19話 召喚将は挑発する
観客が見守る中、召喚将の証したるマントを羽織る。
召喚将のマントの色は蒼だ。
三年生になれば自動的にマントを羽織ることになるが、それらは白で統一されている。故に『色つき』と呼ばれている。
俺は堂々とリーディアを引き連れ、闘技場に設置されている壇上へと上がった。
拡声器の前で深呼吸すると、まずは一声で注意をひきつける。
「俺は召喚のできない不能者だ」
会場がざわつく。
一年はともかく二年と三年には俺のことを知らない奴らもいるだろう。
だから最初に教えておいてやる。誰が将になったのかを。
「どれだけ強い召喚獣を召喚しようと結果が出せなければゴミと一緒だ。違うな、召喚不能者がゴミなら、君達はゴミ以下だ。専門魔術師が召喚士を下に見る理由がよく分かったよ。他力本願で自ら戦うことをおざなりにしている。そのくせプライドだけは一人前と来ている。召喚科のトップとして忠告してやる。この調子なら百年経とうが専門魔術師の足下にも及ばない」
会場からブーイングが起きる。
客の怒りの激しさは投げられるゴミによって形となっていた。
くくく、気持ちいいなぁ。ようやく溜まりに溜まった鬱憤を少し晴らせた。
悔しいだろ悔しいだろ。
その感情が俺には最高にご馳走だ。
蔑んでいた相手に蔑まれる気分ってどうなの?
「そのくらいにしたらどうだ。レインズ家の品位が疑われる」
エルフェルが静かに立ち上がった。
「逆に聞かせていただきたい。一般人の俺がどうしてレインズ家の品位を落とすことになるのか」
「……ならば生徒会長として注意をする。科の者達をおとしめる発言は即刻止めるように」
「生徒会長のお言葉ならやむを得ませんね」
挨拶を切り上げ壇上を降りる。
あの兄上の顔、俺が召喚将になる事態を全く想定していなかったのがバレバレだ。
どうせなれるはずないと鷹を括っていたのだろう。才能豊かな奴ほど慢心で目を曇らせるものだ。天才などともてはやされてきた兄上も例外ではない。
ああ、才能のない小物で良かった。
こうして召喚将戦は俺の勝利で幕を閉じた。
◇
その夜、俺達は盛大な祝勝会を開いた。
まぁいつものメンバーでだけど。
「召喚将おめでとう!」
「かんぱーい」
「いぇーい。みんなありがとう」
Vサインする。
今日くらいはがらになくはしゃぎたい気分だ。
しかし、気を抜くのも今夜だけだ。
これから俺は防衛戦やら竜将との対戦権獲得やらとさらに忙しくなる。召喚将の仕事だっておろそかにはできない。科のトップとして行事の顔出しなど色々あるのだ。
ちなみに召喚将になった者には、三つの特典が付与される。
・召喚将を務める間は学費が半額。
・学院の特別トレーニングルームが使用可能となる。
・食堂に限り食事が半額。
ラーコ社オリジナル炭酸ドリンク『ラーコ・ラーコ』に喉を鳴らした後、ジフが口元を腕で拭いながら質問する。
「将達が使用できる特別トレーニングルームってそんなにすげぇのか?」
「私も気になっておりました。それは召喚獣も使用できるものなのでしょうか」
「レイミーも知りたい!」
あー、うーん。
俺も大雑把に聞いただけだからなぁ。
「デロンに聞いた話だと、国内でも二箇所しかないトレーニング施設らしい。使用者は将達に特待生、それから将に指名された二名の補佐だけだそうだ。召喚獣の出入りは問題ないってさ」
「も、もちろん補佐に指名してくれるよな!?」
「ウィル君!」
ジフとレイミーが目をうるうるさせている。
将には二名の補佐が付く。補佐と言うが実際は護衛や親衛隊みたいなものだ。
良識ある生徒はともかく常識のない輩は闇討ちみたいな方法で名声を得ようとする。そういった抜け駆けを防止、抑止力的な意味で、補佐の選出は権利として与えられている。
補佐に指名された者にも特別トレーニングルームの使用が認められるそうだ。
「ところでロロアはどこだ?」
「裏でお風呂作りをしております。そろそろ完成すると喜んでおりましたが」
玄関のドアがばぁんと開け放たれた。
「完成したぞ! 風呂じゃ!」
「ああ、うん。お疲れ様」
完全に忘れてたよ。
俺が戦っている間もあの気持ち悪いゴーレムはせっせと働いていたんだな。
とりあえず全員で外に出て裏に回る。
「すげっ、マジ建物ができてる」
「ロロアさん尊敬します」
ジフとレイミーが感嘆の声をあげる。
裏には平べったいドーム状の建物ができていた。
風呂を作るだけなのに無駄にデカくて広い。
天井はガラスでできているのか内側から明かりが漏れていた。
「ぬははは、我が力作を見よ!」
中へ入ると立派な長方形の浴槽があって、なみなみと湯で満ちていた。
壁際には体を洗う場所が備えられきちんと石鹸まで置かれている。
ほう、これは立派だ。ひとっ風呂浴びたくてうずうずしてしまう。
「おっと主よ。ここはレディーファーストじゃよ」
「自分は我慢してリーディア達に譲ると?」
「はぁ? 儂は女じゃが?」
は? え?
そうなの??
勝手に男だと思ってた。声とか中性的だし。
だって胸も。
視線を落とすと、ロロアがジト目をする。
「余計なことを考えておらぬか?」
「いやいや、そういうことならお先にどうぞ。リーディアとレイミーも」
「よろしいので? 私はやはりウィル様がお入りになった後でいただくのが筋だと考えるのですが」
「俺はもう少し食事をしたい。それからゆっくり浸かる」
リーディアは納得したように頷いた。
俺とジフが足早に外を出ると、中からリーディアとレイミーのはしゃぐ声が聞こえる。女同士で話したいこともあるだろう。四六時中俺と一緒なのも疲れるだろうしさ。
「主よ」
ロロアに呼び止められた。
彼女は近くに寄ってきて耳元で囁く。
「実はゴーレム達に次の作業をやらせておる」
「次?」
「この下にはどうやら何らかの構造物があるようなのじゃ。しかも相当広い。そこでじゃ、ゴーレムで地上とつなげみようと考えておる。もしかしたら面白い物が見つかるかもしれんぞ」
学院の下に構造物?
初耳だ。そんなものがあるなんて聞いたこともない。
イゼリア魔術学院は千年の歴史を積み重ねてきた伝統ある学校だ。だが、それだけに謎も多い教育機関である。
「許可する。ただし、バレないようにやれ」
「承知した」