22話 ヘイオスの覚悟
ヘイオスはせわしなく部屋の中を歩く。
何度も時計を確認し、窓の外を覗いては溜め息を吐く。
本日、バイツ家当主――ヘイオスの父親が学院に訪れる。
訪問の理由は聞かされていないが、ヘイオスはおおよそのあたりをつけていた。
ランキング戦への苦言は手紙ですでに受けとっている。
だが、召喚将戦の結果で怒りが再燃した可能性が高かった。
昔からバイツ家はレインズ家をライバル視している。たとえ相手が追放された身の上であろうとレインズ家の直系に負けたことは揺るぎのない事実だ。
「……来た!」
従者を引き連れバイツ家当主が現れる。
隣には担任のデロンも同行しており、これから行われる説教会を予想してかやや浮かない顔だ。
ヘイオスは部屋を飛び出し寮の玄関へと向かう。
彼は外に出て父親とデロンが到着するのを待ち続けた。
「父上! わざわざお越しいただきありがとうございます!」
「変わりないようだな」
バイツ家現当主ハロルド・バイツ。
若くして当主の座を引き継ぎ現在は宮廷召喚士の一人として名を連ねている。
左手に握る杖は異彩を放ち対面する者の目を引きつけた。
「デロン先生。父上を案内していただき感謝します」
「礼など不要だ。弟子として当然のこと。それでは私はこれにて……」
「まちたまえ。君にも話があるのだ」
逃げだそうとしたデロンをハロルドは声で捕まえる。
やはり息子だけでなく自分にも文句を言いに来たか、とデロンは微笑みを浮かべながら冷や汗をかく。
ヘイオスの先導で寮内へ。
学生寮は思えないほど豪華な内装にハロルドは顔をほころばす。
「懐かしいなぁ。学生時代を思い出す」
「父上の頃もここで?」
「ああ、何も変わっていないようで驚いた。ラックスと切磋琢磨していた日々が昨日のように思い出される」
ラックスとはレインズ家現当主ラックス・レインズである。
ハロルドもヘイオスと同様に、レインズ家の者と同じ時を過ごした経験があった。
ただし違う点が一つある。
ハロルドとラックスは親友と呼んでも差し支えない仲であった。
「ここが僕の部屋です。どうぞ」
「うむ」
部屋へ招かれたハロルドは、瞬時に室内に視線を走らせ細部をチェックする。
彼が探したのは息子が今ひとつ成績が振るわない原因だ。
というのも息子が負けたことがどうにも解せなかったのである。召喚将戦に出場できなかった点についても息子に何らかの原因があるのだろうと考えていた。
ハロルドはソファへ腰を下ろすなり感想を述べる。
「真面目に学生生活を送っているようだな。安心した」
「もちろんです父上。バイツ家を継ぐ者として日々精進しております」
「ではなぜ召喚将戦にすら出場できなかった」
「うっ……それは」
父親の容赦のない指摘。
召喚者も召喚獣も高いポテンシャルを秘めているのは誰の目にも明白である。にもかかわらずクラス内ランキング二位。召喚将戦に出場できずクラスメイトに『一年生召喚将』の名誉をかっさらわれたのだ。
ハロルドは足を組むと、膝の上に両手を組むように置いた。
これは説教を行うと決めた時のポーズだ。
「レッドドラゴンにノウエス家令嬢のフェニックス。『第六階位』を二体も有しながら何故負けた。なぜレインズ家を追放された出来損ないに敗北した」
「僕の、事前に立てた予想が間違っていたからです」
「そうだな。ところでデロン君、学院の歴史でこのようなことはかつてあったのかね?」
「いえ……召喚科が創設されて初めてのことです」
デロンの返答にヘイオスは背筋が凍り付いた。
ただ負けたのではない。
学院の歴史に残る大敗北だったのだ。
父親の眼光がより鋭くなったことで彼は恐怖に戦く。
場の空気がさらに悪くなったと察したデロンはせめてとフォローを入れた。
ヘイオスの失敗は自身の失敗でもある。担任としても兄弟子としてもこのまま放置はできない。
「差し出がましいようですが、対したウィル・レインズもなかなかの生徒でして。確かに彼は不能者ですが他の生徒を育てることに非常に長けた者です。彼自身も魔術師の才に優れており、ヘイオスが負けてしまったのは致し方ないかと」
「ふむ、つまり?」
「召喚者同士の戦いに持ち込まれた彼にはあの状況は些か厳しいかと」
「ならばそうなる前に片を付けるべきじゃないかね。少なくとも相手を全く知らないわけではない。対策は打てたはずだ。そうだろうヘイオス?」
デロンのフォローはまったく効果を発揮しなかった。
むしろヘイオスの慢心が明らかとなりより厳しい足場に追い詰められる。
ヘイオスは内心で『ふざけるなデロン』と罵倒していた。
一方のデロンは偶然でもウィルの株を上げられたことに密かに満足していた。
「こうもあっさり召喚将をとられてしまうとは。しかし、レインズ家もずいぶんと早まったな。追放しなければ今回の件、一族の成果にできたものを。今後どうなるかは予想できないが、もしかするとラックスは最悪手を打ってしまったかもしれんな」
ぶつぶつ独り言を漏らすハロルドを前に二人は沈黙を保つ。
名家にとって子供は出世に用いる駒にすぎない。
自身も子も一族の繁栄に使用されることを嫌というほどすり込まれている。そして、彼らもそれを誇りとして受け止めていた。
だからこそ一族から追放されることを何よりも恐れる。
追放されて平然としているウィルは特殊なのだ。
「次のランキング戦で一位となれ。でなければ跡継ぎとして適正か考え直す必要がある。今後はさらに身を引き締め勉学に励め。いいな」
「必ずや父上の満足できる結果を出します!」
立ち上がり一礼したヘイオスは背中に嫌な汗をかいていた。
バイツ家には四人の兄弟がいる。
慣例的に長男のヘイオスが嫡子として扱われてきたが、来年入学する妹がより優秀であれば家督は妹に譲られるだろう。その下にいる弟に行く可能性だって十分にあり得た。
それはヘイオスにとって最も避けたい事態だ。
当主になるべく育てられてきた彼にとって、当主以外の人生など死を宣告されるのと同義。
望みが叶わないなら死んだ方がマシとすら考えていた。
「しかし、そのウィルという少年はなかなか面白いな。不能者にとって召喚士への道は過酷だ。なんせ才がないと明かされたようなものだからな。召喚将戦の挑発、私は痛快で嫌いではないぞ」
「意外でした。ハロルド様はもっとお怒りかと」
ハロルドの思いも寄らぬ感想にデロンは素直な言葉を漏らした。
彼は名家らしく不能者を嫌悪していると考えていたからだ。しかし、彼の発言はその逆、不能者の躍進を期待しているような口ぶりであった。
「私は結果を出す者が好きだ。不利な状況を覆すような者は特に。時代を作る者にはいつだって優秀なライバルがいた。私も常々息子にはライバルが必要であると思っていたのだ。彼がそうなればと期待をしているんだ」
父親の言葉は息子の耳には届いていなかった。
ヘイオスはこの時、どうやって将から引きずり落とすかで頭がいっぱいになっていたのだ。
余裕などすでに吹き飛んでいる。手段など選んでいられない。
ヘイオスは闇討ちすら視野に入れていた。
伝えるべきことを伝えたハロルドは席を立つ。
「次を期待している」
「はい!」
彼は息子の見送りを断り、部屋を出るなりデロンへ声をかけた。
「さて、次は君の指導について話をしようか」
「は、はい……」
師の微笑みにデロンはガクガク震えた。