21話 敗者を嗤う出来損ない
召喚将のマントを羽織り颯爽と登校する。
背後には補佐のジフとレイミーが青い腕章を付けて控えていた。
歩くだけで注目の的だ。
俺に羨望と嫌悪の視線が向けられる。
あれだけ派手に煽ったのだ。気に食わない奴は大勢いるだろう。
召喚科の生徒は揃って睨んでいた。
気持ちいいな。最高の朝だ。
今日ほど歓喜に震えたことはない。
ゴミと蔑んでいた相手にゴミ扱いされるのはどんな気持ちかな。ねぇ教えてよ。
「まったく無数に敵を作っちまって。もうちょい上手くやろうとか考えないのかね」
「だね。ウィル君らしくはあったけど」
後ろでジフとレイミーが先日の発言について思い返している。
おやおや、あれは元召喚将のマーカス先輩じゃないか。
現召喚将としてきちんと挨拶しておかないとな。
正面からやってくる三年のマーカス先輩には元補佐らしき二人が同行しており、俺を見つけるなり険しい表情となる。
俺と先輩は廊下のど真ん中で立ち止まった。
「おはようございます。元召喚将のマーカス先輩」
「元は余計だ。ゲロ不能者」
「はは、お元気そうで何より。一年に負けて落ち込んでいるかと思っていましたよ」
「こいつ、今ここで殺されたいか――!!」
マーカスが魔力を発すると、俺も正面から魔力を衝突させる。
廊下に二つの魔力が吹き荒れ周囲の生徒達が悲鳴をあげた。
これはただの威嚇だ。
再戦はあくまでも召喚将戦で行う。
彼が魔力を鎮めると、俺も魔力と言う名の刃を鞘に収める。
「せいぜい一時の王の座を満喫しておくんだな。来月には引きずり落としてやる」
「楽しみにしてますよ。それでは授業がありますので」
先輩の横を通り抜け教室へ向かう。
「こえぇ、本当に戦いが始まるのかと焦ったぜ」
「ウィル君は神経が図太すぎるよ。レイミーは心臓が飛び出るかと」
「悪かったな二人とも。お詫びに今日の昼は奢るよ」
俺は金の貸し借りもしないしケチだ。
だが、感謝と謝罪ができない男では決してない。
ジフは「やったぜ」と嬉しそうだ。
反対にレイミーは疑問符を浮かべ不思議そうだ。
「お昼にお金を支払うようなイベントがあるんですか?」
「な、んだと?」
こ、こいつ、食堂を利用したことないのか?
しかし、弁当を持参しているようにも見えないし。
「いつも昼食はどうしているんだ」
「専属のコックに作ってもらってます」
コックだと!?
恐るべしセレブ!
◇
高等召喚学の授業。
教室でヘイオスとエリーゼの姿を見つける。
授業中にもかかわらずヘイオスは何度も俺の方を睨んでいた。召喚将になったことが気に入らないのだろう。にっこり微笑んで手を振ってやる。
「召喚獣には二通りの強化が存在している。一つは皆もよく知るランクアップ。そして、もう一つが『召喚特性』だ。エリーゼ・ノウエス。召喚特性とはなんなのか答えよ」
「召喚特性とは召喚者が召喚獣に与える影響を指しますわ。召喚獣と心を通わせることにより相性が向上し、召喚獣はさらなる強化された姿へと変貌いたしますの。わたくしたち召喚者は、通常こちらを軸に育成計画を立てますわ」
エリーゼがすらすらと答える。
隣で俺と同じようにノートをとっているリーディアが首を傾げた。
「具体的にランクアップとどう違うのでしょうか?」
「ランクアップは上位の種族になることで強くなるが、召喚特性は今の種族のまま大きな強化が望める。より分かりやすく言うなら、フレイムドッグのままでクリムゾンウルフ並みの力を発揮できるようになるってところか」
「召喚者の影響によって強化されるなら、召喚者を経るごとに召喚獣は強くなるのでは」
