23話 六星館
校舎を出て裏手に回る。道なりに進むと校舎とは別の建物が現れた。
あれが特別トレーニングルームがある『六星館』である。
六星館へは誰でも入館可能だが、将と特待生が出入りすることから容易に立ち入ることのできない空気が漂っている。
俺はジフとレイミーを連れて建物の中へ。
度肝を抜いたのは広いエントランスと高い天井だ。
至る所に品のある装飾物が置かれ、中には高名な卒業生の品もケースに入れられ飾られていた。
両側から弧を描くように中央に向かって階段が設置され、真正面の壁には校章が入った巨大なタペストリーが千年の歴史と伝統を思い出させるように飾られている。
「将達のエリアへようこそ。ゲロ後輩共」
「マーカス……?」
「先輩を付けろ! 先輩を!」
元召喚将のマーカス・エルビーが薄ら笑みを浮かべ階段を下りてくる。
なぜここに?
奴は俺によって将ではなくなったはずだ。
ここへの出入りもすでにできない。
すぐに理由を察した。マーカスの腕に補佐の腕章があったからだ。
「召喚将になる以前はエルフェルの補佐だったのさ。もうなることはないと考えていたけど、思いも寄らぬ強敵の登場で再びこの腕章に腕を通す羽目になった」
「御愁傷様です」
「白々しい。挑発のつもりか」
「いえ、素直に申し訳ないなと」
彼は三年生だ。できれば将のまま卒業したかっただろう。
将として最後の晴れ舞台を飾りたいのは生徒なら誰しも抱く気持ちだ。
将として卒業できないことがもはや確定している。
なぜなら俺が竜将になるからだ。
そうなればエルフェルは召喚将として卒業を目指すだろう。マーカスの座る席はどこにもない。
だからこその申し訳ない、である。
「気味が悪い。何を企んでいる」
「お気に召さなかったのならいつも通りにしますよ」
「貴様は敵だ。敵らしく生意気なままでいろ」
「有望な後輩ができて嬉しいと素直に言ってくれればいいのに」
「なんだとっ! 貴様のどこに嬉しがる要素があるんだ!」
互いに魔力を放出させる。
が、ジフが間に入って仲裁を始める。
「まぁまぁエルビー先輩。落ち着いて。ウィルも喧嘩ふっかけんなよ。相手は多くの防衛戦をくぐり抜けた先輩だぞ。敬意を払えって」
「……ふん。金魚のフンにしてはまともなことを言うじゃないか」
「どうもどうも。ところでエルビー先輩は将として経験豊富ですよね。できれば施設について色々と教えていただきたいのですが……お忙しいですよね?」
ジフは普段は見せない低姿勢でマーカスから情報を引き出そうとしていた。
マーカスもまんざらではないのか口角が僅かに上がっていた。
「確かに忙しいが後輩の為に特別に時間を作ってやろう。同じ科の一年に何も教えないのは先達者としてふさわしくないだろうからな。ただし、一度しか教えないからしっかり覚えるんだぞ」
ちょろいなマーカスさん。
むしろさすがジフというべきか、プライドの高い三年生を相手でもコミュ強をばっちり発揮してやがる。これで彼女いないとか絶対嘘だな。嘘つきめ!
マーカスは最初に真正面にある大きな扉から開く。
「ここはサロンだ。トレーニングの合間に読書や雑談などをする」
「レイミーの家のトイレと同じサイズです!」
「あ、ああ、ずいぶんデカいトイレなんだな……」
サロンは百人くらいなら余裕で入りそうなスペースだった。
質の良い使い込まれたテーブルと椅子が島のように点在していて、奥にはゆったり座れるソファも設置されている。一面の壁は全てガラス張りの窓になっていて、部屋全体が落ち着いていて非常に明るい。
ところでレイミー、マーカスがひいているからそのくらいにしておけ。
マーカスはサロンを出ると二階へ上がる。
長い廊下を進んだかと思えば、階段を下りて再び長い廊下を歩く。その間、幾度となく歴代将の肖像画や名札のかかったドアを見かけた。
「各部屋は紹介してくれないのですか?」
「面倒だから省いている。この建物には会議室や応接間など様々な部屋が用意されていて、各将に割り当てられた部屋もここにある。利用している奴なんてほとんどいないのが現状だ」
将の部屋か。
たぶん俺も使わないだろうな。
◇
マーカスは特別トレーニングルームへと案内した。
耐衝撃術などが施された専用スーツを身につけ再び集合する。
「たったいま利用したのがロッカールームだ。それから向こうがシャワールーム。あの扉の向こうが特別トレーニングルームだ」
「どんな訓練ができるんですか?」
「話すより見た方が早い」
扉が開かれると、青空と広大な草原が視界いっぱいに飛び込んできた。
参ったな。想像の斜め上を行ったよ。
もっとこう器具とか設備が整った場所だとばかり。
俺の反応に気分が良くなったらしくマーカスはニヤニヤしていた。
「ここに初めて来た奴はだいたいそんな顔をするんだ」
「外観と室内のサイズが合っていない……」
「古代魔術さ。元々この施設は遺跡をベースに増築と改築を繰り返し現在の形になった。なんでも学院を四つ合わせたくらいの面積を有しているそうだ。現代でも解析不能な空間を拡張する魔術が使用されていると聞いている」
空間の拡張、だから外と中が合わないのか。
これだけ広ければどれだけ強力な攻撃をしても壊れることはなさそうだ。
自分達だけの秘密の特訓場を見つければ技や術の秘匿にも支障なさそうだ。
マーカスは続ける。
「この程度で驚くなよ。ここはな、時間の流れも僅かに速いんだ」
「それって外と中で時間にズレがあるってことですか」
トレーニングルームは外部時間と比べ二倍ほど早く時間が流れているそうだ。
二十四時間がここでは四十八時間。
そんなことあるのかと笑い出したくなるくらい人知を超えた設備だ。
「めちゃくちゃ便利じゃないですか! ここなら昼寝し放題!」
「試験前の勉強だって焦らなくて済みそう」
ジフとレイミーも別の方向で喜んでいる。
逆に俺は呆れていた。
これだけの設備を与えられながら簡単にやられるなんて。恥ずかしくないのかマーカス。
俺の気持ちに気づいていない様子で、マーカスは変わらず先輩面をしている。
「案内は充分だろう? 分からないことがあれば教師にでも聞くんだな。僕はこれにて失礼するよ」
「感謝します」
ふん、と鼻で返事をした彼はトレーニングルームを出て行く。
見計らって影からリーディアが顔を出した。
「室内なのに空があるのは何故なのでしょうか。奇妙な場所ですね」
「たぶん幻を投影しているんだろう。地面は、本物のようだな」
しゃがんで地面に触れてみる。
土も草も偽物とは思えないリアルな感触だ。
離れた場所には兎が跳んでいてきちんと生態系が築かれているように感じる。まさしくオーバーテクノロジーだな。
ジフとレイミーも召喚獣を喚び寄せ好き勝手に戯れている。
影から完全に出てきたリーディアは、後ろ手で散歩するように草原を歩く。
「訓練を行うには、我々の拠点を築かねばなりませんね」
「草原は見えすぎる。向こうにある森か岩山辺りで場所を確保したいな。これだけ広いと歴代の将が使用していた小屋とかありそうなものだが」
一から作るのは面倒だ。すでにある建物を見つけて拠点にするのが妥当だろう。
できれば全体図が記された地図とかあると便利なのだが、その辺りはおいおいデロンに聞いてみるか。
俺達はしばらくボール遊びをしてから帰宅した。






