15話 マナ草探し
薬学科二年の教室を訪ねる。
ロロアが見つけてきた仕事らしいが詳細は不明だ。
薬学科は変人も多いと聞くのでまともな仕事であることを願う。
「すいません。スカラさんは――うえぇ!?」
教室に入るなり異臭が鼻をつく。
生ゴミに薬品をぶち込んだような名状しがたい悪臭。
俺はなんとか我慢して生徒へ声をかける。
「スカラさんは、いませんか?」
「君、マスクを付けずに入っちゃダメだよ。ここは慣れた生徒でも気絶するんだから」
マスクを付けた先輩が声をかける。
よく見れば教室内の全員がマスクを付けたまま、試験管やビーカーをアルコールランプで炙っている。教室というより実験室だ。
うぷっ、やばい想定以上に薬学科は危険だ。
「おい、スカラ。君に会いたいって生徒が来ているぞ」
「そうか! 今行くよ!」
教室内にはつらつとした声が響く。
スカラと思わしき人物は跳躍すると、空中で身体を華麗にひねり着地してポーズする。体格はずいぶん大きく白衣の上からでも引き締まった肉体を有していることが窺えた。
マスクを取ったスカラはハンサムな男だった。
白い歯を輝かせ爽やかに笑顔を浮かべる。
うっ、苦手なタイプだ。
「ミーがスカラさ。用ってなんだい」
「俺は召喚科一年のウィルです。ここに仕事があると聞いて来たのですが」
「もしかしてあれかな。うんうん、あるよ。とてもやりがいのある仕事が。ここだとなんだから外で話をしようか。HAHAHAHA!」
なぜか腹を抱えて笑い始める。
何が可笑しい。
これまでに笑うようなポイントなんてなかっただろ。
とりあえずありがたい。ここは臭いがきつすぎて今にも倒れそうだ。
スカラは教室を出てとある部屋へ案内する。
そこは素材を収める倉庫なのか、大量に薬草や鉱石や骨などが保管されていた。
「ここは各々の素材を保管している保管庫の一つさ。君に依頼したい仕事は……これを見つけてきて貰うことだ」
スカラが棚から透き通った白っぽい葉っぱを取り出す。
受け取ってまじまじと観察した。
「これは『マナ草』といってね。空気中の魔力を吸収することで魔力の素となるマナを吐き出す植物さ。魔道具や薬の材料になるんだ」
「聞いたことがあります。確か回復薬に必要な素材でしたよね」
「そうなんだ。実は今、このマナ草の値段が跳ね上がっていて入手が難しい状況になっている。冒険者ギルドでも依頼を出しているんだが、どうにも数が揃わなくてね」
マナ草は珍しい植物ではない。
そこら辺を探せばいくらでもある薬草だ。
しかし、近年はまれに見る数の減少により入手は困難になっていた。
ロロアはなぜこんな仕事を持ってきたのか。
まったく稼げそうにないのだが。
「それで報酬はいかほどで?」
「葉っぱを十枚持ってきて欲しい。報酬は十万出す」
たった十枚で十万!?
そんなにも高騰しているのか!??
