終わりへの第一歩
こんにちは皆さん。私は今、王城の中のとある1室にいます。かなり広いお部屋ですね。開放感と高級感を同時に感じられる良い部屋です。床には触っただけで高いと分かる絨毯が敷かれており、オーナーのこだわりが伝わってくるようです飽きてきました。
これは別に俺がおかしくなったとかそういうことでは無い。現実逃避をしていたが、別に何か問題があったという訳でもない。普通に俺の要求はあっさりと許可され、その後勇者御一行はお城へとドナドナされ、美味しいご飯を食べて今ここに至っている。
そして部屋は個人個人に割り振られていて、部屋には暇を潰せるようなものが無いため、さっきのような脳内ホテルレビューが始まっていたというわけだ。
「しかし暇だ…………適当に散策してもバレないか、うん」
いや違うから。これはトイレを探していただけだから。そんな言い訳を脳内で用意しつつLet's脱獄。気分はお城に忍び込んだ忍者だ。暗殺者でも可。
しっかし暗い廊下だな。これは少々客に対するサービス精神が足りていないと言わざるを得ない。……俺は何目線で物を言ってるんだろうか。
「……ん? 」
右斜め前の方から聞こえてくる話し声。女性の声だとは思うが聞いたことは無い。さしずめ城の女中か何かだろうか。気づかれないように忍び寄って……っと。
「…………魔王…………倒され…………平和…………? 」
「勇者様…………お仲間…………傷…………」
うーん、割と小声で喋っているのかあまり聞こえない。漏れ聞こえてくる単語を集約して考えると俺たちの話をしているようにも聞こえるが…………いやまあそんなにこだわることでもないか。別の所へ行こう。
そのままUターンし、複雑にくねっている廊下をひたすらに突き進む。なお、元の部屋に戻れる可能性は絶賛進行中で低くなっている。最悪の場合どこかの部屋に忍び込んで夜を明かすこととなるだろう。
……それは少し嫌なので、できるだけ道を覚えておこう。
さらに進んでいくとちらほらと明かりが見えるようになってきた。これはまた誰かの声を聞けるチャンスかも…………うん?
何故か開けっ放しになっているドアと、そこから聞こえてくる複数の人間の声。さっきの声は知らない人のものだったが、少なくとも今聞こえてくる女性の声が誰のものかは確信を持って言える。アイリスの声だ。もう1人は……うーん、王様か? ちょっと確信がない。
アイリスの会話となると盗み聞きするのはそれなりに気が引けるが……今の俺は娯楽に飢えている。これはしょうがないことなんだ。客人をなんの娯楽も無い部屋に放り込んでおく方が悪い。だからといっていざ娯楽を与えられても、利用はしないだろうが。
「……で、ですからお父様! どういうことですか!? 」
「……そう叫ぶな、アイリス。俺とて勇者殿の意向はできるだけ尊重したい。だがお前もこの世界を、そしてこの国を見てきたのなら分かるだろう? 」
「そ、それは……」
何やら不穏な雰囲気。しかもなんか勇者殿がどうこう言ってなかったか? ふむ、ただの親子喧嘩とかじゃなくて俺が絡んでるのか? ちょっともう少し……
「ですがやはり納得できません!! あれほど世界のために尽くした勇者様に対して何の報酬も差し上げることが出来ないなんて!! 」
「……は? 」
待て待て待て、今なんて言った? 報酬を? 差し上げられない? 頭が与えられた情報に追いついていない。それはつまり、俺のした要求は通らなかったということか?
ふざけるな! 俺がなんのために頑張ってきたと思ってるんだ。俺は別に人を助けることに快感を覚えるタイプの人間ではないし、無償の奉仕とかを好んでするタイプでもない。至って普通の人間だ。
……そう、至って普通の人間、そのはずだ。そんな俺が、何で異世界で勇者になって、世界を救おうとしたと思ってるんだ。そう、それはもちろん報酬のため………………
…………あれ? 本当にそうか? 何をもらえると言われた訳でもないのに、俺は形のない報酬を目当てにここまで戦ってきたのか? もっと他に、何か大事なことが…………
「…………」
「……………………」
「…………………………………………」
いや、違う。俺は報酬のために戦ってきたんだ。そうだ、それなのに報酬がないなんてふざけている。ここは違う。ここにいてはダメだ。どこか、どこかに行かないと。ここでは無いどこかへ。
ふらふら
ふらふら
ふらふら
嗚呼、頭に靄がかかっているようだ。何も分からない。何処へ行きたいのか、何をしたいのか。何も分からないのに何かに導かれるようにして、俺は城を離れた。
――――勇者による魔王討伐が為されたとされている翌日、エルミア王国王城内に勇者失踪の報が知れ渡った。噂は城内だけでとどまる事を知らずに城下町、ひいては国中へと広まっていくこととなる。しかしそれはエルミア王国にとって、いずれ来る災厄の予兆に過ぎなかったのだ。
――――旧約王国歴 終章「勇乱魔淵」より