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戦う理由


 暗く……否、黒く染った城内に動く影は3つ。


 1つは男。度重なる連戦、激戦にその身をボロボロにしながらも、ギラギラと輝く闘志を目に宿し、頬を吊り上げ、聖剣を構える人間……勇者。



 1つは女。勇者と同じく積み重なった戦闘の痕跡に、その柔らかで整った肢体を蝕まれながらも悲壮感と責任感に溢れた表情で杖を構える人間……聖女。



 そしてもう1つは男。美しく整えられていた髪を直すことも忘れ、貴様こそが不倶戴天の敵であると言わんばかりに勇者を睨みつける存在……魔王。


 

 幾度となく激突を繰り返したが故に、戦場は既に無事なところを探す方が難しいような惨状。勇者も聖女も魔王も、そんな戦場に負けるとも劣らない悲惨な姿。


 だがそれでも、引くことなど出来ないと、三者三様の勝利の理由を胸に宿し、最後の激突が始まる。



 始まりの号砲は聖女の魔法だった。


「───主の御光よ、極光よ。闇を、苦難を、我が敵を灼け──“眩燿之光明”」


 夜も、闇も、どんな障害をも照らし導く聖なる光。そんな有り難い光が、ただの閃光手榴弾のように使われる。根本的には光を放つだけの魔法であるため、聖女レベルの使い手ともなれば発動も一瞬。実に兵器として優秀である。


 何とも罰当たりに思えるやり口だが、聖女様の案では無い。



 誰あろう、勇者の策略である。


 だが、勇者の策はこんなものでは終わらない。魔王が一瞬ひるみ、距離が空いたのをこれ幸いと。


「ガッ!? 〜ッ!! 貴様ぁッ!! またっ、性懲りも無くっ! 」


「はは、っせぇぞ!! 騒ぐ暇ァあんなら、1本でも避けてみやがれってなぁ!!」


 虚空から次々と取り出され、息付く暇も無く魔王へと投げつけられるのは聖剣。……その、レプリカ。


 レプリカとは言えども、有数の鍛冶師が丹念込めて作り上げた剣に、聖女が直々に浄化の力を込めた1級品。そこらの雑魚なら容易に粉砕し、魔王と言えど直撃すればそれなりの痛打を受ける一品。

 

 そんな危険物がひょいひょいと取り出されては、投擲される。後ろには煌々と輝く杖をかざす聖女。ぼんやりと光る聖剣もどきが、逆光の中、降り注ぐ。


 時に避け、時に弾き、それでも避けきれずに幾つか聖剣が刺さる魔王様の姿は悲しきハリネズミの様だ。


 剣とその身一つで成り上がり、敵を倒す勇者……そんな物語の中のそれとはかけ離れた勇者の姿に、魔王さんも怒りを抑えきれない。


 だが、それもさもありなん。この勇者、正道を行かず、邪道を好み、非道外道搦手奇襲暗殺何でもござれ。え? 正義? 勝てりゃいいだろそれが正義じゃん? とでも言わんばかりの、暴虐っぷり。どちらが魔王だか分かったものでは無い。


「先程から姑息な手ばかりィ……少しは正々堂々と戦ったらどうなのだァ! 」


 魔王がそれを言うのはどうなんだ、と言われそうな叫び。


 だが、魔王の怒声はただの怒声に収まらない。物理的な破壊力を秘め、波濤のように勇者たちに迫るその叫びを、面白い話でも聞いたと言わんばかりの顔で少し笑い、後方へと大きく跳躍。そこにいた少女……聖女の後ろへと隠れる。


 聖女は諦めたような顔でため息1つ。瞬時に表情を切りかえ、言葉を紡ぐ。


「須臾の無常、千代の恩寵───“聖冥界”」


 小さな詠唱、効果は絶大。


 1歩を踏み出し、白く華奢な手が、悲しく受け入れ難い現実を拒否する雄叫びへと差し出される。



 結果は均衡。床を破壊し、壁を削り、進路上の全てを薙ぎ倒した口撃が、小さな手に防がれる。


 だが、そんな奇跡を成した聖女は、己の所業に喜ぶでも敵を見据えるでもなく、渋面を浮かべ自分の後ろに隠れる勇者をジト目で睨む。



「あの、勇者様……確かにサポートはお任せ下さいとは言いました。ええ、言いましたよ。パーティーは助け合いだ、適材適所だとも言いました。他の方々も、私の能力が必要だと判断してこの戦場を任せてくれたのでしょう」


