25話 最後の一人を追いかけるウィル
アルマを下した日から、俺は破竹の勢いで各将を倒しまくっていた。
魔工将、薬学将、建築将、いずれも一癖も二癖もある人物であったが、科自体が戦闘向きでないことから倒すのはそこまで苦労はしなかった。
「ここのところ落ち着きがないよね」
「あ?」
カレーを口に入れようとして手が止まる。
確かに人の目を気にしなくなって少し行儀が悪くなった気がするけど、注意されるほどひどいとは思わない。いや、自覚していないだけで本当にひどいのかもしれない。
ちなみに食っているのは食堂名物激うまカレーだ。
金欠で食堂に近寄りもしなかった俺だが、最近になってめちゃくちゃ美味いことを知って昼はいつも食堂で食っている。リーディアは少し不満そうだったが気にしない。
隣で同じくカレーを食っているジフがレイミーの発言に補足をいれる。
「学内の連中な。どいつもこいつも俺達を見るとこそこそ話を始める。クラスの奴ら、また態度を変えてるの気が付いてないだろ」
「嫌われ者が竜将になるかもしれない、からだろ?」
「そんなところだ。召喚将では放置する選択もとれたが、竜将となれば今から取り入らないと将来が危うい。上司になるかもしれない相手に嫌われたままってのはどう考えてもまずいもんな」
大半の学生は将になれないことをどこかの時点で悟るものだ。
だからせめて実力者と縁を結び未来の利とする。なのに誰も近づいてこられないのは……まぁ、俺のイメージが悪いからだろう。
指導を願い出る奴らに片っ端から高額の指導料をふっかけていたら、除草術を行ったように人が消えてしまった。
「ウィル~!」
この声は。まさか。
予想通り剣武将のアルマ・ソードマンだった。
アルマは山盛りのカレーを持って断りを入れることなく相席する。
もちろん聞かれたら断る。
最初から分かっているからこその強引な着席。
「クラスメイトを放置して良いのか。一緒に食べたそうにしているが」
「彼らはワタシと同じ空間にいるだけで満足するそうだから問題ないよ。それに誘っても恐れ多くて同じテーブルで食べられないって断られちゃうんだよね」
「崇拝の対象になってる!?」
レイミーが絶句する。
「どうして俺に近づく」
「一つはウィルを気に入ったからかな。あとリーディアさんだね」
「リーディア?」
「前回の戦い、本気だった。それなのに傷を付けることもできず軽くいなされたんだ。悔しいじゃないか。対等にすらなれないなんて。これはお願いなんだけど、彼女と剣を交える機会を与えてくれないか」
リーディアに稽古を付けて貰いたい、と。
俺に近づくのはコネクションを増やす目的もあるのだろう。
ソードマン家との縁はこちらにとっても大きな利益だ。今のところ断る理由がない。
「稽古を付けて欲しいってことなら構わないが……俺が決めることじゃない。リーディアに聞いた上で返事をしよう」
「ありがとう!」
アルマの皿からカレーが綺麗に消えていた。
え!? いつの間に!?
席について十分も経ってないぞ!?
「おかわりを取りにいってくるよ!」
◇
特別訓練ルーム森林エリア。
ジフ&レイミーペアが召喚獣を従えて攻撃する。
「ウルフ、挟み込め!」
「ガウッ」
肉薄したジフが強烈なパンチを打ち込む。
俺は槍の柄で受け止めつつ挟み込みを回避する為に一気に後ろへ跳んだ。
ヒュヒュヒュ。
水の矢が弧を描いて着地地点へと飛んでくる。
姿の見えないレイミーからの遠距離尾攻撃。
マーメイドの姿も見えないのが気になる。
「私が!」
「頼む」
割り込んだリーディアが矢を切り伏せる。
その間に俺は詠唱を済ませ術を発動。
「水弾!」
距離を詰めようとするジフとウルフへ水の球を撃ち出す。
反射術を得意とする彼へ攻撃魔術は悪手だ。だが、それは直接狙えばの話。
「オレに魔術は効かな――うへっ!?」
「グルウッ!?」
水の球は彼の足下に着弾し、爆発したように砂を跳ね上げる。
攻撃じゃない。目くらましだ。
次の詠唱を済ませ術を発動する。
「麻痺棘」
魔力で創り出された小さな針がジフに刺さる。
ジフは糸が切れた人形のようにその場に倒れた。
追撃を恐れたウルフはジフの裏襟に噛みつき、引きずってその場から離脱。
川を背後に木の陰で身を潜めると、同じく身を潜めたリーディアに魔術で声を飛ばす。
(レイミーは?)
(二時の方角、百三十メートル。木の上です)
(マーメイドの居場所は分かるか)
(気配と魔力が希薄になっていて特定までは……後ろ!?)
川の中からガーディアンマーメイドが飛び出す。
無数の水の蛇が俺とリーディアを捕らえようと向かってくる。
「ロロア!」
蛇のように影が地面を這う。
すぽん、と影から飛び出したロロアは着地をする前に術を発動。
「眠り鈴じゃ」
ロロアがマーメイドに向かって眠りを誘う術を放つ。
水の蛇は動きを止め、眠りに落ちたマーメイドは川の中で倒れた。
間髪入れずロロアは次の術を放つ。
「大地鎚」
「きゃぁ!?」
遠方で岩柱が出現し、木とレイミーが遙か上空へ打ち上げられた。
「焼けましたよ。どうぞ」
「ありがとう」
リーディアから肉を受け取る。
網の上では肉と野菜がじゅうじゅうと音を立てて炙られていた。
ロロアとクリムゾンウルフが肉を食う度にジフが追加の肉を網に載せている。食事を終えたレイミーとマーメイドは食後のデザートに興味が移っていた。
「ほんと良い場所を見つけたな。ログハウスにバーベキューセットだぜ」
「ここを作ってくれた卒業生に感謝だな」
ここを見つけたのはロロアである。
彼女の目は訓練ルームにも及んでいたらしく、相談するなりこの場所を紹介されたのだ。
肉を食い終えたロロアは懐から折りたたんだ紙を渡す。
「これは?」
「ここの地図じゃ。各将の訓練場所も記載しておる」
「てことは魔術将も」
「岩山エリアの砦にいるようじゃな」
最後の将――魔術将は最も厄介な男だ。
魔術科三年オルネス・キューブリック。
通称『インビジブル』だ。
オルネスは透明術を得意とするだけでなく、存在自体を隠すことにも長けた魔術師だ。
徹底的に自身の痕跡を隠し、居場所も数人のクラスメイトが知るのみ。
同じ科でも顔を見られるのは稀と言うくらいだ。ちゃんと登校しているのだろうか。
とにかく俺はインビジブルと遭遇できそうなチャンスをようやく得たのだ。
「しかもちょうど砦におる」
「リーディア」
「承知しております」
この機会を逃すのは惜しい。
彼に勝てばエルフェルへの挑戦権を手に入れられるんだ。
しかし、岩山エリアはここからかなり離れている。今から走ったとしても一時間はかかるだろう。
「主よ、これに乗って行け」
ロロアが闇の巨鳥を創り出した。
リーディアは影に沈み、俺は鳥の背に飛び乗る。
ばさっ、巨鳥は羽ばたき空へと舞った。






