聖拳(物理)
当然ゾンビどもが素直に並ぶはずもないのでそのまま斬りかかろうとしたのだが、何故かリンがじたじたしている。正直、左手1本で抱えているので動かれると落としそうなんだが……
「リン? 空気読んで動かないで貰えるか? そうでなきゃ落とすが」
「空気読んでるからこそ動いてるんですよっ! リンだって戦いますとも! 」
「は、マジで? 」
いや、ないだろ。身のこなしからして戦ったことがろくにないのが分かる。加えて武器はどうすんだ、とかメイド服は戦うための服じゃないだろ、とか言いたいことがありすぎる。
「いや、いいって。別に俺1人で何とかなるし。大人しくしとけ」
「いーやーでーすー! リンは勇者様の役に立つために今ここにいるんです! 」
「強情なヤツめ……ああ、もうこんなこと言い争ってる場合じゃないんだよ。大人しく俺から離れるな、いいな!? 」
そう言い残すが早いか、地面を蹴り近くまで来ていたゾンビを縦に真っ二つにする。倒れかかってきた死体に飛び蹴りをかまし、その反動を利用して後ろに来ていたゾンビ2体を巻き込むように横に薙ぐ。
……うん?
リンの近くにいるゾンビを適当に破壊しようと投げる用の石を取りだしたのだが……あれ? リン、その槍どっから出した?
「――――シッ」
メイド服が翻り、水色が舞い、黒い軌跡が戦場に刻まれる。瞬く間にリンに近づいていたゾンビがこま切れ肉に……うえ、肉食う気失せるからやめろ。
「リィーン! 色々聞きたいことはあるけど、とりあえず自衛くらいはできるんだな!? 」
「余裕ですよー! 何なら勇者様のことも守ってあげますっ!! 」
「結構結構っ……! 」
リンが1人で何とかなるなら、意識をわざわざ護衛モードにする必要も無い。宿屋の親父はなんかもう手遅れ感が凄い。となるとガチ戦闘モードに切り替えようか。……ふむ、数も多いし大盤振る舞いと行こうか。
「――――【励起】」
この言葉こそは即ち世界への宣誓。世界を流れる強大な力をもって、お前を変えてやるという一方的な宣言。
「目覚めよ、神威宿せし聖なる剣――――」
この剣こそは悠久の時を超えて我が手に在りし神工の剣。千の悪を切り、万の魔を断つ人の願いの集合。
そう、その名こそ即ち――――
「ポーステア!!! 」
刀身に宿る術式が周辺の魔力を奪い、そのサイズを拡張させていく。両手剣ほどの大きさになったところで軽くひと振りすれば、燐光が散り周囲に飛び交う。
「ぜあっ! 」
全力の跳躍、そのままゾンビの群れのど真ん中に飛び込み3回転半。刀身が伸びようが重さは据え置きなため、こんな芸当も簡単に出来てしまう。ちょっとした無双感が味わえるな。
などと頭では考えつつも身体は次から次へと獲物を求めて動いている。基本的にこの程度の相手なら当たれば一撃消滅なので、とにかく数を減らす為に大振りな攻撃を繰り返し、近寄ってくる相手には聖拳(物理)で対処する。
そんなこんなで戦うこと10数分、ようやく目に見える範囲のゾンビを殲滅した。苦戦こそ全くしなかったのだが、とにかく腐った人型の何かを切り倒し続けるというのはあまり気分のよろしいものでは無い。こういうことを考える度にまだ自分は人間でいられると感じる。
「おーい、リンー? 無事かー? 」
「あっ、勇者様っ! はい、リンは無事ですよーっ! 」
とりあえずここを離れたいので途中から忘れていたリンを呼ぶ。ぴょんからぴょんから跳ねながら飛びついてきたリンを撃ち落とし見てみれば、見える範囲で特に怪我をした様子はなく、服が汚れている様子もない。
「なんというかあれだな、お前ホントに戦えたんだな」
「それ疑ってたのに戦場に1人でリンを放置したんですか!? 賠償として勇者様の人生を頂戴しますよ!? 」
「追い剥ぎレベル100やめろ」
忘れていたと言えばもうひとつ、宿屋の親父はどうなっただろうか。何か重要そうなことを言ってはいたが、あれはもう助からないんじゃないかな。何か明らかにヤバそうなのに変化しそうな、そんな雰囲気があった。
念の為リンを後ろに下がらせ、宿屋の中に踏み込む。
「親父さーん? 無事ですかー……? ……あぁ」
確かに宿屋の親父は、宿屋の親父だったと思われるモノはそこにいた。だがその瞳からは既に理性の光は失われており、その肉体は元が人間だったとは思えないほどに醜く変貌していた。
「ふーん……見たことないな。珍しいかも」
今までずっと変化を続けていて今完成したのか、あるいは俺を見て変化したのかは知らないが、宿屋の親父はつんざくような悲鳴とともにみるみるうちにその肉体を膨張させ、俺たちの前へと立ち塞がった。
「vuwaaaaaaaaaaa!!!!!」