 でぇ〜すぅ〜がぁ! と聖女は話を続ける。魔王の口撃も、叫びも聖女には届かない。魔王の目に光るものが見えるのは、きっと気の所為だろう。


「ご自分で対処できない攻撃……いえ、違いますね。対処するのが面倒な攻撃が来るや否や、迷いなく私の後ろに逃げ込むのは勇者様的にセーフなのですか? 私、一応聖女でお姫様なんですけれども! 」

「間違いなくセーフだろ。人材の有効活用ってヤツだ」


 ですよね〜、と諦めたように聖女が苦笑いを浮かべる。聖女ちゃんの人権を軽視してるわけじゃない、でも君が優秀な回復盾だから……! という、勇者の心境が伝わっているが故の微妙な笑いだ。



 瞬間、大爆発。



 一瞬で紅い炎が、黒い粉塵が、広くはないが決して狭いという訳でもない謁見の間を蹂躙し尽くし、ガリガリと聖女の結界に喰らいつく。


「ッ! こ、これは……魔王の攻撃でしょうか。城を壊しかねないほどの火力……敵も追い詰められている、ということでしょうか」

「ああ、これ俺が仕掛けたやつだわ。レプリカに仕込んどいたのがようやく起爆したみたいだな」


 やっぱ起爆スイッチ付けとくべきだったかー、と悪びれなく次を考える勇者。聖女ちゃんの胃痛と恥じらいが加速する!


「アッハイ……左様で……」


 朱に染まった顔で呟く聖女。ぷるぷると震え、若干涙目になりながらも、防御に欠片の瑕も作らせないのは流石と言うべきだろうか。


 そんな聖女の姿を見、少しやり過ぎたかと軽く笑い、優しくその頭を撫でる勇者。


「ん、まぁサンキュな。後は自分の守りだけ気ぃ使っとけ」

「え、ちょ、勇者様!? ……ん〜っ、もうっ!! 」


 ぷくりと頬を膨らませ、勇者を睨む聖女。だが、魔力も体力も底をついた彼女にはそれ以上の事は出来ない。


 そんな彼女を置いて、未だ煙と炎が残る戦場へと身を投げる勇者。ついでに余っていた聖剣もどきも投げつけられるだけ投げつける。


 数本はかすったものの、ほとんどは外れ、煙の中へと消える。だが、十分。敵の場所は分かり、道もある。




 粉塵が辺り一面に立ち込め、至る所にヒビが入った戦場はいつ崩れ去ってもおかしくない不安定さ。けれども、そんな悪路をものともせずに、勇者は剣を構えひた走る。


 その表情からは常に浮かべていた狂気的な笑みが抜け、凍りつくような凄絶さが代わりに刻まれている。


「勇ッ者ァアアア!!! 」


 それに相対するは、魔王。全身から黒煙を立ち上らせ、聖剣もどきの破片により、裂傷を刻み込まれ。長い髪はチリチリと焦げ、畏むような威厳は失われたかのように見え。



 されど、1歩たりとも引くことは無く、ぶれることもなく、勇者の斬り下しを受け止めるその姿こそ、まさに王として、武人として理想的なもので。




 故にこそ、その敗北は決定づけられた。



 勇者の剣と魔王の大剣。長い加速が全て乗った切り下ろしと、体の捻りを最大限に活かした切り上げ。両者が激突したその瞬間、勇者の剣が爆砕した。


 キラキラと輝く剣の破片。2人の間に降る鋼の雨の隙間を縫って、悪戯心に溢れた勇者の視線と、驚愕に彩られた魔王の視線とが交差する。


 勇者が握っていたモノは戦闘が始まってから幾度となく投げつけられていた聖剣もどきのうちの1つであると。魔王の杖と打ち合うことなど、出来る代物では無いのだと。魔王がその事実に気づいた時にはもう、全てが遅かった。


