陽キャのノリやめろ(改稿中)
がらがら
がらがら
がらがら……ガタンッ「ひゃっ!? ……うぅ、痛いです……」
勇者御一行は現在、魔王の城を離れ、勇者が召喚された国エルミア王国へと向かっていた。
長く君臨していた魔王を倒すという偉業。それを成した勇者パーティの馬車の中は当然、勝利の喜びに打ち震え、騒ぎ立てていた。
はずもなく。
「ちょいちょい〜……みーんな暗いよー……記念すべき凱旋の日だよぉ……もっと明るく元気にいこう」
「……お前が言うな。や、その盛り上げ役に徹するプロ根性は褒めてやるが」
「ひゅ〜……ゆーしゃクンてば、上から〜……はぁ」
お通夜か、仮面夫婦の家庭かと言わんばかりの、恐ろしく虚無に塗れた冷たい空気が馬車の中を埋めつくしていた。何なら少し死臭がしている。そのレベルである。
勇者と聖女が謁見の間を出た先で待っていたのは、死屍累々と言った様子の仲間たちだった。
勇者と聖女がたった2人で魔王へと挑んだのは、何も全てが全て作戦通りだったが故に、というわけではない。
魔王城に残されていた防衛機構。魔王軍の壊滅と魔王の生存を条件に、無限に屍の兵士を生み出すそれの対処に、他の仲間を割かざるを得なかったためである。
無限にも思われるような魔王の軍勢。それをたったの3人で食い止め続けた彼らの奮闘は、勇者と聖女の2人の激戦に負けるとも劣らない英雄譚だ。
だが、その代償もまた大きかった。
戦士、ダイン=カルバ。王国随一の剣の使い手ながら、それを欠片たりとも鼻にかけない好青年。防衛戦において、敵の進行を一手に担い、受け止め、最後まで勇者の元へ魔物を通さない守護の役割を全うした。
彼は、利き腕を食いちぎられ、二度と得意の剣を振るうことは出来なくなった。
魔法使い、ヘネス。エルフの族長の娘として産まれた彼女は、類稀なる魔法への才覚と魔力量を持ち、一族の期待と名誉を背負い、勇者の仲間となった。そんな彼女は防衛戦において最多のキル数を叩き出した殲滅のMVP。焼き払い、氷漬けにし、大地に呑み込み、切り刻み……多くの敵を葬り去った。
彼女は、限界を超えた魔法の連続行使に脳を焼かれ、一時的な記憶障害に陥った。
盗賊、バート。ひょろりとした長身、張り付けたような笑顔。本当の名前も顔も誰もが知らない王の懐刀は、勇者の旅に最初から同行し、ありとあらゆる雑事をこなした。防衛戦においても彼の役割が変わることは無かった。支援、妨害、攻撃。そのどれもを高水準でこなす彼がいなければ、早い段階で戦線は崩壊していただろう。
彼は、寿命を削る事で火事場の馬鹿力を引き出す薬物の過剰摂取の果てに、もはや数年も生きられない体となった。
そんな死に体の3人と死にかけの2人は、互いに互いを支え合う老老介護の様相を呈しながらも何とか城を離れ、帰りを待っていた馬車へと乗車。帰路に着いたのであった。
「バートさん、きっとまだ皆様お疲れなのですよ。激しい戦いでしたから」
そんな、死屍累々の馬車の中。比較的軽傷の聖女……アイリスがバートに優しく笑いかける。
「……まぁ、そうだよね。皆ボロボロになるまで戦ってたから」
「バートさんも、ですよ! ほら、ちゃんと休んでください! 」
「あっはは、大丈夫、大丈夫〜。僕が1番軽傷だしね」
そう言って笑うバートが視線を向けた先に居るのは、ダインとへネス。ぼんやりと虚空を見据え、軽い自失状態に陥っているヘネスはなんの反応も示さなかったが、腕を抑え、瞑目していたダインはその視線に気づき、辛そうに笑う。
「はは……すいませんね、勇者殿にアイリス様。私が不甲斐ないばかりにこのザマです。勇者殿は怪我などございやせんか? 」
「ああ、俺の方はまぁ問題ない。ってか、不甲斐ないこたぁないだろ。過度な謙遜はアレだぞ…………良くないぞ」
妙な沈黙の後の浅い言葉。おおよそ、人を褒めるだとか激励するだとか、そういった方面の語彙力に乏しい男である。これでも勇者。
「ははぁ、そう言って貰えると……ええ、この傷にも意味があったんでしょうなぁ」
悔いるような、安堵したような、でもやっぱり少し未練があるような、そんな何とも言えない感情が綯い交ぜになったような表情で、失われた右腕を見つめるダイン。
馬車の中に、微妙な沈黙が落ちる。その前にバートが再び口を開く。
「そういえばさぁ、魔王を倒した以上このパーティーももうお別れなんだよねぇ……皆は、この後やりたいこととか決まってるの? 」
にはは〜と笑いながら、皆に話題を振るバート。勇者の言い出しっぺから話せよという視線は軽くスルーしている。
そんな2人に先陣を切る気が一切無いのだということを察し、アイコンタクトで押し付け……譲り合うアイリスとダイン。
火花を散らす眼戦の末、最初に口火を切ったのはアイリスだった。
「こほん! ……そうですね、私にはまだまだ果たすべき役目も、清算すべき過去も、何もかもが残ったままです。ですので、それらを1つずつどうにかしていく、というのが直近のやるべき事となるでしょうね」
