2話 異形の召喚獣リーディア
目覚めた召喚獣にいきなりキスされた。
混乱しつつ『な、なんて柔らかい! これがキスなのか!?』などと一方では別の方向へ思考は加速していた。
数分にも感じたキスは唐突に終わり、彼女は飛び退くように離れる。
さらに顔を真っ赤にして両手で隠した。
「も、申し訳ありません。ご無礼をお許しください。なにぶん長期の休眠状態だったので生命エネルギーを補充しなければなりませんでした」
「よく分からないが役に立てたのなら光栄だ」
「もったいなきお言葉、寛大な御心に感謝いたします」
彼女は床に片膝を突いて恭しく頭を垂れた。肩からさらりと銀髪が流れ落ちる。
何度見ても驚くほど美しく可愛い容姿をしている。歳は俺と同じ十七ほどだろうか。どこからどう見ても同じ人だ。
ひとまず自己紹介から始める。
「俺はウィル・レインズ。ああ、もう家名は名乗れないのだったな。ただのウィルだ。これでも召喚士を目指している」
「私はリーディア。それから……」
リーディアは言葉に詰まる。
何かを思い出そうとしているが思い出せない、そんな風に見えた。
「どうやら記憶が欠如しているようです。申し訳ありません」
長らく休眠状態だったのが影響したのだろう。
先の大戦に参加していないなら少なくとも千年以上眠っていたことになる。しかもそれは俺が知る範囲でだ。
本当の意味での覚醒にはまだ時間がかかる、のではないだろうか。
しかしだ。この際、彼女が何者でもかまわない。
召喚獣を手に入れ学院に残れるならなんだって目をつぶる。
「俺の召喚獣になってくれないか」
「ウィル様の望むままに」
召喚獣には『特殊契約術』なる術を施す。
召喚獣は異世界から喚び出した強力な存在。ただ命令しても従うわけもなく、それどころかいきなり喚び出されたことに怒り狂い、果ては逃走してしまう。そんな事態を避ける為に開発されたのがこの術だ。
付与する絶対命令は三つ。
召喚者への攻撃を禁ずる。
召喚者への命令拒否を禁ずる。
召喚者からの逃亡行為を禁ずる。
あくまでも縛りであり自我への影響はない。
我々召喚士が欲しているのは人形ではないのだ。
リーディアの首裏に契約の紋が刻まれた。
「ウィル様に絶対の忠誠を誓います」
「これからよろしく頼む」
「この魂が尽きるまでご一緒いたします」
しかし、そろそろキツいな。
彼女が岩から飛び出したと同時に封印陣は破壊されたが、それでもまだ濃密な魔力は漂っている。早く外に出ないと。
「行くぞ」
「はっ」
可憐な見た目に似合わず返事も動作もキレがある。
凜としていて俺好みだ。
階段を上り地上へと出る。
リーディアは煌々と輝く満月を見て小さく歓喜の声を吐いた。
「空気が美味しい。頭の芯から目覚めを感じるようです」
「普通だと思うが。ところで君は何が得意なんだ」
「……?」
質問の意味が理解できなかったのか、彼女は髪をさらりと揺らし小首を傾げる。
「戦闘面でのことでしたら、基本的には近接戦闘――片手剣を得意としています。それから格闘戦も少々。あとは基本的な魔法も一通り」
魔法? 魔術ではないのか?
よく分からんが、遠距離攻撃や支援ができるなら越したことはない。
今度はリーディアが質問する。
「この機会にウィル様の目的をお聞かせ願えるでしょうか。私を従え如何なる高みを目指すのか」
「(この学院の)トップになる。そして、歴史に残る召喚士となる。俺を価値のないものと断じた奴らの思い通りなどさせない。俺の価値は俺が決める」
「なるほど! (この世界の)トップを目指されるのですね! このリーディア、粉骨砕身の思いでウィル様をお支えいたします」
ん? なんかニュアンスが違わなかったか?
いや、気のせいだな。
「あ」
ふと、肝心なことに気が付く。
彼女を泊める場所がない。俺がいるの男子寮なんだが。
外に寝させるわけにもいかないし、部屋に連れて行こうにも人の目が。
「あのさ、身を隠す方法とかないか」
「それでしたら」
彼女は俺の影にぴょんと飛び乗り、ずずずずと影の中へ沈み始める。
おおおおおおっ!
