脳内やかましいなこいつ
「……これに乗るのか……? 」
「勇者様、こういうのは慣れです。良い感じに笑顔を振りまいたり手を振ったりしておけばそれだけで大丈夫ですよ」
「そういうもんかねぇ……」
これより始まる凱旋。ほかの仲間たちはともかく勇者である俺や勇者の仲間でありながら王族であるアイリスは衆目に晒されなくてはならない。馬車の中で悠々とはしてられない。
「正直あまり必要性を感じられないな」
今俺の目の前にあるものを端的に言い表すならば神輿というのが早いだろうか。漫画や小説の中でしか見た事がない、海外の皇太子とかが乗ってそうなアレである。庶民的にはハードルはアホほど高い。
もちろん無事な勇者の姿を見せることが、民衆の士気を高める……というより安心させるためには必須だということは分かる。だがそれはそれとしてこんなことをしている場合なのか? とも思う。
「ほらほらぁ、主賓がそんなんじゃ良くないぞぉ? 」
バートが何やら煽ってくる。そんな態度をとるならお前をこの神輿に放り投げても良いんだが? そんな事は当然出来ない訳だが。だが、意思は伝わったのかバートはおどけながら逃げてしまった。
「背に腹は変えられない、か……」
こういう時は今後のことを考えよう。そう、例えば貰えることになっているであろう報酬の事とか。
何を要求したものだろうか。王が褒美を取らせようとか言う場面は謙遜したり遠慮したりするのがお約束なのかもしれないが、知ったこっちゃない。何せこちら勇者なのだ。多少くらい無茶な要求しても通るだろう。世界を周るのに必要な資金や拠点として家を要求するくらいのことは許される気がする。
ふむ、意外に集中できるなこれ。ちなみに先程から絶賛凱旋中だ。俺の肉体は今、適当に愛想を振りまいてる。
それはさておき、他に何を要求しても許されるだろうか。あまり要求しすぎるのも宜しくない。やはり適当に資金を貰って終わりにすべきか。
「――――勇者様、勇者様っ」
「ん、ああすまない。どうした? 」
アイリスに袖を引かれて見てみれば、いつの間にか神輿は王様の待つ広場へと到着していた。
「む……失礼致しました、アイリス様。私たちの帰還に喜ぶ王国の方達を見ていましたらつい、感慨深いものを感じてしまいまして……」
「ふふっ……ええ、構いませんよ勇者様。貴方が為した偉業はそれほどの事なのですから……さぁ、勇者様。私をお父様の元までエスコートして頂けますか? 」
「ああ、構わんさ」
方便を大声で喋りつつ、アイリスを王様……イワン=キルヒ=エルミアの元まで連れていく。とはいえ俺は勇者とはいえ身分で言えば平民。当然最後までアイリスに付き添うことはなく、王様の前で膝をつくことにはなる。
「――――面を上げよ、我が国が誇る英雄よ」
ここでひとつ言い訳をさせてもらおうと思う。いや、特に誰にするというわけでもないのだが。俺はこの世界で勇者になる前までは当然普通の学生として過ごしていた。特別貴族社会に憧れを持っていたわけでもなく、礼儀作法に厳しい家に生まれた訳でもない。
つまり何が言いたいかと言うと王様に謁見するなんて機会、これまでの人生でほぼほぼ経験していないということだ。
要するに何言うべきか何するべきか全く分からない。流石にノータイム打首獄門は無いと思うが、今後の活動がしにくくなる可能性は十分にあると思って動くのが良いか?
とりあえず顔を上げておこう。こういう場面は面接と同じだ。聞かれたらそれに答える。それ以外は何も言わない。きっとこれでいけるはず。
「まずは此度の働き、大儀であった。見事悪逆の徒たる魔王を打ち果たしたこと、深く感謝しよう」
……何で偉い人ってこういう大仰な喋り方するんだろうか。頭の中で漢字変換がされてくれない。とりあえず謙遜してこう。民族の方向性見せてこう。
「勿体なきお言葉です、王よ」
「そう謙遜するでない。お主は正しく伝説となりうる救世主。過度の謙遜は嫌味ともなるぞ? 」
なんか怒られてる気がする。全く、誰だ謙遜しとけば何とかなるって言ったやつ。もっとガツガツ行くべきか? 功績どんどん主張するべき?
「あ、有り難き幸せ? にございます……? 」
あ、なんかちょっと笑ってる。合ってるのか、その笑みは正解の笑みなのか、なんなんだ。
「さて勇者よ。お主は国を……いや、世界を救った救世主だ。その功績に見合う褒賞として何を望む? 申してみよ」
やはり来たか。俺は勉強、仕事、遊び、日常のどんな場面においても最も喜びを得られる瞬間は報酬を得られる瞬間だと思っている。テストで良い点が取れた時、仕事が認められボーナスや昇進が決まった時、試合や何かで勝てた時。少なくとも俺はそういった瞬間のために努力する人間だ。そのはずだ。
集中して考えようか。極わずかな時間で多くの思考をする能力は、戦いの日々の中で自然と身についた。それを存分に活かし、適切な回答を探そう。
まず、もともと選択肢にないが、美姫を要求するというある意味よくある展開は避けておこう。そもそもどれだけ美しい女性が、どれだけ俺のことを愛していようとも、俺はきっとアイリスと比較してしまう。相手に失礼になるだろう。
では、ありがちなところで言うと爵位? これもパスだ。領地の運営なんて信長の陰謀とかでしかやったことない。俺に出来ることはせいぜい優秀な部下に丸投げすることくらいだろう。
となるとやはりここは家と金だろう。勇者じゃなくなった俺はただの根無し草のニートに成り下がる。そうなった時のことを考えると、家とかお金を貰っておくのは悪い選択じゃないと思う。
「……では……」
口を開き、言葉を発した瞬間に気づいた。ここで何が欲しいかを言うのは罠かもしれないということに。何を言っているんだと思うかもしれないが、こういう時こそ謙遜すべきなんじゃないか? 「でしたら私への報酬は魔王の被害を受けた人への支援に使ってください」とか言うべきだったんじゃないだろうか。
だが、もう口は止まらない。
「1人で管理できるほどの広さの家とそれなりの年数を生きていける程の金銭を頂ければ幸いです」
言ってしまった。大丈夫か、これ?