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1話 名家の息子は出来損ない


 大勢の見守る中、俺は召喚の準備を整える。


「ウィル・レインズ始めなさい」

「はい」


 イゼリア魔術学院の召喚儀式場。

 期待の眼差しを向けるのはクラスメイトによく知った顔。


 婚約者のエリーゼ。

 専属世話係のアン。

 入学して友人になったヘイオス。

 クラス担任のデロン先生。


 召喚陣に魔力を通し呪文を唱える。

 陣は発動し輝き始めた。


「練習通りだ。問題ない」


 落ち着け、何が出てきても上手く対処するんだ。


 イゼリア魔術学院の召喚科に入学して一ヶ月。

 俺は召喚士の通過儀礼となる最初の召喚に挑戦していた。


 だが、これはただの儀式ではない。


 国内外の召喚士が注目する重要なイベント。結果によって在学中の扱いが決定され、卒業後の針路も大きく左右される。故に絶対に失敗は許されない。


 陣が一際大きく輝く。


「――おかしい。どうして出てこない」


 一向に召喚獣が現れない。それどころか陣は明滅を始めた。


 儀式場にいた全員がざわつき始めた。

 俺も内心で焦りまくる。

 陣へ魔力を追加で注入する。召喚の詠唱も再度行う。

 それでも陣は停止しようとしていた。


 そして、完全に停止する。


 俺は一瞬、頭が真っ白になった。


 失敗。召喚に失敗したのだ。

 それも最悪の失敗。


 密かに自信があった。息巻いていた。もしかしたら最強の一角とされる竜種を喚び出せるかもと。

 竜種どころかゴブリンもスライムすら出てこない。


「先生、もう一度、もう一度だけやらせてください」

「何度やっても無駄だ。どうやら君に才能はないらしい。期待していたのだがまさか召喚不能者だったとはな」


 デロンは落胆の色を見せる。

 クラスメイト達の俺を見る目が途端に冷たくなった。


 そうだ、エリーゼ。

 君だけは俺のことを分かってくれるだろ。


 俺が手を伸ばすと、彼女は拒絶するように手を弾いた。


「気安く触らないでくださるかしら。召喚不能のゴミ」


 エリーゼの背後ではフェニックスが見下ろしながら首を傾げている。

 竜種と並ぶ『第六階位』の聖獣種。最高クラスの召喚獣としてよく名が知られている。


 彼女の召喚獣だ。


「……ゴミ?」

「ああ、最悪だわ。レインズ家の次男と聞いたから喜んでいたのに。まさか召喚もできない出来損ないだったなんて。お父様に解消をお願いしなければ」


 優しかった彼女が、別人のように俺を冷たくあしらう。


 だが、これが召喚士という生き物だ。

 冷酷なまでに実力主義。


 さらに友人のヘイオスが、レッドドラゴンを連れて俺に呆れた様な表情を向ける。


「お前、召喚不能者だったのか。仲良くして損した」

「違うんだ。こんなはずは――うぎっ!?」


 レッドドラゴンの尾撃が俺の身体を打つ。

 すさまじい衝撃に儀式場の壁へと背中から叩きつけられた。


 意識が飛んでいたのかヘイオスとデロンの会話が途中から聞こえた。


「――だ。いくらゴミでも殺せば罰せられる。気をつけろ」

「申し訳ありません。つい頭にきて」

「しかし、今の攻撃は素晴らしかった。君は見込んだとおり非常に優秀だな。感心したぞ」

「お褒めをいただき感激です」


 俺は壁を支えにしながら立ち上がる。


 すでに俺はクラスメイトとすら認識されていないようだった。全員がこちらに目も向けず和気藹々としている。

 話題の中心はヘイオスとエリーゼ。


 最強クラス『第六階位』を召喚できたのはあの二人だけだ。


 一方の俺は召喚不能者。

 落ちこぼれにすらなれないゴミ扱いだ。


 一人静かに儀式場を出た。



 ◇



 日が落ちても、寮の窓から外を眺め続けていた。

 思い出すのは今日の出来事。


 これからどうすべきなのか、まだ受け止めきれず考えがまとまらない。


「ウィル様」

「アン」


 専属世話係であるアンが部屋へ入る。

 彼女は幼い頃から面倒を見てくれている姉のような存在。


 醜態を晒した俺を叱りに来てくれたのだろうか。


「先ほど当主より連絡があり、二度とレインズを名乗るなとのご指示がありました。貴方はもうレインズ家の者ではございません。よって学費も一切支払わないとのことです」

「な、んだと?」

「もう会うこともないと思いますので最後のご挨拶を」


 彼女は深く一礼し部屋を去った。


 俺は呆然とする。

 自然と乾いた笑いが口から出ていた。


 不能者と分かった途端これか。あんまりじゃないか。


 俺の中で怒りの炎が小さく灯る。


「全員を見返してやる」


 絶対に召喚士を諦めない。学費も自分で払ってやるさ。

 俺を捨てたことを必ず後悔させてやる。


 そして、歴史に残る召喚士になってやる。


「なぜだ、なぜ呼びかけに応えん! 私は宮廷召喚士だぞ!」

「あれは未だかつて一人も主をもったことのない異質な召喚獣ですので。決して貴方だけが失敗したというわけでは」


 外から声が聞こえ、身を隠しつつ見下ろす。

 二人の男性が男子寮からやや離れた位置にある建物から出てくる。


 あそこは確か、立ち入り禁止になっていたはず。


 しかも宮廷召喚士だと?