そんなことができるのか! さすが召喚獣!
俺は影に彼女を入れたまま自室へと戻った。
◇
翌日、俺はさっそくクラスメイトの前で召喚獣を紹介した。
「彼女が俺の召喚獣だ。自己紹介を」
「お初にお目にかかります。リーディアと申します」
彼女は頭は下げず微笑みだけを浮かべる。
クラスの至る所から嘲笑があった。
あの召喚儀式で付いてしまった不能者のレッテルはそう簡単には剥がれない。辛うじてクラスに在籍していることは認めていても、彼らにはもはや同じ仲間などと意識は皆無だ。
まぁ、もちろん中にはウィル叩きに乗り気じゃない奴や興味自体ない奴もいるが、大半はおおむねそんな感じだ。
ヘイオスが呆れたように肩をすくめる。
「どう見ても人じゃないか。そこまでして召喚士にしがみつきたいのか。落ちぶれたなウィル」
「特殊契約術が人に行使できないのは知っているよな。リーディア、見せてやれ」
リーディアが後ろ髪を掻き上げ、首裏の契約紋を晒す。
クラスは大きくざわついた。
契約紋が存在する、それはつまり召喚獣である証しだ。
「オーケー、そこまで言うなら認めてあげようじゃないか。ただし、デロン先生のご判断が違えばなしだ。ねぇ先生?」
「あ、ああ……ふむ」
「先生?」
デロンは眉間に皺を寄せリーディアをじっと観察している。
それから彼女に近づきさらに観察する。
「どこかで見覚えがあるのだが。どこだったか」
あ、やばい。正体がばれそうだ。
彼女を使役することには何ら問題はないと思われるが、ここで気になるのは立ち入り禁止の建物に無断で入ったことである。
正直言って俺が置かれている状況は芳しくない。
その上で問題を起こせば即退学へと追いやられてしまう。いずれきちんと明かすとしても今はレッテルが剥がれるまで伏せておきたいところ。
「街中で偶然見かけたのではないでしょうか。彼女は各地を転々としていた野良召喚獣らしいので」
「人型の召喚獣はよく見かけるが、ここまで人にそっくりなのは初めてなのだが」
「だから街に紛れることもできた!」
「なるほど。もしやドッペルゲンガーか?」
ドッペルゲンガーは変身能力がある『第二階位』の召喚獣だ。
知能はそこまで高くないが、個体差や教育を施したりすることで人と見分けが付かないレベルにまで偽装することが可能となっている。
デロンは勝手に納得し「認めよう」と頷いた。
反対にリーディアはちょっと不満げだ。
ぶつぶつと「下等な魔物と一緒にされるとは」と呟いている。
まぁうん、ドッペルゲンガーは弱いからね。
生徒の一人から挙手があった。
あれは『第三階位』であるトロールを召喚したダットだったか。
「俺の召喚獣と勝負させてみようぜ。他の奴らとは授業で一戦交えているが、あいつの召喚獣だけはまだだろ」
「わざわざ戦闘をする必要あるのかしら」
「ははっ、婚約者がボコられる姿を見たくないってか」
「すでに婚約は解消いたしましたわ。それに近いうちに彼と婚約を結ぶ予定なので、あのゴミには一切興味がありませんの」
元婚約者であるエリーゼが俺へ侮蔑の目を向ける。
それから素早く表情を切り替え、隣にいるヘイオスへ満面の笑みを見せる。
なんだ、もう次の相手を見つけたのか。
少し前まで「ウィルとの結婚楽しみにしてますわ」とはしゃいでいたのに。切り替えが早くて感心する。
けど、俺を敵に回したのは悪手だったな。
いずれ立場の違いをはっきりさせるが、今は好き放題言わせておいてやる。
ダットの提案を受け、デロンがしばし思案する。
「他者から引き継いだ召喚獣は相性の問題からその能力が大きく制限される。ここで実力を確認しておくのは正しい判断だ。よかろう、許可する」
俺は少し不安になり、リーディアにこそっと聞く。
異形八獣でも彼女は目覚めたばかり。
もしかしたら負けるかも。
「勝てそうか」
「問題ありません。ウィル様にふさわしい勝利を収めて見せます」
彼女は勝ったも同然とばかりにドヤ顔をする。
本当に大丈夫なのか。
ちょっと心配だ。






