10話 銅貨ってなんですか?
放課後に屋上から校庭を眺める。
複数のグループがランキング戦に向けて訓練を始めていた。
完全に出遅れた。声をかける前にすでにクラス内ではグループができていた。
それでもまだ誰とも組んでいない数人に声をかけてみたものの、予想通り「召喚不能者はちょっと」「ウィルの召喚獣って弱いよね」とイメージが足を引っ張る。
リーディアの実力を見せたのはたった一回だ。
ダットのトロールを倒したあれだけ。
個人戦なら確実に勝てる。自信がある。
だが、これはグループ戦だ。
俺一人では参加すらできない。
ロロアめ、杞憂に終わるってなんなんだよ。
「まだフリー、なんだよな? もし良かったらオレと組まないか」
「!?」
声をかけられその相手にギョッとする。
ジフ・アンダーソン――体格が良く顔が整っていて人格者でクラスの中でもすこぶる評判がいい奴だ。驚いたのは彼が声をかけてきたからもあるが、まだグループを組んでいなかったところだ。
彼なら誰に頼んでも入れてもらえるはずだ。
「なぜ?」
「変じゃないだろ」
彼は召喚獣を喚び寄せる。
現れたのは『第二階位』フレイムドッグ。
赤毛の犬はぱたぱた尻尾を振ってなぜだか嬉しそうに俺を見ている。
「オレは召喚将になって騎士団に入りたい。ランキング戦に参加しないなんて選択肢はないんだ」
召喚将になった者の多くは召喚騎士団に入団する。
そこが上へのスタートラインだからだ。
「俺だったら断らないだろうと声をかけたんだろ」
「ちが、!?」
「心に刻んでおけ。目指す目標は竜将だ。召喚将など通過点に過ぎない」
ジフは「竜将……だと?」と恐れ戦く。
反対にその足下にいるフレイムドッグはその目に闘志を宿していた。
召喚獣がヤル気なのに召喚者がこれではだめだめだな。
「俺が君と召喚獣を鍛えてやる。俺を存分に利用しろ。その代わり俺も駒として利用してやる」
「……勝てるのか?」
「疑念を挟む余裕などあるのか。選択肢は一つだろ」
勝つしかないのだ。
「ダメだ。あと一人が見つからない」
「君が女子の一人でもたらし込んでいたら楽だったんだが」
「オレをそんな風に見てたのか!?」
俺達は屋上でぼやく。
成果はゼロ。このままでは参加すらできない。
ジフが意を決したように口を開く。
「今までのこと謝るよ。オレは最低の側にいた」
「?」
「ウィルが召喚不能者だと分かった時、心の中でスッとした気分だったんだ。名家でもオレより下がいるのかって。後でめちゃくちゃ後悔した。だから謝ろうとしたんだ。でも、オレ変に空気読んじゃう奴だから。周りの顔色ばかり窺って動けなくなって。ごめん」
俺は杖を取り出しジフの頭を殴る。
「いっ、つ!? いきなりなんだよ!?」
「今さら謝罪されても困るんだよ。俺の傷が癒えるのか。一族に戻れるのか。それはただの自己満だ。これは取引だ。君は俺と契約したんだ。利益の為に俺の駒になると。だから謝罪なんて不要だ」
ジフの目の奥を視線で真っ直ぐ射貫く。
謝罪して友情ごっこでもしたいのか。ジフ・アンダーソン。
必要なのは互いに利用し合ってでも目の前の問題を解決することだ。俺はすでに割り切っている。君もよそ見をせず前を見ろ。
俺達はまだ底辺だ。ここから最上まで上るんだ。
「ウィルは強いな」
「感心している場合か。騎士団に入団するつもりなのだろ」
「そうだった」
フレイムドッグが「わん」と吠えた。
吠えた先にいたのはリーディア。それに少女が一人。
「一人だけ入ってもいいと言ってくれた方がいまして」
「わた、わたた、わたしでよければ!」
小柄で目元を前髪で隠した少女。
あの子……誰だ?
ジフも記憶にないようで思い出そうと唸っている。
「もしかして覚えられてない!? レイミー・アンクルトンです! いつもウィル君の前の席に座っているじゃないですか!」
あー、うーん、いたような気が。
存在感がなさ過ぎてぼやけている。
いたんだよ、たぶん。そういうことにしよう。
「召喚獣は?」
「第四階位の、マーメイドです……」
ようやく記憶の中で該当する人物をヒットさせた。
ただし明瞭に記憶しているのは召喚獣の方で召喚者はぼやけていた。
記憶力には自信があるのだがここまで思い出せないとは。
認識阻害ならぬ記憶阻害の魔術か呪いでも使用しているのだろうか。
召喚者のデータは皆無だが、マーメイドは強力な召喚獣だ。非常に心強い。
「歓迎するぜ」
「はい」
「しっかり駒として働け」
「はいっ!」
冷たい態度をとっているのにめちゃくちゃ嬉しそうだ。
「ずっとウィル君とお友達になりたかったんです。頑張ってきた甲斐がありました」
頑張った……?
「ほら、倒れたウィル君に手を貸したり。ダット君が勝負を持ちかけた時だってずっと止めようと皆に訴えてましたし。エリーゼさんが嫌なことを言った時だって、レイミーは大きな声で注意したんですよ」
「え」
いや、待て。確かに思い当たる節がある。
召喚儀式の時も視界の端に誰かいて手を借りたような気が。
気づいていなかっただけで俺にも味方がいたのか?
彼女には申し訳ないが、誰一人として君に気づいていないと思う。
「と、とりあえずよろしく」
「はい」
それぞれ握手を交わす。
ふと、ジフが思いついたようににやっとした。
「ウィルって学院の裏庭で暮らしてるんだよな。そこで軽く親睦会でもしないか」
「構わないが……夕食を食べるつもりなら材料費をもらうぞ」
「お金ですか? これで足りますか?」
レイミーがニコニコしながら金貨を五枚俺に渡す。
ちょ、頭おかしいのか。五十万デラーだぞ。
一般家庭であれば金貨一枚で三ヶ月食べていけるんだぞ。
「銅貨はないのか」
「銅貨ってなんですか?」
銅貨を知らないだと!?
貴族でもそんな台詞吐かないぞ!
こ、こいつ、とんでもない金持ちのようだ。
そういえばアンクルトンの名に聞き覚えが。
この国で有数の大商会がそんな名だったような。
存在感が激薄なのにその背後は存在感馬鹿デカじゃないか。
なんなんだこの女……。