蹴るには惜しい仕事だ。
ひとまず受けておくか。
どちらにしろ稼ぐあてなんて他にない。
俺は後日再び顔を出すとスカラ先輩に伝えてその場を後にした。
◇
次の日から俺のマナ草探しが開始された。
学院の裏庭を漁り、手がかりを求めて寮のゴミ箱すら漁った。
手がかりを得られず途方に暮れていた俺に、とある有力な情報が不意打ちのごとくもたらされた。
「――マナ草? それならオレの実家の裏に腐るほど生えてたぜ」
「な、んだと?」
午後のティータイムにジフがぽろっとこぼした。
カップを持ったまま硬直していると、リーディアがおかわりを要求しているのかと勘違いしポットでお茶を注ぐ。
「家は何処だ?」
「すぐそこだよ。ウィルがいいなら招いてやるぜ」
「ぜひ!」
俺はリーディアに留守を頼み家を飛び出す。
「ここがオレの家だ」
ジフの実家は鍛冶屋のようだ。
煙突から煙を吐き出し家の中から金属を打つ音が響いていた。
家自体はボロボロではっきり言って儲かっているとは思えない。
それを自覚しているのかジフは家に入れるのに少し抵抗があるようだった。
「中を見ても笑わないでくれよ」
「他人の家で愉快になる趣味はないが」
「ウィルの実家と比べてもらいたくないっていうかさ、ウチすげぇ貧乏だから。学院に通っているのもめちゃくちゃ無理しているんだよ」
イゼリア魔術学院は一般にも門を開いているが、実際に通うとなるとハードルはかなり高い。高い学費もそうだが、貴族の差別意識など多くの障害が彼らを卒業させまいと襲いかかる。
実力主義を謳うこの国で平民の成り上がりは不可能ではない。だがしかし、貴族連中にはそれでも足下にも及ばないと確固たる自信があるのだ。
俺は杖を取り出し先でジフの頬をぐりぐりする。
「それは嫌みか。一族から追放され家名を剥奪された俺に対する嫌みか。貴様は卒業後も家があるだろう。俺にはもはや帰る家もないのだぞ」
「そういう意味じゃ、痛いって」
「ふん」
ジフは渋々ドアを開けて中へ招く。
家の中は確かに狭く暗い。おまけにあちこち壁や床が剥がれていてボロボロだ。
ぱたぱた足音がして、小さな女の子が笑顔で走ってくる。
「おにーちゃん、おかえりなさい!」
「ただいま。父さんと母さんは?」
「さぎょうばでおしごとちゅう。このめつきのわるい人は?」
子供が俺を指さし率直な感想を述べる。
よーし、良い子だ。今すぐ訂正しろ。
俺は目つきは悪くない。子供に好かれる素敵な紳士だ。
「ごめん。妹は思ったことをすぐに口に出すんだ」
「……そうか。名前は?」
「ターニャ、五さいだよ」
ターニャはそう自己紹介しつつなぜか俺の背中を這い上がる。
ジフが慌てて剥がそうとするが、がっちり服を握られ離れようとしない。
「この人からお金のにおいがする。あたしお金持ちとしりあいたい」
「やめろって恥ずかしい。手を放せターニャ」
「お金持ちとけっこんしてみんなにらくさせるの」
「悪いが俺は貧乏だぞ」
ターニャはするりと床に下りて俺の足を撫でる。
「どんまい」
「もういいから向こうに行ってろ!」
ジフは妹を抱え部屋に押し込む。
なんだろうこのモヤモヤ感。
子供に同情されたのか?
ジフは先ほどのやりとりをなかったことにしたいようで、一切触れないまま家の奥へと誘導する。
「ここがウチの倉庫だ」
「ほう」
家の裏には立派な倉庫があった。
とはいっても屋根は一部が落ちて陽光が差し込んでいる。
倉庫の至る所に光に照らされて揺れる草があった。
マナ草だ!
本当にあった!
ざっと見て百株はある。
一株あたり葉っぱが二~四枚ほどなので、全て売れば二、三百万はかたい。
もちろんこれらはジフの家の所有物だ。全てをいただくことはできない。
「葉っぱ十枚と株を五つ売ってくれないか」
「タダでいいけど」
「それはダメだ。君はどうにもお人好しすぎる。利益はちゃんと確保しろ。夢があるならなおさらだ。今、マナ草は数が減って高騰している。ここで上手く数を増やして少しずつ市場に流すんだ。いずれ価値は落ちるだろうが、それまでは良い収入源になる」
「そ、そっか、サンキュウ」
まぁ、俺も同じことをするつもりなのだが。
ロロアがこの話を持ってきたのは恐らくそれが狙いだ。
マナ草を増やし薬学科へ密かに売る。これは良い商売になるぞ。
俺は百万デラーをジフに渡す。
こんなに貰えないと戸惑っていたが、むしろ金が成る草と思えば安い。
「ところでどうしてこんなに草が生えているんだ。マナ草は日当たりが良くて魔力が濃い場所に生えると聞くが」
「この倉庫は失敗した武具の保管庫にしているんだが、その中には魔力を込めた奴も結構あってさ。それが原因じゃないかな」
倉庫には武具が山積みに置かれている。
つまり魔力を発する物の近くでないと上手く成長しないと。
魔力を発する物……あの青い岩、まだあそこにあったよな。
「感謝する。またな」
「あ、おいウィル」
俺は急いで帰宅した。