「それは相性の問題を除外した場合の理想だ。召喚特性は相性が高くないと発現しない。実際は必ずしも強化が得られる訳ではない」
相性を上げるには召喚獣と心を通わせる必要がある。だが、それには多くの時間が必要だ。相性が最悪だと一生かけてもそこに至らない可能性がある。故に召喚者は常に相性を念頭に置く。
幸いリーディアとロロアとの相性はかなり良い方だ。
いつ頃になるかはまだ不明だが、新たな力を与えることも決して夢物語ではない。
ま、その前に真の力を発揮させるのが当面の目標ではあるが。
デロンは授業を続ける。
「儀式で喚び出された召喚獣との相性は数値で表せば60~80だ。召喚特性を発現するにはこれを120にしなければならない。在学中にこれに達する者はほんの一握り。常日頃のやりとりやケアを大切にし、召喚獣を真に理解することが肝要だ。野良召喚獣でも使役していない限り諸君らにはそうなる可能性がある」
「それはウィルのことでしょうか」
「召喚将になった者が野良召喚獣をしているわけが……おっと、そういえば彼は召喚できなかったのだな。あり得ないことが起きたので失念していた」
ヘイオスとデロンが白々しいやりとりで俺を晒し者にする。
クラスメイトからは押し殺すような笑い声があった。
召喚将になってますます当たりがキツくなった気がする。だが、ちやほやされるよりは何倍もマシだ。蔑んでくれるくらいがちょうどいい。俺も気を遣わなくて済む。
「デロン先生、なんだかしょんぼりしてる?」
「オレもそう見える。お気に入りのヘイオスを将にできなくて落ち込んでいるのかな」
レイミーとジフがデロンの些細な異変に意識を向けた。
無視して良いぞ。あれは単に素直に褒められなくて落ち込んでいるだけだ。
彼はツンデレだからな。さっきのは本音じゃないからね、といいたそうにちらちら見てるしな。気持ち悪い。
影からロロアがぴょこっと顔を出す。
「剣武将の居所を掴んだぞ」
「よくやった」
顔を正面に向けたまま返事をする。
実は召喚将戦が終わった直後からロロアには各将について調べさせていた。
竜将になるにはこの作業が必要不可欠だ。すでに二名の将の詳細と居所を掴んでいるので今回で三人目となる。
「剣武科一年アルマ・ソードマン。特待生として入学した凄腕の武芸者らしいぞ」
げっ、ソードマン家の人間なのか。
魔術武芸の名家じゃないか。しかも王室近衛騎士などを輩出するような超のつく一流名家。王の指南役に用いられることも多いと聞く。これは一筋縄ではいかないかもな。
アルマ、どれほどの男なのか。
ジフがこそっと話しかける。
「放課後さ、特別トレーニングに行ってみないか。防衛戦に向けて鍛えておきたいだろ」
「そう言って自分が使ってみたいだけなんだろ」
「バレたか。でも気になるだろ。将や特待生が使うトレーニングルーム」
彼の提案に黙って頷く。
ロロアは報告を終えても顔を出したままだ。
まだ何か伝えたいことがあるようだ。
「なんだ」
「実は主のことを嗅ぎ回っておる輩がいるようじゃ。恐らく主の実家、レインズ家の者ではないかと考えておる。いかようにすればいいかの?」
「バレないように始末しろ」
「優秀な者は生かして配下にする方が何かと便利じゃぞ。使える駒は多い方が良い」
「細かい判断は任せる」
ロロアは口角を鋭く上げて「御意じゃ」と影に沈む。
エルフェルはちまちま偵察を出すような奴じゃない。
父か祖父もしくは母辺りが差し向けた末端だろう。
どちらにしろ探られるのは困る。警告の意味も込めて消えて貰うのが最も適当だ。






