんな化け物を相手できるか。土中泳法」
地面に潜った直後、触手が地面へ潜り込み強引に魔術師を引きずり出す。
首に触手が巻き付いた魔術師は声も出せないまま、ずるずると闇の中へと引きずり込まれた。
「あ、あああ、嘘だろ、なんだよあれ、専門魔術師が……」
ヘイオスは腰が抜け股間を濡らす。
闇討ちは危険だとようやく理解したのだ。
◇
闇討ちの失敗のあと、ヘイオスは暇さえ在ればウィルの後を追うようになった。
気取られないように壁際から様子を窺い行動をメモする。
二度の闇討ちの失敗。敗因はウィル・レインズを知らなすぎたことにあった。
そこで彼は情報を集めることにしたのだ。
(本日は食堂でカレーとやらを食す、と。ふん、元貴族とは思えないほど落ちぶれたな)
カレーをバクバク食べるウィルを眺めながらヘイオスはカレーを注文する。
受け取ったカレーをテーブルに置いて彼はしばし動きを止める。
(バイツ家嫡男の僕がこのような食事を口にするなんて。いやしかし、憎きウィル・レインズを知る為だ。これを積み重ねればあの不気味な守りを突破する方法も得られるかもしれない)
カレーを口に入れる。
もぐもぐ、もう一口もぐもぐ。
(なんだこの美味い食べ物は! くっ、このようなものを知っているとは油断ならないなウィル・レインズ!)
ヘイオスは無我夢中でカレーをがっつく。
舌が肥えた貴族も夢中にさせる食堂名物激うまカレーである。
その日から彼はカレーの虜になった。
◇
三度目の闇討ち。
ヘイオスはレッドドラゴンを連れて裏庭へと向かう。
一週間近くウィルの情報を探ったが守りを破る有力な情報は得られなかった。そこで彼は竜種の力で強引に突破することにしたのである。
(あれがどのようなものでもレッドドラゴンには敵わないだろう。最初から僕だけで攻めれば良かったんだ。全てブレスでなぎ払ってやる)
森の手前に到着するなりヘイオスは攻撃を命ずる。
「ブレスだ!」
「ギャァァオオ」
レッドドラゴンは大きく息を吸い込み豪火を吐き出す。
真っ赤な閃光はウィルのいる裏庭の森へと直撃した。
「結界だと!?」
ブレスは見えない壁に遮られその手前の木々を焼くのみ。
攻撃を感じ取った謎の物体が、ぞろぞろと森から姿を現しレッドドラゴンへ威嚇するように触手を激しくくねらせる。
その数およそ30。
ロロアがせっせと地道にこさえた暗黒ゴーレムちゃんである。
「焼き殺せ」
再びブレスが吐き出される。
暗黒ゴーレムちゃんは炎の中で触手をくねらせ踊る。
レッドドラゴンは息切れを起こしブレスを中断した。
「効いていない、だと? 本当になんなんだあれは」
尾撃がなぎ払うようにゴーレムへと直撃する。
だが、レッドドラゴンの尻尾はゴーレムを破壊するどころかダメージを与えることもできず止められてしまう。
レッドドラゴンは痛みに顔を歪ませた。
みしみし、ゴーレムが尾をすさまじい力で握りつぶそうとしていた。
振りほどこうとするも相手は微動だにせずドラゴンに焦りの色が浮かんだ。
「何をしている、早くふりほどけ!」
「ギャゥウウ!!」
「レッドドラゴン!?」
ゴーレムは軽々とドラゴンを振り上げ放り投げる。
ドラゴンは五十メートルほど先にある大木に叩きつけられると気絶したのか動かなくなった。
『第六階位』を簡単に倒すゴーレムが三十体。
ヘイオスは顔面蒼白になり震えた。
「きょ、今日の所は退いてやる! 覚えてろ!」
彼は捨て台詞を吐いて逃走した。