26話 魔術将オルネス・キューブリック
闇の巨鳥が風を切りながら飛翔する。
この特別訓練ルームには六つのエリアが存在しており、森林エリアから岩山エリアへ行くには中央の草原エリアを通過しなければならない。
「あれは……エルフェル」
エルフェルはマーカスと見覚えのない女性を連れて草原エリアを歩いていた。
方角的に帰還の最中と予想する。
俺を乗せた巨鳥は真上を通過、エルフェルは一瞥しただけで興味を示した様子はない。
影から出てきたリーディアは後方を覗きつつ質問した。
「以前から気になっていたのですが、ウィル様はあの者と仲が悪かったのですか。その、追放されたとは言え兄弟に代わりはありませんし」
「良いとか悪いとか以前に弟とすら認識していなかったんじゃないかな。あいつから声をかけてきたことは一度もないし、興味すらなかったと思う」
兄弟なら語れるエピソードも一つや二つはあるだろう。
俺とあいつにはそれすらない。一方的に憧れを持って追いかけていた。
皮肉な話だが、追放されて初めて俺はエルフェルの眼中に入ったのだ。
「今の俺にとってエルフェルの打倒は通過点に過ぎない。目指すのは遙か先、歴史に名を残すほどの偉大な召喚士だ」
「その為にはまずは挑戦権を手に入れる、ですね」
巨鳥は岩山エリアへと侵入する。
眼下では緑に覆われた大地と灰色の奇岩が無数に乱立していた。
巨岩の頂上に砦が見える。
城壁を越えて内部で着陸すると、俺とリーディアは鳥の背中から飛び降りた。
「そのマント、噂の召喚将だな」
到着早々に魔術将の補佐が出てくる。
その顔にはありありと不機嫌が出ていた。
六つの科の中で魔術科は最も歴史が古く貴族が多い。だからなのか無駄にプライドが高い。
「無礼ではないか。事前の挨拶もなく我らが城へ侵入するなど」
「他に将と戦える方法があるのか? 行方をくらまし続けるインビジブルとどう遭遇できると?」
「頭を下げてお願いしろ。そうすればオルネス様も少しは考えてくださる」
「それでも会えない場合は?」
「金を積め。卒業までには会ってくださるだろう」
そんなことだろうと思ったよ。
専門魔術師は言葉すら魔術と言われている。意味は嘘吐きってことだ。
しかもこいつの役目は時間稼ぎ。端から話し合いの意思なんてない。
「竜巻砂塵!」
竜巻が発生し、風に乗って砂粒が襲いかかる。
風と土の二属性混合魔術。さすが魔術科、複雑な術をこれほど速く撃つとは。
だが、こっちにはリーディアがいる。
「破斬!!」
鋭い斬撃は術を切り裂き霧散させた。
リーディアには俺達に視認できない術のつなぎ目を視ることができるそうだ。
つなぎ目を斬られれば如何なる術であろうと存在することはできない。
「我が術が、解除されただと?」
「麻痺棘」
「あへっ!?」
隙を突いて麻痺させる。
さて、逃げられる前にインビジブルを探し出さなくては。
あいにく俺は探査系の術は身につけていない。ここはリーディアに頼むしかないか。
「気配は?」
「三つあります。砦の中心に一つ、エントランスに一つ、裏口に一つ」
「補佐と……特待生か」
向こうもこちらに気が付いているだろう。
その上で居場所を探られていると踏んでいるはずだ。
この配置は迎え撃つものではない。逃げる為のものだ。
あからさまに誘っている。
「砦の外に意識を向けてみてくれ」
「かしこまりました。これは! もう一つここを離れようとする気配があります!」
「そっちだ」
巨鳥の背中に乗って追いかける。
眼下の森の中をオルネスらしき人物が走っていた。
低空飛行にはいると俺達は地上へ飛び降りる。
二人でオルネスを挟み込み足止めに成功した。
「何処へ行くつもりですか。魔術将」
「くそっ、なぜここにいると分かった!」
「俺の召喚獣は広範囲の索敵が可能でしてね」
オルネス・キューブリックはブロンドの美形だった。
