20話 デロンとエルフェル
ヘイオスとエリーゼは激しく戸惑っていた。
壇上で召喚将として挨拶するウィル・レインズ。
1回戦敗退を期待していただけにこの事態は想定していなかった。
ヘイオスは隣に座るデロンに怒りを露わにする。
「どうなっている!? 魔術阻害の道具を身につけさせたのではなかったのか!??」
「一貫して物理に絞っていたことから魔術は使えなかったとみるべきではないか。どうやら魔術を使う必要もなかったようだが」
淡々と返すデロンにヘイオスは歯噛みする。
陥れるつもりが軽々と飛び越えられたあげく最悪の現実が訪れていた。
本来ならあそこにいるのはヘイオスであった。彼にはなれるだけの要素が揃っていたのだ。にもかかわらず召喚戦に出場すらできず、憎きウィル・レインズが身に纏う召喚将のマントを眺めることしかできない。
慢心と怠慢が招いた致命的な失敗であった。
彼の隣で沈黙を保っていたエリーゼが口を開く。
「認めませんわ。召喚士は召喚獣を華麗に使役してこそ。あのような召喚士同士の戦いに持ち込むなど品性の欠片も感じませんわ」
「その通りだ! この結果は無効にするべきだ!」
名家出身の貴族召喚士の間では召喚士同士の直接戦闘は嫌われていた。
彼らが考える最も優雅な戦闘とは、始まりから終わりまで召喚獣でのみ対応することなのである。しかし、それはあくまで理想だ。
二人の意見にデロンは頭を振った。
「試合の意義は実戦を想定しそれに備えることにある。だからこそ武具も道具の持ち込みも認められているのだ。どちらにしろ抗議は得策ではない」
「ちっ」
ヘイオスは大人しくなる。
だが、エリーゼは静まるどころかより怒気を露わにする。それも怒りの矛先はヘイオスに向いていた。
「ゴミ虫ごときにおくれをとるなんてとんだ能なしですこと! 貴方、わたくしに言いましたわよね!? 一年の間に将になると! わたくしに恥をかかせたかったのですか!?」
「待ってくれエリーゼ、必ず召喚将になるから」
席を立ったエリーゼを追いかけてヘイオスも会場を出て行く。
残されたデロンは嘆息しつつ、新しい将として立つウィルに密かに満足感を得ていた。
同時に末恐ろしさも感じる。伝説の召喚獣『異形八獣』の力を使わずにほぼ自力で将にまで登ったのだ。リーディアが本気で力を振るえば、ウィルはその場から一歩も動かず勝利しただろう。
あえて苦難の道を選び軽々と飛び越えるその少年にデロンは興奮を隠せなかった。
召喚将戦が閉幕し、デロンは会場の外へ出る。
ぞろぞろと帰還する生徒達の中で、立ち止まってデロンを見つめる人物がいた。
竜将エルフェル・レインズである。
傍には世話係のアンが控えており、デロンはほんの一瞬だけ彼女を確認してエルフェルへ頷く。
三人は人目を避けるように近くのベンチへと移動した。
「何か用かな。エルフェル君」
「アレの召喚獣について教えていただけませんか」
「ドッペルゲンガーだと伝えたと思うが?」
「ご冗談を。ドリアードと互角以上にやりあっていたのですよ。それもマーカスが鍛えたあのドリアードを相手に。彼に油断があったとしても召喚獣まで負けるのは異常だ」
マーカスはエルフェルのチームに属し、常に左腕として活動してきた人物である。
エルフェルが鍛えたといっても過言ではないドリアードをドッペルゲンガーであるリーディアがあっさりと破ったことにエルフェルは驚きと疑念を抱いていた。
どう返事をしたものかとデロンは考えを巡らせる。
「確かにあのドッペルゲンガーは少々特殊だ」
「やはり」
「彼の話では各地を転々としていた野良召喚獣らしい。見た目以上に長生きをしているそうだ。格上との実戦も数多くこなしていると考えれば、成長途中の新参者を手玉にとるのは容易ではないか?」
「経験の多さは野良召喚獣の大きなメリットだな。相性の問題さえなければわざわざ一から育てはしない」
腑に落ちたようにエルフェルは小さく頷く。
そこで控えていたアンが疑問を呈した。
「しかし、それでもマーカス様のドリアードと正面切って戦えるとは思えません。エルフェル様が仰ったように相性の問題があります。第二階位が力を抑えられた状態で、あのような戦いができるなんておかしくないでしょうか。卑怯な手段を使ってドリアードの力を削いだ可能性があるのでは」
「それはずいぶんな指摘だ。卑怯と仰るが具体的には?」
「観客の何人かに魔術を使用させ動きを阻害させた、などが考えられます」
アンの指摘をデロンとエルフェルは鼻で笑う。
二人の態度にアンは眉間に皺を寄せた。
「アン。君には伝えてなかったが、あの会場には魔術を弾く結界が張られている。観客が試合を左右することは不可能だ」
「加えてウィル君はクラスで孤立気味だ。協力する生徒は皆無と言っていい」
「しかし、あの出来損ないが召喚将になるなど――」
エルフェルは「もういい」と手を僅かに上げるのみで黙らせる。
かつての主人を出来損ない呼ばわりするアンにデロンは僅かだが怪訝な表情となる。
彼女との関係はウィルからある程度聞かされていた。あの召喚儀式の前はウィルへ常に張り付き甲斐甲斐しく世話を焼く姿を何度も彼は目撃していたのだ。
もちろん主人とは言っても本当の意味で仕えているのはレインズ家だ。望んでウィルの世話係になったのではないのは彼にも察せる。
「どちらにしろあれをたたき伏せるのは間違いない。正体もその時に分かるだろう」
「彼が竜将戦に挑むと確信しているようだ」
「五つの障害をどう越えてくるのか楽しみではある。追放された身とは言えレインズで生まれ育った者だ。血を受け継ぐ者の一人としてしっかり足掻いてもらわなければ」
エルフェルは濃紫色のマントを翻し背を向けた。
アンはデロンへ一礼し彼の後を追う。
二人を見送るデロンのもとへ一匹の黒猫がやってきた。
「教師に対しあの態度、お主も注意したらどうなのじゃ」
「彼は天才だからね。対等に話ができるのも教師だからだ」
デロンはベンチへ腰を下ろし溜め息を吐く。
人語を解する黒猫は跳躍し、彼の隣で着地する。
「あの世話係はクソじゃな。主の世話係を辞めたくてしようがなかったようじゃぞ。例の儀式のあとレインズ家に喜々として結果を報告し、念願のエルフェルの世話係になったとか」
「リーディア君や貴方の正体が判明したら後悔するだろうな。レインズ家もあの子も」
デロンは会話をしつつ猫に触れようとする。
だが、手が触れる寸前で前足で叩かれ拒否されてしまった。