 あのエリートの頂点と呼ばれる宮廷召喚士がなぜ学院に?


 二人は立ち止まり会話を続ける。


「あの『異形八獣』の一体がいると聞いたからわざわざ来てやったのだ。召喚獣は優秀な召喚士に従うものだろう。なんだあれは。私を前にして反応すら見せん」

「仰ったようにあれは異形八獣でございます。だからこそ容易に使役できないのは前もってご理解されていたはず。しかもあれは一度も目覚めたことのない特殊な個体です」


 異形八獣――召喚士なら誰もが知っている伝説の存在。


 『聖天十二召喚獣』

 『竜王三種』

 『二十六大召喚獣』


 これら伝説と並ぶ伝説。


 千年前に起きた『召喚大戦』は召喚士と召喚獣の有用性を世に知らしめた。その折に猛威を振るったのが先に述べた伝説達だ。異形八獣はその中でも特に異彩を放ち、他の召喚獣を圧倒しながら人々の記憶に恐怖を刻みつけた。


 嘘か誠か、異形八獣は天から降ってきたそうだ。

 それらは石に包まれ、ふさわしき主が現れるまで眠り続けているとか。


 まさかこの学院にその一体がいたなんて。


「寄付金の件、少々考えねばならんな」

「よろしければ開発中の魔道具をお見せいたしましょう。まだスポンサーを募集中でして」

「ほう、興味が湧いた。案内しろ」


 二人は離れて行く。

 俺は急いで寮を出ると例の建物へと近づく。


 分厚い金属の扉に手をかけると、鍵がかかっていないようで僅かに開いた。


「この奥に主を持たない召喚獣が……」


 召喚に失敗した俺に残されている手段は二つ。

 どうにかしてもう一度儀式をするか、主のいない野良召喚獣を手に入れるかだ。


 儀式は魔力が満ちる満月の日にしか行えない。現状、次の満月まで待っている余裕はない。

 俺は今すぐ召喚獣が必要なんだ。


 召喚獣を求めて階段を駆け下りる。

 異形八獣は地下に保管されているようだ。


 底まで着くと重い扉を開いて奥へと進んだ。


「なんて魔力の密度、身体が重い」


 広い部屋に入るとまず漂う魔力の濃さに目眩がした。

 身体に重くのしかかり足がふらつく。


 まず目に入ったのは巨大な封印陣。


 その中心には四方から延びる鎖で縛られた巨大な青い岩だった。

 岩の真ん中には美しい少女が死んだように眠っている。


 これが異形八獣、どこからどう見ても人じゃないか。


『……た』


 どこからか声が聞こえる。

 発生源は岩の方からだ。


 俺は足を進め近づく。


『ってた……触れ……』


 なんだって?

 聞こえないぞ。


 俺は封印陣の内側へ。


 さらに漂う魔力が濃くなり頭痛と吐き気を感じた。

 この封印陣は溢れる魔力を抑えているようだ。

 内側に入った事でモロに影響を受け始めていた。


 視界はゆがみ方向感覚が狂い始める。


 魔力が濃すぎる場所は人を死に至らしめる。


 それでも俺は前に進み、ようやく岩に手を当てた。


『お待ちしておりました。我が主』


 声がはっきり聞こえた。

 かと思えば岩に亀裂が走る。


 岩が砕け散り、少女は破片が舞う中で静かに着地した。


 絹のような艶のある銀色の長髪をなびかせる。

 すらりとした手足に驚くほど細い体幹、そのせいで胸がよりいっそう大きく見える。

 人外じみた美しい容姿は一度見たら目が離せない。 


 彼女は双眸ではっきりと俺を捉え、


「んんっ!?」


 いきなりキスされた。





のんびり長く続けられたらいいなと考えております。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 学生の頃から、態々次男坊に婚約者宛がってるのは何か事情アリなのかな?
[良い点] 再会お待ちしておりました! 教師に婚約者に友人に専属メイド、いきなりクズっぷりを見せつけています。前回と違うのはこの描写が濃かったこと。今回のざまぁはどんな形で行われるのだろう? 異形八獣…
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