「ォォ……」


「ォォォオオオッッッ!!!! 」


 否。終わらない。魔王はこんなところでは終わらない。


 切り上げの急制動。凄まじい負荷がかかった腕の筋肉が断裂する音を、その肉の体で感じながらも、無理やりに大剣を振り下ろす。


 勇者の手には何も握られていない。我が一撃を防ぐことは出来ない……



 魔王の思考が加速し、遅くなる世界。振り下ろされる剣を見る勇者の顔は変わらず…………いや。




 勇者の、頬が、吊り上がる。




 全身を貫く怖気。しかし、振り下ろした剣は止まらず。




 鮮血が、飛び散った。



「…………がふっ」



 魔王の口から溢れる血反吐。


 予測してなかった勇者の一撃。それは、真後ろからの強襲。魔王の肉体を後ろから貫いた聖剣は、そのままその体を貫通し、魔王の大剣をも粉々に粉砕した。


「なに……がっ!! 」

「なぁに、簡単な話さ」


 気づけば、勇者は魔王の後ろへと移動していて。


「例えば、煙に紛れ投げつけた聖剣もどきの中に本物が紛れていたら? 」


 魔王の体に刺さった聖剣を握っていて。


「例えば、聖剣と俺の間にお前が居たなら? 」


 ギリっ、と柄を握る手に力が込められる。


「例えば、聖剣に念じるだけで勇者の元へと飛んでくる能力があったなら? 」

「勇ッ者ァアアア!!!! 」


 体が裂けるのも構わず、せめて勇者だけども道連れに……! と、拳を振り下ろす魔王。だが、そんな悪あがきも通らない。通さない。この戦場には、聖女が居るが故に。


「させっ……ませんッ!! 」


 小さな光弾。普通ならなんの痛痒も与えないような、その小さな一撃が、確かに魔王の行動を一瞬阻害した。


 そして、一瞬があれば勇者には十分だった。



「じゃあな、魔王。永遠にさようならだ」


 勇者の目が怪しく光り、聖剣が振り抜かれる。


 魔王の左胸が裂け、左腕が吹き飛んだ。


 さらに追撃。


 魔王の右腕が落ち、そのまま胸をも断ち切った。


「ッアアアッ!!! 終わらぬッ、このままではッ! 決しがぼっ」

「もう黙れ。な? 」


 勇者に慈悲は無く、遺言を呑気に聞く気も無かった。神速の突きが、魔王の口内へと打ち込まれ、そのまま顔面を粉々に切り刻んだ。


 ごろりと転がった目が憎々しげに勇者を睨み、そのまま黒い灰となり崩れ落ちる。


 今ここに魔王は倒れ、勇者の勝利が決定づけられた。


「勇、者様……終わったのですね……」


 振り向けば、杖を頼りに何とか体を起こした聖女が、深い疲労を顔に刻みながらもへにゃりと笑う。


 そんな彼女の笑顔が伝染し、勇者の顔からも緊張の色が失われ───





 爆音。そして衝撃。


「……ぇあ」

「いっ……つぅ」


 聖女は一瞬何が起きたのか理解出来なかった。いや、理解を拒んだ。


 自身の肉体を包み込む、温かな人の体温。見上げれば苦痛に歪む勇者の顔。


「……ヒュッ」


 己の不注意が、己の不用心が、己の怠慢が。護ると誓った相手に己を庇わせるという体たらくを招いた。その事実が、傷よりも、疲労よりも、何よりも聖女の体と心を蝕み、侵す。


「……ぁ、ゆ、勇者さ……様……け、怪我……お怪我はっ! お怪我はありませんかっ!? あ、こ、こんな……わたっ、私のせいでっ……!! 」

「あ゛ー……いや、大丈夫。衝撃こそ強かったけど……そんだけだ。つーか肉が張り付いて気持ちわりぃ。腕爆発させるとか……無いわー……」


 不意打ちとか人として恥ずかしくないんですかね、つーか大人しく死んどけよ……等等、比較的元気そうに愚痴る勇者を見、少しばかり聖女の心が安定に傾く。


「よかった……本当に、良かったです。貴方がご無事で本当に……」

「ん……まぁ、こうして2人とも五体満足で生き残れたんだ。それで十分だろ。さ、アイツらを迎えに行ってやろうぜ」

「……ふふっ、はいっ! 」


 2人は互いに支え合いながら、ゆっくりと謁見の間を後にする。


 そして、空間に静寂が満ちた。


 もうこの空間には何も無い。激戦に次ぐ激戦で、調度品の類は破壊し尽くされ、魔王の死体も塵となって消えた。



 この空間にはもう、何一つとして残ってはいないのだ。


 



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