真剣に、どこまでも真面目に己の行くべき道を語るアイリス。それに対して、バートは露骨な不満顔である。
「違う……ちっがうよ、アイリスちゃん! 」
「えぇ!? 何が違うんですか? 」
「そういうお役目とかの重たい話じゃなくてさぁ、もっとこうやりたい事〜とかそういう明るい未来の願望のお話をしたい訳! 僕は! 」
「そ、そう言われましても……でもそうですね、やりたい事……」
しばし頬に手を当て考え込んでいたアイリス。少しして、何かを閃いた! という顔をし、勇者をじっと見つめ、頬を染めたかと思えば、そのまましゅんと沈み込む。
「えぇ……? あ、アイリスさんや? どしたん? 」
勇者からしたら、将来を考えていたはずの聖女が急に謎の百面相大会だ。ドン引きもいい所である。
「えっ、あ! ち、違うのです。違うのですよ、これは。……その、少しばかり幸せな未来と言うか、願望というか、そういったものを考えてしまっただけというかぁ! 」
「あ、うん。よく分かったから。はい。大丈夫でーす」
「な、何ですかその雑な対応! 絶対変な勘違いしてますよね!? 違いますから! 」
「ハイハイ、分かってます分かってます。聖女様の言う通りでございます」
「ゆ、う、しゃ、様ぁ!! 」
私、怒ってますから! と言いたげに髪を逆立て、手をぶんぶんしながら勇者に詰寄るアイリス。それを見守るバートとダインの視線は最早、微笑ましいものを見る目と言うより、父性に溢れている。
「ははは、2人は相変わらずだねぇ。」
「おやおやぁ、ゆーしゃクン? 何その顔ー、何か思うところでもあるのかなぁ? 」
「……? そんなに変な顔でもしていたか? てか、そういうバートはなにかやりたいことはないのか? 」
「僕? んー、ぼかぁそういうの特に決めない人なんだよねえ。風来坊ってやつ? 気ままーに生きてきますよ」
「なるほど、つまり現状維持か」
辛辣だなぁ、などと笑いながら言ってくるが別に間違ってないだろう。相も変わらず軽薄そうな顔つきをしているからな。だが、俺の仲間の中でも直接的な戦闘力という点では最も劣るバートも無事生き残ってくれたことは素直に喜ばしい。口にすることは無いが。
「ふむ、へネスはどうだ? 別にやりたいことじゃなくても、食べたいものとか行きたい場所とか無いのか? 」
「行きたい場所、ねぇ……そうね、特に私もやりたいこととかは無いわ。テキトーに生きてくわよ」
「おっ、へねっちゃん僕とおんなじじゃん! おそろーい」
「はぁ? 貴方と一緒にしないでくれる? 私は貴方と違ってそんな刹那的に生きる気は無いのよ。現実を見て堅実に生きてくわ」
俺の言えた義理ではないが、人生を楽観的に捉えているやつが仲間内に多い気がする。とはいえ魔王を倒した今、この集団生活も終わりを告げる。俺が気にすることではないだろう。
「てかゆーしゃクンはどーなのよ。ぶっちゃけなんかやりたいことがあるーって感じの人じゃなくない? 」
「失礼だな、ちゃんと今後の人生のことは考えてるぞ」
「えっ、マジで? 大丈夫? 洗脳とかされてない? 」
「お前の中の俺がどうなってるかは1回聞いてみたいところだな」
「あっはは、冗談、冗談。ではではどどーんと発表どうぞ!」
なんだその下手くそなバラエティの司会みたいなフリは。
とはいえ、将来やりたいことか。まあ、そんなことは決まりきっている。
「この剣が俺を選び続ける以上、俺が救世の道から外れることも無いよ」
「あー……流石だねぇ、ゆーしゃクンは。ホント、なるべくして勇者になったって感じだね」
「俺が、か? 」
そんなことも無い気がする。少なくとも元いた世界では俺は今のような人格では無かったはずだ。
「勇者様がその剣と共にあり続ける道を選ばれるのであれば、私も自然と勇者様のお傍にいられますね」
「……そうか、そうなるとあまりこの剣を握り続けることに固執しない方が良いな」
「え!? ゆ、勇者様、そんなに私と一緒に居るのはお嫌、です、よね……」
「何故そうなるんだ? ただ俺の未来にアイリスを付き合わせることになるのは悪いと言うだけだ」
「む、ん、むー……」
何やらアイリスが葛藤を抱えながら黙ってしまった。正確に言えばむぐむぐ言ってたりはしているのだが。他の仲間たちも何やら歓談に興じているようなのでアイリスを置いて御者席へ。
「御者さん、お疲れ様です。あとどれ位で着きそうでしょうか? 」
「おお、勇者様。あともう少しで……ほら、見えてきましたよ」
「おお……長かったな」
遠くに見える街の外壁が、この世界に来た頃の記憶を呼び覚ます。初めてこの世界に来た時のこと、仲間たちと進んだ終わりなき戦い、全てを救うことは叶わなかった失われた命達、それでも前へと進み続けた旅路、色々な思い出が頭をよぎっていく。
ふと見ればいつの間にか横にバートが来て叫ぶ。
「さぁ、勇者一行の凱旋だ!! 」