言葉が通じるタイプの狂人
「……はぁ」
未だ太陽の光はちらりとも見えない様な時間に、俺はエルミア王国の城下町へと続く街道を逆走していた。……走ってなくても逆走って言うのだろうか。
少し冷静になって考えてみれば明らかに今の俺の行動はやりすぎ……というか少々おかしいまである。確かに報酬を貰えないというのはあまり想定していなかったことではあるが、それだけでここまで取り乱すものだろうか。うーん……
「いいや、考えても仕方ない。それよりこれからどうするか……」
今すぐ戻れば何事も無かったように出来るかもしれないが、なけなしのプライドなのかなんなのかどうにも戻ろうという気持ちになれない。
「この流れでただ人助けというのも、な……」
「ふふふ、でしたら旅なんか如何でしょうかっ」
旅か。それもありかもしれない。言っちゃなんだが、異世界に来てから今まで修行、修行、魔物の撲滅、そんでもってさらに修行みたいな感じで、ろくに観光の1つもできちゃいない。今までお世話になったところを周りつつ、人助けもする。観光もする。意外と悪くない気がしてきた。
「……まあじゃあ近くの村にでも行こうかな」
「ええ、ええ! 行きましょう! 」
……あれ?
「えーっと、どちら様でしょうか? 」
何やら先程から独り言に返答があるような気がしていたが、本当に誰かいたらしい。こう、気を紛らわせるために自らが生み出した幻聴的なのだと思ってた。
振り返ってみれば、そこに居たのは1人の少女だった。顔は結構幼い感じだがかなり整っており、将来は可愛い系の美少女になれそうなポテンシャルを秘めていることがひと目でわかる。
……と、それはいいのだがいくつか気になる点がある。
まず1つ目、髪の毛は全体的に明るい水色なのに何故か頭頂部で激しく主張をしているアホ毛だけ黒いこと。今までこの世界でメッシュを入れてるような人や髪を染めている人には出会ったことは無かったのだが、単純に俺の見識が狭かっただけなのだろうか。
そして2つ目、さっきまで聞こえていた声は割と元気めかつハイテンションな感じだったのだが、何故か俺が振り向いてからずっと無言である。ふにゃっとした笑顔をしつつも目が笑ってない。ハイライトもない。その黒い瞳からは何1つ考えてることがわからなくて正直少し不気味だ。
そして何より3つ目………………
「何でメイド服……? 」
「やっと喋りかけてくれたと思ったらそれですか、何ともまぁ乙女心の分からないお人ですねぇ」
結構辛辣な言葉を頂いてしまった。初対面やぞ……じゃなくて、こほん。
「何か用でしょうか? さっきから話しかけてきてましたよね? 」
「いえ、特別用事があるという訳では無いですね」
「ではもう行ってもよろしいですか? 」
「いいですよ、行きましょう」
てくてく。てくてく。
……うん?
「あれ、俺になにか用事があるわけじゃないんですよね? 」
「そうですよー、さっきからそう言ってるじゃないですか」
「じゃあなんで着いてきてるんですか? 」
「え? 」
何だその反応。さも俺がおかしいことを言ってるみたいな目はやめろ。
「なんで着いてきてるの……って、勇者様さっきリンと一緒にイチャイチャしながら旅をしてくれるって言ったじゃないですかっ! 」
「あれ俺その記憶ないけど記憶消えてんのかな」
「はーっ! 勇者様、女の子との約束を忘れるなんて失格ですよ、失格! 人としてなってない! 人間の形をとった生ゴミとか呼ばれても文句は言えないですよ!? 」
「謂れのない罪に対する糾弾のレベルじゃないんだが」
敬語すら取れるレベルのやばさだ。まずいな、今までにあったことのないタイプのヤバい人間だ。このままこいつのペースに持ってかれるとなんかヤバい気がする。勇者の勘がそう囁いている。
「……はぁ、ま、いいですよ。勇者様がそんななのは今に始まったことじゃないですし」
「……ん? というかさっきからの勇者様呼びといい、ひょっとしてどこかで会ったこととかあるのか? だったら悪いんだけど……」
「勇者様、勇者様。リンは勇者様に対しては激チョロいので、そんな古典的なナンパゼリフでもきゅんってしちゃいますけど、普通の女の子はそれじゃ落ちないですからね? 」
「ナンパちゃうわ。っていうかおま……君、リンって言うのか? 」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれましたっ! 」
そういうと暫定リン何某は何やら決めポーズらしきものを決めつつ叫ぶ……!
「リンの名前はリンっ! 今をときめく超完全究極最強僵尸、なのですっ!! 」
バチコーンという擬音が飛びそうなくらい完璧なウインク、そして凄まじく煌めくようなドヤ顔であった。意味わからん。