インビジブルとはほど遠い目立った外見の持ち主。
実はレイミーと同じ気配激薄の特異体質なのではと予想していたが、そんなことはなかった。どこにでもいる普通の男だ。
「よ、よく我が居場所を突き止めたな。褒めてやる」
「すでに要件はご理解いただけていますよね? ご安心ください。他の科はすでに下しております。貴方が負けても責められることはないでしょう」
「格下の科などどうでもよい! 魔術科が召喚科に負けるなどあってはならないのだ! 透明術!」
オルネスの肉体が消える。
彼の最も得意とする透明術だ。
この術が厄介なのは、姿を消した状態での魔術の行使である。常に居場所を変えながら多種多様な攻撃魔術を撃ち続けるのだ。相対する者は彼の姿を見つけられないまま防戦を強いられてしまう。
ま、それは魔術師同士の話だが。
「岩石球!」
「闇壁」
岩の球を闇の盾で防ぐ。
その間に奴は次の術を発動する。
「濃霧幻界」
真っ白い霧が立ちこめ辺りに無数の人影が現れる。
高度な攪乱系の術だ。
透明術と非常に相性がいい。
「疾風刃」
「っつ!」
どこからともなく風の刃が放たれ頬をかすめる。
すると避けたはずの刃が同じ軌道を辿って戻ってくる。
反射的に躱すが、刃は肩口を切り裂き血が飛び散った。
どのような仕掛けかは不明だ。刃は数を増やしながら俺を狙って飛び交う。
「ひぎぃいいいいいっ!?」
オルネスの悲鳴が響く。
霧が晴れると見えない何かを踏みつけるリーディアがいた。
「申し訳ありません。様子を見るつもりでしたがつい」
「構わない。そろそろ君になんとかして貰おうと考えていたからね」
「卑怯だぞ、二対一なんて!」
術を解いたオルネスは怒鳴る。
「それが召喚士なので」
「考えて口を利きなさい。さもなければ次は切り落としますよ?」
「ひぃ!」
リーディアさん、彼に何をしたんですか?
めちゃくちゃ顔が青ざめてますけど。
「……認める。負けでいい」
魔術将は敗北を認めガクッとうなだれた。
◇
湯船の縁に背を預け見上げる。
ガラス張りの天井には満月が煌々と輝いていた。
汗を掻いたあとの風呂は最高だ。特に今日は格別である。
「とうとう竜将戦だな。あのエルフェル先輩に本当に勝つつもりなのか?」
同じく湯に浸かったジフが覚悟を問う。
「まぁな。これは復讐だけでなく俺の将来もかかっているんだ。たぶんレインズ家はあらゆる手段を使って俺の行く道を潰そうとする。召喚将止まりではあいつらの力に抗えない。どうしても竜将になる必要があるんだ」
「名家の考えはよく分からないな。召喚将になったから追放取り消しとかないのか?」
「ないな。あいつらは下した判断に絶対の自信を持っていて、たとえ間違いでも強引に辻褄を合わせようとする。ましてや不能者を認めるなんて奴らのプライドが許さない」
召喚士にとって召喚とは体を表す特別な行為。
専門魔術師が学んだ数百の術によって己を魔術師と称するように、召喚士にとって召喚は根底をなす核なのである。
ま、単純に召喚できない者が召喚士を名乗るのが気に食わないのだ。
どの名家も表立って動いてはいないようだが、俺が召喚将になったことで心中はずいぶんと荒れているだろう。
浴室の隅から黒猫が現れる。
「どうやらまた来たようじゃ。どうする主よ」
「ほどほどに叩きのめして放り出しておけ」
「くくく、諦めの悪い小僧じゃ」
ずずずと黒猫が闇に沈む。
「また来たって?」
「うん? ああ、俺を襲撃して非公式に将を剥奪しようとしているんだろう」
「闇討ちか!? だったらオレが!」
飛び出そうとするジフを引き留める。
「大丈夫。ロロアの兵が片付けてくれるから」
しばらくすると外で悲鳴が木霊した。
またあの気持ちの悪いゴーレムが片付けたのだろう。
まったく諦めが悪いなヘイオスは。






